第90話 違和感


 サンドレアから一つ上の階層へと辿り着いた俺達は、ひとまず辺りをよく観察した。

 しかし、辺りには何も無かった。


 それもそのはず。サンドレアの住民達への被害を極力抑える為に、あえて階層の端に階段を作り上って来たからだ。



「何も無いな……。でも壁はある……」


「まぁサンドレアに着いた時もこんなだったし、どうせその内、何か見つかんだろ。それに壁があるっつーことはここも地上じゃねぇーってことだな」


 俺は辺りを見渡し、壁以外に何も見つけられない事を吐露すると、グレンは真剣な表情でそう言った。


「それにしても、ヨスガにサンドレア、加えてこの階層もだが、階層の端には何も無いものなのか?」


「どうやろなぁ。このアンダーワールドには、階層の端まで発展させられるような知識も財産も資源も無いっちゅうのが本音やろうな」


 サナエの疑問にハンスは頭の後ろで手を組みながら返答した。


「とにかく、ここがどこなのか調べないとな。それと、上に行く方法とかもわかればいいけど」


「んじゃまぁ、とりあえず誰かいねぇーか探しながら、適当に歩いてみっか!」


 グレンの提案に皆は頷き、ひとまず人がいそうな所まで歩くことにした。



 ◇



 暫く歩き続けると、これまたヨスガやサンドレアと同様に古い家が立ち並ぶ集落を発見した。



「ったく……。どこも同じだな。人間ってのは格差を作らなきゃ生きていけないのか?」


「まぁそう言いなや、リオンちゃん。気持ちはわかるけど、一度権力を持ったもんは二度と手放されへん。そういうもんやで」


 俺は目の前に広がる光景を見て、少し不快感を抱いた。それを察したのか、ハンスは俺の横にやって来て、諭す様にそう語った。


「でもまぁ、リオンの言う通り見ていて気持ちのいいもんじゃねぇなぁ」


 グレンはそう言うと、集落の横で汚れた格好で働く人達を悲しげな表情で見つめていた。

 

「あぁ、まったくだ。だが、何だ……? 拙者、この光景を見て、何か違和感を感じるのだが?」


 サナエもグレンと同様に悲しげな表情を浮かべ、彼らを見ていたが、何か違和感を覚えているようだった。


「違和感って何だ? 俺にはよくわからないんだけど……?」


「ワイもや。サナエちゃんは何が気になるんや?」


「いや、何というか……。活気が無い……ともまた違うかもしれないが、彼らから生気を感じないのだ」


 サナエはそう言うと怪訝な表情で彼らを見つめる。

 

「そりゃまぁ、無理矢理働かされてんのかもしんねぇーからな。それはヨスガでもサンドレアでも同じだっただろ?」


 ――確かにそうだ。

 グレンの言う通り、下の階層でも将軍やヴァイツェンに納める物を作る為に集落の人達は皆必死で働いていた。

 そしてそれはこの階層でも同じなのだろう。

 なら、サナエは何に違和感を感じているんだ……?


「確かにそうなのだが……。何と言えばいいのか……。彼らからは生きる意味みたいなものが欠落しているように見えるのだ」


「生きる意味……ねぇ。まぁ確かに、サンドレアの人達はヴァイツェンに苦しめられてはいたけど、生きる意味や生きたいって気持ちはあったかもしれへんな」


「うん。言われてみれば確かに、ここの人達からはそういうのは感じないかも……。もしかしたら、下の階層とは違う何かがあるのかもしれないな」


「あぁ……もう! いつまでもウダウダ考えてたってわかんねぇーもんは、わかんねぇーよ! そこに人がいるんだから聞きに行こうぜ」


 グレンはそう言うと、先走って集落の人達の元へと行ってしまった。そして俺達も慌てて後を追う。


 ◇



「なぁ、ちょっと悪ぃんだけど、少し話を聞かせてもらえねぇーか?」


「あ……? あんたら誰だ……。仕事の邪魔だからあっちに行ってくれ……」


 グレンが珍しく下手に出て声を掛けるも、集落の人からは生気のない声が返ってきた。


「何や……? ほんまに生きる気力を感じひんやんか」


「あぁ。どこか目も虚ろだし、皆やせ細っているように見えるな……」


「サナエの言う通りだ。それに余所者の俺達を見ても、誰一人として作業を中断したりしないのは流石におかしいぞ……」


 その後も俺達は何人かに声を掛けてみたが、誰一人としてまともに会話が出来た者はいなかった。



「どうすんだ? このままじゃ何にも情報は得られねぇぞ? いっその事、さっきと同じやり方でとっとと上に行っちまうか?」


「いや、俺はここの人達をこのままにはしておけない。恐らく何か事情があるはずだ。もし将軍やヴァイツェンみたいな悪い奴が原因なら、俺はそいつをぶっ倒す……!」


 グレンの提案に俺は異を唱えた。

 

「そんな事言うて、リオンちゃんは正義感の塊みたいやなぁ。でも、えぇんか? リオンちゃんの目的は地上におる奴に復讐する為なんやろ? こんな所で油売ってる暇、あんのかいな?」


「拙者は……主の意向に従うが……ハンスの言う事も一理あると思うぞ」


「うん……。ただ、人と会話もろくに出来ないくらいに追い詰められている人達を放っておくなんて俺には出来ない。自分勝手な事を言ってるのはわかってる。でも俺がもし地上のヤツらに復讐を果たしたとして、ここの人達の気持ちは晴れるか? 苦しみから解放されるのか?」


 俺の問い掛けに二人は俯き、口を噤んでしまった。

 するとグレンが大きなため息をついた後、口を開いた。


「はぁ……。わーったよ! リオンはお人好しだな、まったくよォ……。俺は鼻っからリオンに協力するって決めてんだ。だからテメェがどんな想いで何をしようたって、俺は手ェ貸すぜ」


「グレン……!」


「せ、拙者だって主に忠誠を誓っているのだ! 何があっても主に従う……! それが侍というものだ……!」


「サナエまで……」


「はぁ……。もうしゃあないなぁ。わかったわかった。ほんならワイも参加や。ここの人達を苦しみから解き放つ。上に行くんはそれからやな」


「ハンスは別に、嫌ならついて来なくてもいいんだぞ?」


「ちょ、リオンちゃん!? それはあまりにもちゃう?」


 ハンスを茶化すことで、俺達の間に流れる空気は少しだけ和んだ。

 そして俺達は、この階層が抱える問題を解決する事に決め、次は階層の中心地へ向かう事にした。

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