第109話 ラナとアニマ
「こやつと妾は血を分けた姉妹なのじゃ……」
ラナは俯きながらそんな事を口にした。その場にいた俺達はただ、呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。
女王アニマは未だ目の前にいる幼女が自分の姉だという事実を受け入れられないでいるのか、口をぱくぱくとさせるだけで声すらも出せないでいた。
「ここがこんな風になってしまったのは……妹であるアニマがこんな暴挙に走ってしまったのは全て、妾の責任じゃ」
ラナは俯いたまま、ぽつりぽつりと言葉を発していく。俺はサナエが幼女化してしまった事もあり、上手く状況を整理出来ず困惑していた。
するとティアがラナの言葉を受け口を開いた。
「そんな事はありません……! 悪いのは全て女王です……! ラナ様はこの状況を改善しようと沢山、動いてくれたではありませんか……!?」
「それも全て自分の犯した罪を償う為じゃ。悪いのう、ティア……」
ティアは目に涙を浮かべて反論した。しかしラナは聞き入れる様子も無く、謝罪の言葉を述べてそれをいなした。
「じゃあラナ様が犯した罪って何なのよ……? 女王がやってきた事は全て事実でしょう? それも全て自分の責任だって言うなら、ラナ様は一体何をしたって言うのよ……!?」
「妾の犯した罪……。そうじゃのう……。妾がもう少し上手く出来ていればこんな事には……。まぁ順を追って話すとしよう」
「姉上……!」
次に口を開いたのはミレーヌだった。ミレーヌは顔を歪ませながらラナに詰め寄った。するとラナはそれに答えるように話を始めた。それを受けアニマは驚いた様子を見せたが、ラナは構わず続けた。
「あれはおよそ60年前。妾の家は代々、階層主の家系じゃった――――」
その後、ラナの過去が次々と明かされていった。
◇ ――――sideラナ
妾達の両親はこの階層を良くしようと懸命に働いておった。じゃが、無理が祟って若くして二人とも亡くなってしもうた。
その後、階層主の座に就いたのは当時10歳であった妾じゃった。
じゃが、当時の妾はただの子供。スキルで見た目こそ大人に変えられたが、全ての業務をこなすには経験も人手も足りなかった。
それでも尚、妾が数年間、階層主を続けられたのはアニマの支えがあったからじゃ。
「姉様! 次は何をしたらいいかな!?」
「そうだなぁ……。じゃあアニマは税収標の確認をお願い出来る?」
「わかった!」
当時8歳と妾よりも幼かったアニマは懸命に妾の手伝いをしてくれた。じゃが、この階層に住む民達はそんな事は知らんからのう。好き放題に声を上げ始めたのじゃ。
「毎月の税収が高すぎる!」
「もう少し民の事も考えろ!」
「これだから子供に任せるのは反対だったんだ!」
妾達はこの階層の為に少しでも良くしようと頑張った。じゃが、そんな事はこの階層に住む民達にとっては関係のない事。
自らの要求を勝手気ままに押し付けられて、二人の心は荒んでいった。
◇
階層主の座に就いてから数年。妾はとうに限界に達しておった。勿論それはアニマも同じじゃ。
妾達は幼くして大人の汚い面を見すぎたのかもしれんのう。それでも懸命に働き続けた。
そんな折、先に壊れてしまったのは妾じゃった。
「もう良い……。妾はこんな民達の為に何を必死に……。馬鹿馬鹿しい。勝手にするが良いわ」
「姉様……。私達は幼いながらに頑張ってきたじゃないですか。子供だからとなめられないように口調や振る舞いまで変えて……」
「その結果がこれじゃ……! どこまでもつけ上がりよって! もう沢山じゃ……!」
妾は自暴自棄になり、全てがどうでも良くなった。
そして妾は階層主の業務を全て放り出し、部屋に閉じこもった。
それでもアニマは階層主の業務を続けた。両親も死に、姉である妾も壊れても尚、たったの一人で。
◇
それから数年が経ったある日。アニマは笑顔で妾の部屋の扉を開いた。その時、妾とアニマが顔を合わせたのは妾が部屋に閉じこもった日以来の事じゃった。
