第101話 女王登場


 俺達はマザーの一人であるティアがラナの仲間であると知った。するとそこへコツコツ……と、誰かが階段を降りて来る足音が聞こえ始めた。

 

 途端にラナはティアに何か合図を送り、再度牢の隅へ身を潜め、ティアは俺達に背を向けた。

 そして足音の主が牢の前に立ち、扇子で口元を隠しながら見下す様な目付きで俺達を見ながら口を開いた。


 

「捕まったというのに何やら話し声がすると思えば、貴様ら……誰じゃ? 妾は貴様らなんぞ知らんぞ?」


 俺達は目の前にいる者の圧力に、はっと息を呑んだ。


「お前が女王か……!」


「何じゃ貴様? この階層の女王である妾の事をお前呼ばわりするのか? 身の程を知らんのか。これじゃから年増は……」


 ――年増……?

 俺はまだ16歳なんだけど……。

 それよりこの女王……とんでもない威圧感だな。

 

 これまで対峙して来た将軍ヨシユキやヴァイツェンも厄介な相手だったが、どこか小物感があったというか、ここまでの圧力は感じなかった。

 直接的に何かされたわけでも、言われたわけでもないが、どこか、上から押さえつけられているような圧迫感を感じる。



「女王かなんだか知らねーけどよ、テメェのやってる事はおかしいぞ? 子供を拉致って監禁なんて普通じゃねぇ!」


 ――こういう時、必ず先頭に立って口を開くグレンはやっぱり頼りになるな。


 先陣を切り、口を開いたグレンに感心していると、女王の鋭い目付きと圧力の矛先が彼へと変わる。


「おい、貴様。誰が貴様の意見を聞きたいと言った? 誰が話しても良いと言ったのじゃ? それに妾は先に言うたはずじゃ。『身の程を知らんのか』と。弁えよ、このたわけ者が……!!」


「…………チッ」


 普段ならここで激高し声を荒らげるグレンだが、女王に気圧されたのか口を噤み、苦し紛れに舌打ちをするだけに留まった。

 

 ――縛られて動けない事も起因しているとは思うが、ここまで簡単に引き下がるグレンも珍しい。

 ましてやこの件に関しては、女王が確実に悪である事は明確なのに……だ。


 

「ちょっと一つ質問えぇかな、女王はん?」


「ほう……? 質問の前に一度確認を取る姿勢は感心じゃ。加えてその柔らかな口調……貴様は中々に見所があるのう。その下卑た視線を妾に向けておる事以外は……」


「そりゃあだって、女王はんが美しいからですやん〜」


 ハンスは飄々とした様子で女王に取り入ろうとしていた。


 ――確か初めて会った時からそうだったな。

 ハンスのコレには多少の胡散臭さを感じるが、気が付けばハンスのペースに持って行かれているんだよな。

 ただそれが女王に通じるかどうか……。

 ハンスはいやらしい目で女王を見ていたみたいだし……。



「ふっ……。まぁ良い。申してみよ」


 女王は容姿を褒められて気を良くしたのか、はたまた全てを差し引いてもぎりぎり口を開く権利を与えるに値したのか、ハンスの質問を聞く気になったようだった。


「おおきに、ありがとうございますぅ。で、早速質問なんやけど……女王はんは、何でそんなに子供が好きなんや? 大人を毛嫌いする理由は何なんや?」


「子供が好きな理由じゃと? そんなもの決まっておる。可愛い・・・からじゃ……! それ以外の理由なんてあるはずがないじゃろう? 子供は可愛い、それだけで良いのじゃ……!」


「それだけの理由で……」


 女王から発せられたのは聞くに絶えない、身勝手な趣味趣向によるものだった。それを聞いたサナエは顔を伏せながら、そう呟いた。そんなサナエに女王は一瞬視線を移すも、再度口を開き話を続けた。

 


「それに比べて大人と来たら……。やれ税が高いだの、やれ住み良い住居が欲しいだの、口を開けば文句や我儘ばかり。人がどんな想いで階層の管理をしていたとも知らずに、のうのうと……。じゃから邪魔な大人を排除して、子供だけの楽園を作ったのじゃ」


 ――くだらない主観的な考えだ……。

 聞いたところコイツが、若しくは知人の誰かが国の管理をしていたみたいだな。

 確かにこの階層の人達も、主観的で我儘だったのかもしれないが、それでもこのやり方はあまりにも非道だ。

 理解出来ない。


 俺がそんな事を考えていると、ハンスがニヤリと笑みを浮かべ口を開いた。


「教えて頂きありがとうございますぅ。にしても、女王はんは本間に綺麗なお人やぁ。到底この階層で、50年間・・・・も女王をやってるとは思えへん若々しさやでぇ」


 何を呑気な事を――――俺はハンスに対してそんな感情を抱いたが、すぐにその言葉の意味を理解し、女王の姿に違和感を覚える。


 ――50年間も女王を……。

 そうだ、50年だ……!

 50年も女王をしているということは、かなり少なく見積もって20歳から女王をしていたとしても、今は70歳だ。

 だが、女王の身体は肉付きとハリがあり、加えて顔にはシワ一つ見当たらない。

 そんな事、有り得るのか……?


「ふっ。そこに気付くとはやはり貴様、見所があるのう。――――じゃが……。それ以上はやめておけ。妾は自らを詮索されるのが好かん」


 ハンスの言葉の真意に勘づいたのか、女王は初めこそ笑みを見せたものの、すぐさま表情を曇らせた。だが、ハンスはそれを見てまたもニヤリと笑みを浮かべた。


「そうでっか……。いやぁあまりの美しさについ、若さの秘訣を知りたくなってしもうて。申し訳ないです」


「構わん。して、貴様らの処遇についてだが――――」


 ハンスの謝罪を受け入れたかと思えば、次は俺達の処遇について話題は移行した。


「チッ……。覚えてやがったのか……」


「当然じゃ。その為に来たのじゃからな。――――さて、まずそこの女じゃ」


 グレンの舌打ちと悪態を軽くいなした女王は、サナエに目をやり、続けて口を開く。


「貴様、良い身体をしておるのう? 妾の家畜共が好きな肉付きじゃ。じゃから貴様はこれから妾の家畜として子を孕み、妾の為に子を産め。良いな?」


「断る……!!」


「ふっ。拒否権など貴様にあるわけがないじゃろう。連れて行け……!」


 サナエの抵抗も虚しく、女王は階段の方へ顔を向け、そう命じた。すると先程引き上げたはずのマザー達が二人程降りて来て、縛られながらも暴れるサナエを四階へと連れて行った。


「ん……? あと一人、女の侵入者がいたという話じゃったが――――っ!?」


 女王はサナエが連れて行かれるのを見送った後、俺達へと再度目線を戻しそう言った。そして何かに気が付くと驚いた様子で言葉を詰まらせた。


「そ、そこにおるのは誰じゃ……?」


 ――まずい……。

 身を潜めていたラナがバレたか……!?


 俺は息をのみ、じっと事の成り行きを見守った――――が、ラナがいたはずの牢の隅から現れたのは見覚えが無い小さな子供・・・・・だった。


「ううっ……こわいよぅ……」


「だ、誰じゃ……!? こんないたいけな子供を牢に入れたのは……!? 即刻処刑してやるぞ……!!」


 突如として現れた子供は泣きべそをかきながら、ゆっくりと女王に近付いた。すると女王は血相を変えて叫び散らし始めた。

 俺達はこの状況が掴めないまま、ただ黙っている事しか出来なかった。

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