第104話 謎の少女


 リオン達が牢の中でティアと話をしている頃。子供の姿へと変わったラナは、目を蕩けさせている女王の自室へと連れられ、過剰な愛情表現を受けていた。



「あぁーもう可愛いのうっ……! 可愛いが過ぎるわ、あなたっ……! 名はなんと言うのじゃ?」


 自らの顔をラナに押し付けながら女王はそう聞いた。するとラナは可愛らしい声でそれに答える。


ルナ・・だよ。それよりお姉さんはだぁれ? お名前はなんていうの?」


「ルナか。良い名じゃのう〜。妾は、アニマ。ここの女王じゃよ〜」


 ルナの問いに女王アニマは猫なで声で返す。他の者への口調や声色を知っている者からすれば、その差異に気持ち悪さを抱くだろう。


「それよりこのお部屋。とっても広いけどアニマしかいないのー? お友達はー?」


「そうなのじゃ〜。ここは妾の部屋なのじゃが、友達はおらんくてのう……。寂しいのじゃ〜。あ、心配せずともルナのお友達は奥の部屋におるからの〜。後で紹介してやるから待っておれ〜」


「わかったー!」


「お〜良い返事じゃ〜。ルナは本当に愛いやつじゃあ〜」


 猫なで声でルナこと、ラナを愛で続けるアニマだったが、そこへ一人のマザーが訪れる。



「女王様。少しよろしいでしょうか」


「チッ……。後にせい。今は取り込み中じゃ」


「ですが……至急確認して頂きたい事がありまして」


「何じゃ、まったく……。せっかくルナと楽しく過ごしておったというのに……。すまんがルナ、あっちの部屋で暫し待っていてくれるかの?」


 マザーの呼び掛けに苛立ちを見せつつ対応する女王。そしてラナに暫く別室で待つよう指示すると、先程話していた奥の部屋を指さした。


「わかったー! じゃあそこで待ってるー!」


「偉いのう〜。後で必ず迎えに行くからのう〜」


 そう言いラナは奥の部屋へ、アニマはマザーが待つ部屋の外へとそれぞれ出て行った。



 ◇



 ラナが奥の部屋へと入ると、そこはアニマの部屋の様に煌びやかな装飾などもなく、所謂子供部屋といった様相で遊び道具や絵本などが乱雑に置かれていた。


 だが、真っ先にラナの目に飛び込んで来たのはそれらではなく、部屋の隅で怯える三人の子供達だった。



「そんなに怯えんで良い。妾はお主らに危害を加えるつもりはない」


 ラナは両手を挙げてそう訴えたが、子供達は怯えるばかりで誰も言葉を発さない。そんな中、一人の少女が前に立った。


「妾とかお主とか……その女王みたいな話し方、やめて。皆、怯えちゃってるから」


 凛とした表情で言い放つその少女は、見た所10歳前後の子供であった。


「すまないがこれは地でなぁ。矯正するのは中々難しい。じゃが、気を付けるようにしよう。それで良いか?」


 ラナがそう言うと、少女を含めた他の二人も軽く頷いた。


「しかし、よもやお主らのような子らがこの部屋にもいたとはのう……。想定外じゃった」


「想定外? 自ら進んでここへ来たような口ぶりね」


 ラナが頭を抱えながらそう言うと、先の少女がすかさず口を挟む。


「そうじゃ。わら……ではなく、私には思惑があってな。それを成す為にここまで来たんじゃ」


「思惑? もしかして女王を倒すとかそういう事?」


 あまりに鋭い少女の指摘にラナは少々面を食らう。まるで話のわかる大人と会話をしているような錯覚にまで陥っていた。


「察しが良いのう。そうじゃ……。私は諸悪の根源であるあの女王を抹殺するつもりじゃ」


「そっか……。それなら捕まっている子供達のご両親も、少しは救われるね」


「…………っ!?」


 少女の言葉に誘導される形で、ラナは自らの狙いを白状した。すると少女は一度目を伏せた後、ニコリと笑いそんな言葉を吐いた。だがそれにはおかしな点が一つあった。

 

