第103話 ラナとティア


「なぜなら、【ヴァンパイア】のスキルはラナ様のものですから」


「「「…………っ!?」」」


 ティアの言葉に、俺達は絶句した。暫くの沈黙の後、ハンスがおもむろに口を開く。


「ちょっとまだ理解が追い付かへんけど、とりあえずこういう時は本人に確認するのが一番やで。――――なぁ? ラナちゃん?」


 しかし、そんなハンスの呼び掛けに言葉が返ってくる事はなかった。


「おい、ラナ! いるんなら返事しろ!」


「ん……? もしかしていないのか……?」


 ハンスの呼び掛けに応じない事で、俺とグレンも異変に気付き牢の隅へと目をやった。しかしそこには誰もいなかった。


「どういうことだ!? さっきまでそこにいたじゃねーか!?」


「せや。女王が来てから今まで、牢から抜け出す隙なんてあらへんかったで」


「そうだな……。その間にこの牢から出たのは、サナエと小さな女の子――――っ! ちょっと待て……。あの女の子……いつからあそこにいた……!?」


 グレンは理解出来ない状況に戸惑い、ハンスは冷静に過去を振り返る。俺は二人の言葉を受け、状況を整理し始めた。すると新たな謎が浮かび上がる。


「確かに……。あのガキ、どっから湧いた……?」


「ちょい待ち。ラナちゃんのスキルはヴァンパイア……。その特徴として、不老不死があるし或いは――――」


「――――流石はラナ様が認めた方々。もうお気付きになられましたか」


 ハンスがそこまで言ったところで、ティアが強引に口を挟んだ。つまり、ハンスが言おうとしていた事は真実という事なのだろう。


「ハンスの読みは正しいのか?」


「えぇ。ラナ様はヴァンパイアのスキルを持つ不老不死。ラナ様は、スキルが発現した6歳の姿で成長が止まっております」


「何ィ!? 6歳だァ……!?」


「やっぱ、そういう事かいな……」


 ティアの話を受けグレンは驚愕、ハンスは何か思い詰めた様な表情で顔を伏せた。


「つまり、先程女王に連れて行かれたあの小さい女の子はラナだって事だな?」


「えぇ、そうです。大人の姿でわざと捕まり、女王の前で本来の子供の姿を見せ近付く。それがラナ様の計画です」


 ――ティアが話すラナの計画は概ね理解出来た。

 その先の狙いはわからないが、恐らくは女王に自身が子供だと油断させ、その隙を突くというものだろう。


「じゃあよ、俺達が見たラナの姿はどうやってんだ? 元は6歳のガキの姿なわけだろ?」


「それもラナ様のスキルによるものです。見事なものですよ、【血操術けっそうじゅつ】。血を自在に操り、自身の姿形さえ変えてしまうのですから」


「スキルが人体に及ぼす影響や弊害……。まぁ姿を変えられるんがせめてもの救いか……。ほんで? ティアちゃんは何でラナちゃんの眷属になったんや? まさかラナちゃんのスキルに惚れて……なんてことはないんやろ?」


 グレンの問いにティアは淡々と答え、ラナのスキルを見事だと言った。するとハンスは思い詰めた表情のまま、何やら意味深な言葉を吐いた後、二人の関係性を探る。すると、ティアはそれに答えるように話を始めた。

 


「まさか……。それだけじゃありませんよ。私が産まれた頃は未だ、塔の外から子供を奪う事が当たり前にあった時代でした。ですが、それをわかっていたにも関わらず、私の両親は不覚にも愛し合い、子を成しました。当然、産まれてくる私も例外は無く、産まれてすぐに塔へ連れて行かれる事が決まりました」


「さっきティアが言っていた"第四世代"ってやつか。幸いな事にそれ以降、外からの子供はいないみたいだけど、やはり聞くに絶えないな」


 俺の相槌にティアは一度頷くと、話を続けた。

 

「いよいよ私が塔へ連れて行かれる日になると、泣き崩れる両親の元へラナ様が現れました」


「それは大人の姿で……か?」


「勿論です。ラナ様は塔の外にいる時は基本的に大人の姿です。話を戻しますが、そこでラナ様は生まれて間もない私に血を与えました」


「血を与えた者を眷属にするっちゅうやつやな」


 グレンの問いにも丁寧に答えつつ、ラナは話を続けた。ハンスは俺達にもわかるように、上手くスキルの要約を挟んでくれている。


「はい。私はラナ様から血を与えられ、眷属となりました。そしてその瞬間。私が生まれてから見て来たものが全て、頭の中に刻まれました。本来、幼い頃の記憶は幼児期健忘で忘れるはずなのですが、これをきっかけに今も全てのことを覚えています」


「辛くないのか……? 全てを覚えているなんて……」


「確かに私は他の子とは違い、両親をしっかりと認識した上で引き剥がされているわけですから、辛い気持ちは勿論ありました。ですが、それよりも私にはやるべき事があったので落ち込んでいる暇などありませんでした」


 俺の言葉を受け、ティアは少し暗い表情を見せるも、すぐさま凛とした表情に戻りそう言った。


「そうやったんか……。ほんで、そのやるべき事っちゅうんは一体……?」


「私がやるべき事は全て、その日ラナ様に伝えられました。一つはマザーになり、一階の担当に就くこと。もう一つは、塔の中の情報をラナ様にお伝えすることです」


「結果、全てを達しているわけだけど、一階の担当になるのは何か理由があるのか?」


「勿論です。一階の担当になるということは即ち、塔の入口での対応も含まれますから」


「なるほどなぁ。つまりは味方を入口が管理できる立場に出来れば、ラナちゃんも容易に塔へ侵入出来る様になるっちゅうことか」


「まぁそこへ至るまでに随分と掛かってしまいましたが……。ご清聴ありがとうございました」


 全てを話し終えたティアはそう言うと、軽く頭を下げた。彼女の話を聞くに、ラナの用意周到な計画は今のところ順調に進んでいるようだ。

 あとはラナが女王に何をするつもりなのか。そこだけだった。


 その後、暫くの間俺達は誰も話そうとはせず、サナエの無事とラナのその後を思案しながら時間だけが過ぎていった。




 それから数時間が経過した頃。牢の前へ一人のマザーが現れた。


「助けに来たわよ。まさか死んでないでしょうね?」


「は……!? お前はさっき、俺達を拘束した……?」


 突然牢の前に現れ、そして助けに来たと言うそのマザーは華麗な拘束術を使い、俺達を捕え、牢に入れた超本人だった。俺は突然の来訪者に戸惑いを隠せないでいた。

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