第93話 トゥーンランド


 突然現れたラナという女性に連れられ、俺達は彼女の家へとお邪魔していた。



「今から茶を用意するから、適当に座ってくつろいでおれ」


「あぁ、ありがとう。――――ところでラナ。君はいくつなんだ?」


「ちょ……!? リオンちゃん!? 女性に年齢を聞くのはマナー違反やで!? ご両親に教わらへんかったんか!?」


 お茶を用意してくれているラナの背後から、俺は彼女の年齢を尋ねた。するとハンスは慌てた様子で口を開いた。


「ふっ。いや、構わんよ。じゃが妾の年齢は秘密じゃ。まだお主らを完全に信用したわけではないのでな」


 俺の問いにラナは鼻で笑うも、それに明確な答えを言う事はなかった。そしてそんな彼女に対し、グレンは怪訝な表情で口を開いた。

 

「ほう……。じゃあ何で俺達をここへ連れて来た? テメェ、何を企んでやがる?」


「そう睨むでない褐色の。お主らはここの事を何一つ知らんじゃろうて。じゃから妾が教えてやろうと思っただけじゃ。迷惑じゃったか?」


「い、いや……別に迷惑とかは……」


 グレンの問いにラナはテーブルにお茶を並べながら返答した。彼女の真意こそわからないが、そこまで言われてしまうとグレンは何も言い返せなかった。


「だが、ラナ殿は何故拙者達にそこまでするのだ? 何の得も無いであろう?」


 ――サナエの疑問はもっともだ。

 この階層の事を教えてくれるというのなら、俺達にとっては得しかないが、ラナにとってはソレがない。

 グレンの言う通り、ラナは何かを企んでいるのか……?


 するとラナは俺達の顔をまじまじと見つめ、大きく息を吐き口を開いた。


「はぁ……。人が親切に教えてやると言っておるのじゃから、黙って聞いておればよいものを……。わかった。理由は後で話してやろう。じゃがその前に、まずはこの"階層"について聞いておいても、お主らに損はないじゃろう?」


「まぁ確かに……そうだな」


 こうしてラナの話に納得した俺達は一度、この階層について説明を受けることにした。



「この階層の名は"トゥーンランド"。一人の変わった女が統治する最低な国じゃ」


「トゥーンランド……」


「変わった女ァ? 何が変わってんだ?」


「何が……か。そうじゃのう……。"趣味が"と答えておくかのう……?」


 ラナはグレンの問いに曖昧な言葉を返した。


 ――変わった趣味を持つ女性が統治する最低な国トゥーンランド……。

 一体何が変わっているというんだ……?

 でも確かに、集落の人の様子や中心にあった謎の塔とか、洗脳の効果を持つ歌を流しているという状況は異常だ。なら、その女性がよからぬ事をしているのは間違いないよな……。

 


「趣味が変わっとるっちゅうんは、具体的にどんな感じなんや? 趣味言うても色々あるやろ?」


「まぁ……そうじゃの。お主らには話しておくとするかのう――――」


 ハンスの問いにラナはそう言うと、一度口を噤み、再度ゆっくりと口を開く。


「――――奴の趣味は"異常なまでの子供への愛"じゃ……」


「異常なまでの……?」


「あぁそうじゃ。奴は子供を愛しすぎておる。それ故に自国から大人を追放し、子供だけを残したのじゃ」


「…………っ!?」


 ラナから語られたのは到底理解し難い事だった。

 

「そして、その女――――所謂女王は子供達を隔離し、塔の中に閉じ込めた。そして、追放された大人達は、中の子供達の為に塔の外で必死に働いておるのじゃ。自らの子供に会える事を願っての……」


「酷い……。酷すぎる……」


「だからあの男は、あんなにも必死で……」


 そして次々と語られる女王の暴挙に、俺はその言葉しか出てこなかった。サナエは先の男の事を思い出し、悲しみに満ちた表情を浮かべる。

 するとグレンがいつもの如く、怒りに身を任せ口を開いた。


「ンなもん、塔ん中に無理矢理突っ込んで行きゃあいいじゃねぇーか! 何で誰も抗議しねぇ!? 気に入らねぇんだったらその女王とやらに文句のひとつでも言えばいいじゃねぇーか!?」


「グレンちゃん……。そんな誰でも彼でもグレンちゃんみたいに激情のままに行動するわけとちゃうんやで? それに集落の人らは"あの歌"で洗脳までされとるわけや。そんな簡単な話でもないんとちゃうか?」


 グレンの言う事もわかる。だが、一般的に言えばハンスの言う事の方が正しいのだろう。グレンの話は理想ではあるが、それを実現出来るのは一部の人間だけだ。


「チャラいのの言う通りじゃ。大人達は洗脳によって働く事以外考えられんようにされておる。ごく稀に今日お主らが出会った男のように洗脳が解ける者もおるが、ああやって上手くあしらわれて仕舞いじゃ」


「ちゃ、チャラいの……ってもしかしてワイ……?」


「くそっ、救いが無いな……。それよりずっと気になってたんだけど、あの男が中の女に渡していた物――――あれは一体何なんだ?」


 ラナの話を聞き、俺は男が渡した物について問うた。

 するとラナは俯き、少し笑ってから口を開く。


「ふっ……。では逆に聞こう。お主はあれをなんじゃと思う?」


「何……って。普通に考えれば金とか……?」


「じゃろうな。じゃが実際は違う」


「じゃあ何だっつーんだよ?」


「あれの中身は――――ただの土じゃよ」


「はぁ……?」


 俺達はその中身の正体を聞き、唖然とした。


「土……? 何の為に土なんか……?」


「ふっ……。意味などありゃせんよ。あれはただのポーズ。これを持って来れば子供と会わせてやる、だから働け。という為のな。つまり渡す物の中身など奴らからすれば何でも良いのじゃ。何を持って来ようとも、初めから子供と会わせる気など無いのじゃからな」


「ンだよそれ。腐ってやがるな……」


 ラナは少し笑ってから淡々と話を続けた。そしてそれを聞いた俺達はこの階層トゥーンランドが如何に腐り切っているかを理解した。

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