「姉上。もう部屋から出ても大丈夫じゃぞ。もう姉上を苦しめる者は何処にもおらぬ故……」
そう話すアニマの姿は妾の記憶の中にあるものとは大きく違い、完全に大人の女性の姿へと変貌を遂げ、そしてその口調は妾とよく似たものへと変わっていた。
「アニマ……何じゃその姿は? それにその口調も……」
「そんな事はどうでも良い。まずは見てくれ。この楽園を――――」
そう言うとアニマは妾を部屋の外へ連れ出した。
妾達、階層主の一族が暮らしていた屋敷の裏には大きな塔が建っており、その周りは分厚い壁で隔てられていた。
「何じゃ、この塔は……?」
「姉上と妾が住む新たな家じゃ。さぁ、中に入ってくれ……」
困惑している妾を他所にアニマは塔を囲う壁の中へ入るよう促した。
言われるがままに中へ入ると、そこには何人もの子供達が賑やかに遊んでおった。
「……? ここは託児所か何かか?」
「姉上よ……子供は良いぞ? 愚かな大人とは違い、妾達のやる事に一々文句を言わぬからのう」
そう言いながらも妾は辺りを見渡し、ある違和感に気が付いておった。そう、大人が一人もおらんという事じゃ。
「どういう事じゃ……。この階層に住む大人達はどうした……!?」
「ふっ。あやつらは外で働いておるよ。我が子を返して貰えるように必死でのう……?」
「…………っ!! 妾の民達に何をした……!? そやつやから不当に子供達を奪い、有無を言わさず働かせておるのか!?」
「何が民じゃ……。妾はあやつらに大切な家族を奪われたのじゃぞ……。それと同じ事をしたまでじゃ。子供を奪い、"返して欲しくば働け"。妾はそう命じただけじゃ。するとどうじゃ? 今まで口を開けば文句しか言わなかった大人達が必死に働いておるじゃろう……?」
そう言うとアニマはニヤリと笑った。
妾はアニマのその顔を一生忘れる事はないじゃろう。
そして悟った。妾はとんでもない怪物を生み出してしまったのじゃと――――
「ふざけるな……! 家族を奪われた民達の気持ちを考えなかったのか……!?」
「ならば聞かせてもらうぞ姉上。あやつらに妾の家族を奪う権利がどこにあった? 姉上や妾の心が壊れるまで追い詰めて良い権利はどこにあったのじゃ!?」
「じゃからといって、こんなやり方……」
「ふんっ。もう良い。せっかく姉上の為に作った楽園じゃというのにそんな反応が返ってくるとは思いもしなかったわ」
妾はアニマの考えを真っ向から否定した。じゃがアニマも簡単には引き下がろうとはしなかった。そして、次にアニマが放つ一言で、全てが手遅れである事を気付かされる。
「当然じゃ……! こんなやり方は間違っておる……! 今すぐここの子供達を親元へ返してくるのじゃ!!」
「それは出来ぬ相談じゃ」
「何故じゃ……!?」
「ここの子らは妾が手塩にかけて育てておる。愛情たっぷりにのう。もうこの子らは妾の子じゃ。誰にも譲ったりなどせぬ」
アニマは完全に壊れておった。
妾が部屋に閉じこもり嫌な事から目を背けている間に、あんなにも他人に優しく献身的だったアニマは善悪の判別もつかない怪物と化しておった。
「それにこの子らが大人になれば、さぞ妾の為に尽くしてくれることじゃろう。そうなればいよいよ妾に楯突く大人など皆無になる……!」
「…………っ!?」
そして妾は耳を疑った。愛する我が妹アニマはとんでもなく恐ろしい計画をくわだてていた事に。
心も身体も疲弊し切っていた妾にとって、これはあまりにも辛い出来事だった。
そして妾は逃げ出した。それと同時に何とかしてこの現状を元に戻さなくてはならないと腹を括った。
姉として、そしてこの階層の主として、妹アニマの暴挙を止めなくてはならないと。
それからおよそ40年。妾はアニマを止めるべく、様々なことを調べ計画を練った。
◇
そして今日――――全てを終わらせる準備が整った。
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