第92話 謎の女性 ラナ


 覇気がない集落の人々に、中心地にある謎の塔。

 そして持ち手の無い扉の中から出てきた女性と、何かを懇願する男性。


 謎に包まれたこの階層の中心で、絶望し泣き叫ぶ男性にグレンは独断専行で声を掛けた。



「おい、おっさん……! 大丈夫かよ……? 一体何があった……!?」


「うぅっ……。ふぅっ……うぅ」


 グレンが必死に声を掛けるも、男性は気が動転して上手く話せない様子。そこへ俺達も合流し、同様に声を掛けてみる事にした。


「大丈夫か? もし良かったら俺達に事情を話してはくれないか?」


「うぅっ……うぅ……ティア……。ティアァァァ……」


 "ティア"というのは娘の名前だろうか。

 男性は虚ろな目で塔を見詰め、何度もその名を呼んだ。


「この人……ワイらの話、聞こえてるんか? どう見ても錯乱症状の一種やで、コレ……」


「コレとか言ったら失礼だろうが。すまない、うちの馬鹿が失礼な事を言った。何かあったのならば、話してはもらえないだろうか? もし話してくれるのならば、拙者達が手助けをする事はやぶさかではないのだが――――」


 サナエはハンスの非礼を詫び、男性と塔の間に割って入りしゃがんだ。すると男性はゆっくりと目線を下ろしていき、サナエの顔を見るやいなや、肩を掴んだ。



「お、おい……! テメェ、いきなり何しやがんだ……!?」


 グレンはサナエの肩を掴む男性の腕を掴み、怒鳴った。するとサナエはグレンに目をやり、それを制止。

 そして男性に目線を戻すと、サナエは優しい表情で声を掛けた。


「グレン……! 拙者は大丈夫だ……。――――それでどうだろう……。話をしてくれる気になっただろうか?」


 サナエの声に反応を示した男性は、大粒の涙を流し、サナエを突然抱きしめた。


「…………っ!!」


 俺は咄嗟に身体が動いたが、サナエが手のひらをこちらに向けている事に気が付き、踏みとどまった。するとサナエを抱きしめる男性は、涙ながらに声を発す。

 

「あぁ……ティア……! 会いたかった……! 父さんはずっと……ずっと……!」


 男性は気が動転している上に、ハンスの言った様に軽い錯乱を起こしていた。加えて娘に会えなかった絶望も重なり、限界が来たのだろう。

 男性は目の前にいるサナエが、我が娘であると錯覚し、抱きしめ声を掛けているのだ。サナエは何も言わず、泣き続ける男性の背中を優しくさすっていた。


 ◇

 

 暫くそうしていると、男性は疲れたのか眠ってしまった。

 

「おい、寝ちまったぞ? 結局話が聞けなかったじゃねぇか」


「仕方ないだろ。それよりこの人、何処の誰なんだろう?」


「まぁ恐らく集落の人で間違いないやろなぁ。大方、娘さんをこの塔の中のヤツらに連れて行かれたっちゅう話やろ」


「連れ去られて十年、娘に会えないのか……。それは……こうなってしまっても無理はないな……」


 俺達は眠ってしまった男性に同情し、暖かい目で見守っていた。刹那――――


「ほう……。そこの童ども。よくわかっておるようじゃのう」


 俺達が男性に気を取られていると、突然背後から知らない女性の声が聞こえた。俺達は瞬時に振り返り戦闘態勢をとる――――が、その女性は腕を組み戦わない姿勢を見せる。


「いきなり何じゃ童ども。わらわに戦う意思は無い。妾の名は"ラナ"。お主らの敵ではない」


 腕を組み、そう話す若い女性"ラナ"は、透き通る程に綺麗な白髪と赤く染った瞳を持ち、異様な威圧感を放っていた。


「いきなりなのはテメェだろうが……!? 背後から音も無く現れやがって……。何の用だ!?」


「そう喚くな褐色の。お主らこそ、ここの者ではないじゃろうて。何処から湧いた?」


「湧いたとは随分な言い草だな。だが、その通りだ。俺達は下の階層からここへ来た。何もわからず彷徨っていたらここへ辿り着いたんだ。そしたらこの人が……」


 ラナの問いに俺は威勢よく答え始めるも、男性の事を話すのに躊躇し言葉を詰まらせる。

 

「そうか。それでお主らの外見は皆、統一性も無く、見慣れぬ物なのじゃな。ふむ……。それよりそこの男……。眠っておるのか?」


 するとラナはどこか納得した様子で一度頷くと、サナエの膝に頭を乗せ眠っている男性に目をやった。


「あぁ。先まで娘の名を呼びながら錯乱していてな。今しがた眠ったところだ」


「そうか。それはご苦労だった。ならばお主ら、妾の家へ来ると良い。その男はそこに捨ておいて構わん」


「はぁ……? 何言ってやがる……? ここに捨て置くだァ!? ンなこと出来るわけねぇーだろ!?」


「せや……! いくら綺麗な姉ちゃんや言うたってそれは聞き捨てならへんなぁ!?」


 ラナの無慈悲な言葉に、怒りを露わにするグレンとハンス。しかしラナは顔色一つ変えずに口を開く。


「良いのじゃ。お主らにも時期にわかる」


「何を言って――――」


 俺がそう言いかけると、突然ラナの顔色が変わる。そしてザザザ……っと何かの音が聞こえたかと思うと、ラナはここ数分で一番大きな声を発した。


「耳を塞げ……!! 童ども……!! 決してこの音を聞いてはならん……!!」


「…………っ!?」


 俺達は動揺しつつも、ラナの表情と声色から尋常ではない状況を察し、言われた通り強く耳を塞いだ。


 

 ――――♪ ――――――♪ ――――――――♪



 そして、耳を塞いでいる間、薄らと聞こえた歌のようなものが鳴り響き、数分後に止んだ。


 すると突然、先までグレンが怒鳴ろうが喚こうが、眠り続けていた男性がむくっと起き上がった。


「……っ!? どうしたんだ?」


「あぁ……。働かないと……。ティアの為に……」


 男性は虚ろな表情でそう呟くと、フラフラと身体を左右に揺らしながら集落の方へと戻って行った。



「わかったじゃろう……? これが男を捨ておいて良いと言った理由じゃ」


「何だったんだ……? あの歌のようなものが何か関係しているのか……?」


「ほう……。よくわかったのう、長髪の。そうじゃ。あの歌は【洗脳】というスキルじゃ。あの歌を聞けばたちまち、使用者の思い通りに行動させられるのじゃ。じゃからお主らも決して聞いてはならぬぞ?」


 ラナの説明を受け、俺達はゴクリと生唾を呑み、頷いた。

 そして俺達はラナに連れられ、彼女の家へと向かった。

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