第97話 侵入


 ハンスに対し若干の違和感を感じつつも、俺達はスキルのレベルアップを経て、ラナの手伝いをするべく再度塔へ向かった。

 道中、昨日と同様に死んだ魚のような目で無機質に働き続ける集落の人々を横目に、事の重大さを感じ俺達の足は自然と早くなっていた。



「さてと……。着いたのはえぇけど、どうやって入ろか?」


「まさか……何も考えていなかったのか?」


 塔に到着するやいなや、ハンスは腰に手を置きこちらへ振り返った。対し、サナエは冷たい視線を送っている。


「そんな怖い顔せんといてーな。それに考え無しなんは皆も同じやろ?」


「…………まぁそうだが」


 ハンスは飄々とした態度でサナエに返答した。彼女も痛い所を突かれたといった様子で口篭ってしまった。


「レベルアップしたスキルでどうにかならないか? 俺のスキルは残念ながら期待薄だけど」


「俺もだな。身体の一部だけを重力操作出来るようになったみてーだが、そんだけだ。塔に侵入する役には立ちそうにねーな」


 俺の問いにグレンは両手を上げて首を振る。するとサナエがゆっくりと手を挙げ口を開いた。


「なら、拙者のスキルはどうだろうか? 斬撃を放てるようになったみたいだが、役に立つだろうか?」


「斬撃か……。塔の壁を壊すくらいは出来そうだけど、それだとあまりに目立ち過ぎるな。それに、そのくらいなら俺の捕食でも事足りそうだし」


「うっ……それは確かに……」


 サナエの提案を軽くいなすと、彼女は酷く肩を落としてしまった。ならば仕方がないなと、ハンスが自慢げな表情で口を開く。


「なんやぁー? 皆のスキル、レベルアップはしたようやけど、侵入には使えへんみたいやし、ここはワイの出番かー?」


「何だ? ハンスは侵入に特化したスキルを使えるのか?」


「侵入に特化したっちゅうか、別に塔の中に入るくらいは朝飯前やで」


「じゃあ何で昨日ソレをやんねーんだよ!?」


 ふふんと鼻で笑うハンスに対し、グレンは怒りを露わにし始めた。


「そんなん中に何があるかもわからへんのに、いきなり突入は無謀過ぎるやろー? そういうとこやで、グレンちゃん?」


「うっせーわ馬鹿! もういい……! さっさと中に入るぞ!」


「へーへー。ほんま、人遣いが荒い王子やで」


「あぁ!?」


 グレンを煽る様に口を開きニヤニヤと笑うハンス。グレンの怒鳴り声を一身に浴びながらも、気にしていない様子で塔の壁に手を着いた。


「あ、ハンス。誰にもバレないように静かに出来るか?」


「勿論やでリオンちゃん。余計な敵は増やしたくないからな」


 俺の忠告に頷くと、ハンスはスキルを行使した。


「この壁は色んな土と鉄を混ぜて、極限まで固くして作られとるみたいやな。ほんなら……。――――【溶解】!」


「ようかい……?」


 ハンスの発した言葉の意味はいまいち理解出来なかったが、彼は言葉を発した後、すぐさま壁から手を離した。


「何も起こらないぞ?」


「まぁそう慌てなさんな。ほれ、始まんで。よう見とき?」


 俺がそう言うと、ハンスは顎で壁を指しはにかんだ。俺達は壁の変化を固唾を呑んで見守った。

 すると壁はみるみるうちに溶け始めドロっとした液状となり、地面へと流れ落ちていった。


「お、おい……! 何か壁が氷みてぇに溶けていくぞ!?」


「本当だ……! 凄いな……?」


「これは面白い。一体何が起こっているのだ?」


 俺達が壁の変化に関心していると、ハンスは自慢げに口を開く。


「これはなぁ、溶解っちゅうてな。こういう固いもんを高温の熱で――――」


「――――おい、もう中に入れそうじゃねーか!? さっさと行こうぜ!」


「ちょ、まだ説明の途中なんやけど……!?」

 

 ハンスが何やら説明を始めるも、グレンは壁に穴があいた事の方が気になる様で、彼の話を遮り口を開いた。

 そしてグレンはそそくさと塔の中へと入って行った。


「あぁ、そうだな。拙者達も行くとしよう。今は無駄話をしている暇は無いからな」


「そんな……サナエちゃん……」


「悪いなハンス。だけど、壁を溶かしてくれてありがとう。よし、先を急ぐぞ」


 グレンに続いて俺とサナエも塔の中へと侵入を開始。ハンスは一人その場に立ち尽くし、呆然としていた。


「うぅ……リオンちゃんまで……。って……! ちょい、待ってーな! ワイも行くから置いて行かんといてくれやー!」


 遅れること数秒。ハンスも俺達に続いて塔の中へと侵入した。そして俺達四人は誰にも気付かれる事無く、塔の中へと無事侵入を果たした。



 ◇



 塔の中へと足を踏み入れた俺達は、目の前に広がる景色に唖然としていた。


 

「何だよこれ……」


「話には聞いていたが、実際に見ると異様だな……」


「あぁ。これ何人くらいいやがんだ? ここから見える範囲だけでもとんでもねぇ数だぞ……」


「これがこの階層の闇っちゅうわけやな。つくづく悪趣味やで。ここの女王っちゅうんは……」


 俺達の目の前に広がる緑豊かな敷地。そこに無数に駆け回る子供達。対し、大人の数はたった一人。

 だが誰一人として、この状況を不審に思っている様な素振りを見せず、ただただ幸せそうに暮らしていた。


「これだけを見ると、俺達がやろうとしている事の方が悪みたいだな……」


「そんな事は無い。現に拙者達は外の連中を見て来ただろう?」


「そうだぜ。コイツらが笑ってんのは偽りの幸せのせいだ。ンなもん間違ってるに決まってんだろ」


「せやな。ほんなら。とりあえずワイらは、あそこにおるマザーにバレんようにこっそりラナちゃんを探しますか……!」


 俺の言葉に皆は反対意見を述べてくれた。おかげで俺の中の正義感は間違っていないと再確認する事が出来た。

 そしてハンスの言う通り、俺達はマザーに気付かれないように細心の注意を払って行動を開始した――――のだが。



「――――っ!? そこの人達、何をしているのです!?」


 遠くに見えたマザーが俺達に気付き大声を上げた。

 それもそのはず、塔の中の広大な敷地には身を隠す物が何一つ無かった。これも子供を管理する為の策なのだろう。


「げっ……! 早速バレたみたいやな……」


「どうする主!?」


「そりゃあ、戦うしかねーだろ!?」


「いや、とりあえず話をしてみよう」


「「「はぁ!?」」」


 そして俺は皆の予想を裏切り、マザーとの会話を試みる。


 

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