第107話 行動開始(ラナとミシェル)


 リオン達がミレーヌと合流し二手に分かれて行動を開始した頃。女王アニマの自室にて軟禁されていたラナとミシェルも行動を開始しようとしていた。



「で? どうするの? まずはここから逃げないとだよね?」


「そうじゃ。そこで妾に考えがある」


「考え……?」


 二人は何をするにしてもまずはアニマの部屋から脱出しなければならない。しかし部屋の前にはアニマとマザーがおりそれは容易ではない。

 ミシェルは怪訝な表情を浮かべている中、ラナはしたり顔でそう言った。


「そうじゃ。先のお主のスキルを見て思い付いたのじゃが、要は女王アニマの気を他に逸らして部屋の前から退かせばいいのじゃ」


「どうやって?」


「簡単じゃ。先のお主のスキルで分身体とやらを作って、それがあたかも死んでいるかのように見せかけるのじゃ」


「なるほど……。ここにいたのは女王のお気に入り。そんな子達が死んだとなれば、女王はかなり動揺するでしょうね」


 ラナの説明を受けミシェルは不敵な笑みを浮かべる。傍目で見れば二人の幼女が何やら怪しい会話を繰り広げ、笑みを浮かべるといった世にも奇妙な光景である。


「そこでなんじゃが……お主の分身体には痛覚があるのか?」


「無いよ。というより、死体として見せるなら見た目だけ本物に似せた人形でも問題ないでしょ?」


「勿論じゃ。あとはそこに妾の血を浴びせれば完全な死体の完成じゃ」


「その後は私とラナちゃんが悲鳴を上げれば間違いなく女王はすっ飛んで来るよね。で、女王が死体に気を取られている内に私達は逃げる……と」


 そして、ラナとミシェルは互いに作戦を擦り合わせると早速それを実行に移した。



 ◇



 アニマの部屋の前ではマザーに扮したサナエが必死に足止めをしていた。



「そ、そういえば……! 外の者が持って来た木の実! あれは美味しいですよー?」


「…………」


「あれをすり潰して肉などにつければ更に美味しくなると思うのですよ……!」


「…………」


 サナエは頭の中にある話題になりそうな物を片っ端から引っ張り出してはそれをそのまま口にしていた。

 しかしアニマは冷めた目付きでサナエを見つめ、無言を貫いていた。


「じょ、女王様……?」


「貴様……先から何の話をしておるのじゃ? さっさと要件を言わんか。もしもくだらない話じゃったら家畜にしてやるからの?」


 アニマは大人に対しての怒りの沸点が異常に低い。もう既に怒り始めるぎりぎりのところであった。

 しかしサナエの頭の中も限界寸前だった。よもや彼女の小さな頭にはこれ以上、新たな話題を出す事は困難だった。


 ――リオン……グレン……ハンス……!

 ミレーヌや他のマザー達……!

 早く来てくれ……!

 拙者はもう限界だ……!!


 サナエは祈った。自分の無力さを受け入れ、神に祈りを捧げた。刹那――――作戦を開始したラナとミシェルの悲鳴がこだました。

 


「「きゃーーーーー!!!」」


「な、何じゃ……!?」

 

「…………っ!?」


 突然の悲鳴にアニマとサナエは驚愕。アニマは辺りを見渡し何も無い事を確認すると、すぐさま部屋の方へと目をやった。



「中で何かあったのか……!? ルナ、ミシェル、ブライト、ジーナ……!!」


「女王様……!!」


 ひどく動揺したアニマはサナエの呼び掛けに反応を見せず、慌てて部屋の扉を開け、更に奥の子供部屋へと駆けて行った。


「これで良かったのか……?」


 その場に残されたサナエは一人、頭を掻きながらポツリと呟いた。



 ◇



 作戦が上手くハマり、女王を子供部屋へと誘導したラナとミシェルは大声を出しながら駆けて来る足音を聞いていた。



「近付いて来る……! 作戦は成功したみたいね……!」


「まだじゃ……。死体を見せて、ここから逃げ出すまでは油断は出来ん……」


 そしていよいよ、その時が来た――――

 アニマは冷や汗をかきながらどーんと大きな音を立てて子供部屋の扉を蹴破った。



「何があったのじゃ……!? みんな無事か……!?」


 アニマの顔はひどく青白くなっていた。それだけ子供達の事が心配だったのだろう。そしてそれを見たラナとミシェルは一斉に泣き声をあげる。



「「うぇーーーん……!!」」


「どうしたのじゃ!? 何があった!?」


「ふんっ……ううっ……。ブライトとジーナがぁ……!」


 完璧な演技で涙を流す二人。アニマはただ事ではないと察し、ミシェルの両肩を掴んで揺すった。そしてミシェルは泣きながらブライトとジーナに見立てた死体人形を指さした。



「ブライトとジーナがどうしたと――――っ……!?」


 アニマはミシェルの話を聞き彼女が指さす先を見た。するとそこにはラナのスキルにより発現した血がべっとりと付着した死体が転がっていた。アニマは一瞬だけ唖然とし、すぐさま二つの死体に駆け寄った。


「ブライト……! ジーナ……!! 何故……何故こんな事になったのじゃ……!?」


 アニマは未だかつて誰にも見せたことがないであろう表情と声色で叫んだ。そこへラナが口を開く。


「みんなで遊んでたら……急に二人が血を吐いて倒れちゃったの……」


「そうなのか……。あぁ……なんと可哀想なブライト……ジーナなんじゃ……。妾がついていながらこんな……。――――何が原因じゃ……? 口から血を吐き出すなど余程の事じゃ……。何かを誤って口に入れてしまったのか……?」


「よし、今のうちじゃ……。ミシェル……静かにじゃぞ……」


「わかってる……足音を立てないようにそーっと……」


 アニマはラナの話を聞き再度、二人の死体に向き直る。そして優しい手つきで顔周りの血を拭ってやると優しい言葉をかけつつ、原因を探り始めた。その隙にラナとミシェルはゆっくりとその場を後にしようと動き始める。


「よもや食事に毒など……。いや、ブライトとジーナには妾が直接食べさせてやっていたからそれはないのう……。ならばやはり玩具を口に……? すまないが、ラナとミシェルや……その時の話を詳しく――――っ!?」


 そして、アニマがラナとミシェルに二人が血を吐いた状況を聞こうと再度向き直った時。そこには既に彼女らの姿は無かった。


「…………? ルナ……? ミシェル……? 何処へ……? …………っ!」


 アニマは部屋中を見渡すも二人の姿はあるはずもなく。しかし血を吐き倒れているブライトとジーナの事も心配で動くに動けないでいた。しかしそこでアニマはとある事に気が付く。


「何じゃこれは……」


 アニマが目にしたもの――――それは二人の口の中だった。

 

 本来のミシェルの分身体は人間と相違無く作られるが、今回は本体との感覚共有すらもないただの外側だけ似せた人形だった為、口の中等は人間のそれとは掛け離れたものだった。


 そして、伊達に長年女王をやっていなかったアニマは、すぐさまこれはラナとミシェルが仕組んだ事。そして二人はここから逃げ出した事を察した。


「あのガキ共め……。妾を出し抜くとはいい度胸じゃ……。これは目一杯お仕置が必要じゃのう……」


 アニマは床に転がる死体人形を乱雑に踏み付け、潰すと怒りを滲ませながら虚空を睨み付けた。その間、ラナとミシェルは部屋の前でぼーっと立っていたサナエと合流し、階段を駆け下りていた。

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