第98話 一人のマザー


 俺達が塔の中へ無事侵入を果たすと、早速一人のマザーに見付かってしまった。そして俺は皆の予想に反し、彼女との対話を試みる事にした。



「いや、ちょい待ちーなリオンちゃん……! 流石にそれは無茶やって!」


「そうだぜリオン! ラナの話、聞いてなかったのか!? どう考えても、俺達の話を聞くような連中じゃねーぞ!?」


「拙者は主の言う事に基本は従う所存だが、今回ばかりは皆と同意見だ。戦うか逃げるのが懸命だと思うぞ?」


 皆の言う事はもっともだ。

 だが俺は、塔の中で暮らす幸せそうな子供達の姿を見て、少しだけ考えが変わった。

 

 未だに女王の真意はわからない。

 だが、子供達と密に接するマザー達まで真の悪人であるとは思えない。

 でなければ、子供達があんな顔で笑うはずがないからだ。

 

 子供とは正直だ。嫌な人や恐い人が近くにいると必ずそれなりの反応を示す。

 だが子供達にはそれらを一切感じない。

 つまりは子供達に対し、日常的に酷い事はしていないのだろうと推測出来る。


「どこまでマザー達に女王の息がかかっているかはわからないけど、少なくとも子供達はマザーを信頼しているようだ。なら対話の余地はあるんじゃないか?」


 俺がそう言うと、皆はマザーと子供達の方へ目をやった。そこには俺達を見て怯えた表情でマザーの元へ集まる子供達がいた。


「なるほどな……。確かにこれじゃあ、俺達が悪者だな」


「せやな。たとえここでワイらがマザーを倒して子供達を保護しようとしても、誘拐やと思われたらかなわんしな」


「あぁ。拙者達が悪人などと思われるのは非常に心外ではあるが、ひとまずは主の言う通り、彼女との対話をしてみるのが良さそうだ」


 子供達から向けられる視線。それから皆は何かを察し、俺の提案を受け入れてくれた。

 そして俺はマザーと話す為、一歩前へ出た。するとマザーは子供達を手で庇いながら、口を開いた。



「それ以上は近付かないで下さい……! 私がそちらへ行きますから」


「わかった。だけど俺達は子供達に危害を加えるつもりは無い。そこは安心してくれ」


「はい……」


 俺の言葉に怪訝な表情を浮かべながらも、マザーは子供達に「ここから動いては駄目」等の言葉をかけてからゆっくりと俺達の元へと近付く。

 

 そしてある程度の距離まで来た所で、マザーが先に口を開いた。近くに来て漸く気が付いたが、彼女は昨日、塔の入り口で男の対応をしていた女性と同一人物だった。



「ここはあなた達のような人がいていい場所ではありません。どうやって入ったのかは存じませんが、即刻立ち去って下さい」


「おーおー。開口一番から飛ばすじゃねーか? 何で俺達がここにいたら駄目なんだ? それも女王の意思か?」


「そうです」


 マザーから発せられた言葉は残念ながら友好的なものではなかった。対しグレンは持ち前の度胸でズケズケとマザーに詰め寄った。するとマザーはグレンを真っ直ぐに見つめ、食い気味に返答した。


「そうですって……アンタは本間にそれでえぇと思うとるんか!? 子供達が攫われてここに隔離されてるんはわかっとるねんぞ!?」


「はい。それでこの子達が元気に生きられるのなら、私はそれでも構わないと思っています。幸いな事に、数年前から外の人達は子作りをしていないようですし、外からの子供は私達"第四世代"まで。今の子達は皆、ここで生まれ育っているので何も問題はないかと」


 ハンスが珍しく感情を表に出して詰め寄るも、マザーは顔色一つ変えずに淡々と言葉を並べた。


「問題が無い……? ふざけるな……! 外で暮らす子を奪われた親達は今も尚、我が子の帰りを信じて必死に働いているのだぞ!? その人達の気持ちはどうなる!? 心は痛まないのか!?」


「生憎ですが、家畜と成り下がった者達に割く時間も心も持ち合わせておりません。それに今更、もう既に無いものを欲されても私達はどうする事も出来ませんから……」


 サナエも激高しマザーを責めたてるも、マザーは非情な言葉を並べるだけだった。

 だが、あまりに心無い言葉とは裏腹に、マザーの表情は酷く悲哀に満ちているように思えた。


「ちょっと待て……。今お前はと言ったか? やはり12歳を超えた子供達は死んでいるのか……?」


「…………っ! えぇまぁ……。ああなると、死んでいるも同然です。ここでは12歳を超えた子供は皆家畜。私は有難いことにマザーとして生き長らえていますが、基本的に12歳以上は人間として扱われる事はありません」


 俺の問いにマザーは一瞬驚いた様子を見せるも、すぐさま元の表情で、非人道的な塔の中の実情を話し始めた。だがハンスは、彼女のその一瞬の心の動きを見逃さなかった。


「君は同世代の子供達が家畜となっていくのを見てきたはずや。当然その時は心を痛めたやろ。せやのに何で君はマザーとして生きる道を選んだんや?」


「それは……この子達を守る為です……。先程も言いましたが、今いる子達はこの塔で生まれました。当然、親は私と同世代かそれ以前の子達。ですが、彼らは家畜。我が子を抱く権利すら与えられません。したがって、この子達は両親の温もりどころか、"親"という概念すら知らないのです」


 流石は口が達者なハンス。マザーの一瞬の動揺を見逃さず、彼女に残る微かな良心に付け入り本心を引き出した。

 だが、マザーから発せられた言葉はあまりに残酷で、本心を引き出せたと喜んでいられるようなものではなかった。


「けどよ、守ると言ってもやれる事はあんま無いんじゃねーか? どの道12歳になればこのガキ共も家畜にされんだろ?」


「はい……。ですがたった12年かもしれませんが、それでも……そんな少しの間くらいは幸せに生きて欲しいのです」


「ふっ。綺麗事だな。それは、12年後に家畜となる事を受け入れられるように、"調教"しているのと同義だぞ……? 貴様はマザーとして生き長らえたのではなく、ただ家畜になる事を避けただけではないのか?」


 グレンが芯をつく事を言うと、マザーは思いの丈を吐露し始めた。

 しかしそれに対しサナエは辛辣な言葉を浴びせる。そしてそんなサナエの目は、見た事がない程に冷たいものだった。

 

「そう……かもしれないですね……。あなたの言う通り、私はとして生きていたかっただけなのかもしれません……」


「なら最後に問う。お前はこの……トゥーンランドの在り方は間違っていると思うか? 現状を変えられるなら、変えたいと思うか?」


 サナエの言葉を受け、自らの弱さを受け入れたマザー。そんな彼女に残る少しばかりの良心を、決して離さないように、俺はそんな問いを投げ掛けた。


「勿論です……! 出来ることなら変えたいと――――」


「――――はいはい、そこまでー。ティア……あなた喋り過ぎよ?」

 

 俺の問いに涙を浮かべながら答え始めたマザー。

 刹那――――彼女と同じ格好をした女性が、他のマザー達を連れてやって来た。


 そして俺達は驚愕した。

 突然現れた他のマザー達に対して――――ではなく、先まで話していた彼女の名が"ティア"である事に。



 

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