「ちょっと待て……。お主……一体何者じゃ? 年齢から逆算するに、お主はこの塔で生まれたはずじゃろうて。なのに何故、親という概念を知っておる……?」


「…………ふっ。まさかそんな事でバレちゃうなんてね」


 ラナは怪訝な表情で少女を問い詰めた。すると少女は不敵な笑みを浮かべた。


「バレるじゃと? お主、やはりただの子供ではないな? 場合によってはここで――――」


「――――大丈夫、大丈夫。私はラナちゃんの敵ではないから安心して?」


「おい……。私はまだ名乗っておらんのじゃが……?」


「あっ……。そ、それはさっき女王と話しているのを聞いて……」


「その時、私はルナ・・と名乗ったはずじゃが?」


「うっ……」


 少女は何とか誤魔化そうと躍起になるが、ラナはそれを許さない。二人の問答は一瞬にして決着が着き、少女はその場に項垂れた。


「お主、一体何者なんじゃ。正直に話せ」


「はぁ……。わかった、正直に話すわ。私はミシェル。最近この塔に来て捕まったのよ」


「捕まったじゃと? ここ数年は外の子供は生まれておらんはずじゃが?」


「しくじったのよ。まさか私もここがこんなことになっているなんて思わなくて……。それに私はこう見えて18歳なの。この姿は私のスキルによるもので、本体は別のところにいるの」


「全く話が見えんのじゃが……。ひとまず、お主は私の敵ではない。そういう事じゃな?」


「そうよ。私はあなたの味方よ」


 飄々と話すミシェルにラナは翻弄されるも、ひとまず敵ではないという言質は取ることが出来た。そしてミシェルは続けて口を開く。


「それより、ラナちゃんは女王を倒すって本気で思っているの?」


「勿論じゃ。こんな悪政がまかり通っておる方がおかしいじゃろう」


「確かにね。これは命を粗末にする行為。即ち神への冒涜よね」


「そこまでかは私も知らんが、そうかもしれんのう」


「ならさ、私と手を組まない?」


「は?」


 終始ミシェルのペースで進む話にラナはついて行く事が漸くといった様子。そこへミシェルは手を組むという提案をした。


「は? じゃなくて、私と手を組んで女王を倒しましょう? 他に仲間がいるのなら大歓迎だし」


「いやいや、待て待て。さすがにそれは……。それにその後ろの子らはどうするのじゃ? お主と違ってただの子供じゃろう?」


「あぁ、この子達? 問題ないわ、ほら……!」


 ミシェルはそう言うと後ろに一瞬目をやり、手を叩く。すると後ろにいたはずの子供達は一瞬にして消え失せた。


「は!? お主、今何をした!?」


「これも私のスキル。というよりも、私のスキルで生み出していた分身体と言った方が正しいかしら?」


「何なんだお主は……」


「でもこれで邪魔者はいなくなったでしょう? なら同盟は成立ね」


「あ、あぁ……」


 ラナがミシェルのスキルに呆気にとられている内に、話は決まり同盟を結ぶ運びとなった。


「とりあえずは女王が帰って来てからどうするかよね。二人の子供が消えて、残っているのは私達だけって事になるし、お気に入りの子がいなくなっているだけでも発狂するのは目に見えてるからね」


「お主、それをわかっていて、後ろの子らを消したのか……?」


「少しの混乱があった方が隙を突きやすいでしょ?」


 ミシェルの言葉を受けラナは一瞬で考えを巡らせる。そしてその考えが悪くないと判断したラナはミシェルの手を取った。


「わかった。お主と協力する事にしよう。どうやら頭も切れるようじゃし、時期に私の仲間もここへ到着する頃合いじゃ。そうなれば全てが始まる……!」


「そうなの? じゃあ早速準備しましょう。まずは子供達の安全――――そうでしょ?」


 突然のミシェルとの邂逅に戸惑っていたラナだったが、気が付くと共闘する流れに。加えてミシェルは、優先順位をしっかり理解しており、子供達の脱走を手助けする心づもりであった。ラナはそれに深く頷いた。


 そして遂に、トゥーンランドにてラナの大規模な計画が幕を開ける。


 

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