第87話 僅かな望み



 シルキーを蘇らせる事に成功した俺達は長い間サンドレアを苦しめていたヴァイツェンを排除出来た事を大いに喜んだ。


「それはそうと、石化が解けたんならルドルフの所に早く行ってやらねーとな」


 そしてグレンのこの一言により、俺達は屋敷を出ようとしたのだが、シルキーは足を止め臆してしまう。


「私、やっぱり駄目だよ……。私なんかがみんなの所へ行ったら、せっかく石化が解けたのにまた怖がらせちゃう……」


 すると俯きその場を動こうとしないシルキーにグレンは優しく声を掛けた。


「心配すんな、何かあったら俺が助けてやる」


「グレン……」


「そうだぞ! シルキーには拙者達がついてるからな!」


「あぁそうだな。シルキーはもう独りじゃないんだ」


「せやで! シルキーは――――あ、もう言う事ないわ」


 グレンに続いて俺達もシルキーに励ましの声を掛けた。

 ハンスだけは何かを話そうとするも、見切り発車だったのか何も言葉が浮かばず断念した。


「…………みんなありがとう。そうだよね、何を言われても仕方ないし、私がした事にちゃんと向き合わないといけないよね。うん……! 頑張る!」


 そう言うとシルキーはいつもの調子で明るく話し、顔を上げた。

 そして俺達は沢山の人達が石化していた集落へと向かう――――



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 俺達が集落へと到着すると、そこは沢山の人達で賑わっていた。

 中でも一際騒がしく人が集まっている場所があり、どうやら中心に誰かがいるようだった。


「俺達の石化を解いてくれてありがとうございます!」

「感謝してもし足りねーよ……!」

「ありがとう、ありがとう……!」

「あなた様のおかげで家族もみんな無事です! ありがとうございます!」

「これも全て、あなた様のお力ですか? ルドルフ様?」


 どうやら人混みの中心にいるのはルドルフの様だった。

 石化を解いた張本人だと誤解され、揉みくちゃになっていた。


「ちょ、ちょっと待ってください……! 僕も先程まで石化していたんですよ……!? そんなの出来るわけないでしょう!?」


 ルドルフは慌てた様子で騒ぎ立てる人達を宥めようとしている。

 するとそんなルドルフの声を聞いたのかグレンが人混みを掻き分けて、彼の元へと駆け寄った。


「ルドルフ……!! 無事だったか!」


「……っ! 兄さん……!!」


 二人は熱い抱擁を交わし再会を果たした。


「待たせて悪かったな。でも万事上手くいったぜ!」


 グレンはそう言うとルドルフに白い歯を見せ笑いかけた。

 そしてルドルフはグレンの言葉を聞き、俺達の方へと視線を向けた。


「リオンさん、サナエさん……あとシルキーも無事だったんだね。よかった……」


 ルドルフは俺達の無事を確認すると安堵の表情を浮かべた。

 しかし、ルドルフが発したシルキーという名前に周りの人達はすぐさま反応し、ざわつき始める。


「シルキーって言ったか……?」

「シルキーっていえば大臣の所の……」

「あぁ、そして俺達を石化した――――」


 その場にいた人達はルドルフとグレンの視線の先にいるシルキーの方へと目を向ける。

 シルキーは目に涙を浮かべ震えながらも、必死に彼らと向き合おうと下唇を噛みじっと耐えていた。

 すると――――


「あんたシルキーちゃんかえ? 大きくなったねぇ!」


「え……?」


「シルキーちゃんが無事でよかったよ!」

「本当だぜ……! 子供のくせに無茶しやがってよぉ!」


 一人の老婆が放ったまさかの一言にシルキーは驚愕した。

 そしてそれは俺とグレンとサナエも同じだった。

 シルキーは必ず罵倒されるだろうと全員が覚悟していたのだが、何故か皆は口を揃えて彼女の無事を喜んでいた。

 

 その後も他の人達が次々とシルキーに言葉を掛けていったが、その中に悪意を持つ者はいなかった。

 そんな状況に俺達はただただ唖然とするしかなかったが、ハンスだけはホッと胸を撫で下ろし安堵の表情を浮かべていた。


 そしてシルキーは未だ困惑した表情を浮かべながらも、意を決して口を開く。


「な、何で……? 私は皆を石化したんだよ!? なんで誰も怒らないの!?」

 

「怒るわけないさね。シルキーちゃんがあたしらを守ろうとしてくれとったのは、ここにいるみんなが知っとるよ?」


 シルキーの問い掛けに老婆は優しく微笑みながらそう返した。


「何で……? 誰にもバレないように気を付けてたのに……」


「シルキーちゃん、あんたは石化した事あるかい?」


「……? ないけど……」


「ならわからんくても仕方ないさね。あんねぇ、石化されてる時ね、実はあたしら意識があったんだよ」


「え……嘘……?」


 老婆が口にした衝撃の事実にシルキーは再度驚愕した。


「だからね、シルキーちゃんがあたしらを石化した後、一人で戻って来て泣きながら謝ってる姿をみんな、ちゃーんと見てたんだよ」


「うぅ……っ……うわぁーーん……!」


 老婆の話を聞き、色々な感情が頭の中で交錯する中、シルキーは大粒の涙を流した。


「それとね。シルキーちゃんが謝って行った後に、そこの兄ちゃんが来てね。石化しとるアタシらに向かってシルキーちゃんがやろうとしとる事を全部教えてくれたんよ」


 そう言うと老婆はハンスの方へチラッと目配せをした。


「そう……だったの? ハンス?」


「そ、そんなん知らんで? ワイはただシルキーの計画を独り言で呟いとっただけや……!」


「ふんっ若造が。『みんなはちゃんと元に戻れるから。だから、シルキーの事はどうか許してやってくれ……!』って泣きながら訴えておったのはどこの誰かな?」


「かぁー……! お婆ちゃん、全部バラさんといてーな! こういうのは人知れずやるからカッコえぇのにぃ!」


 ハンスはそう言いながら手で自分の顔を覆い隠した。


「ありがとう……ハンス……」


 シルキーは涙を拭いてハンスに礼を言った。

 するとハンスは手を退けて顔を出し口を開いた。


「……まぁ正直な話、ヴァイツェンの罪を一人で背負い込むシルキーを見てられへんくてな。せやから石化しとる人の中身はまだ生きとると信じて誤解を解いて回ってたんや。ワイにはそれくらいしか出来ひんかったし、何より死んでも尚、シルキーだけが恨まれるのが耐えられへんかったんや。僅かな望みやったけど、賭けてみてよかったわ」


 ハンスはそう言うと照れながらもはにかむ様に笑った。


 そんなやり取りを繰り返し、場の空気も和んだところで、話は次の問題に移行する。



「シルキーちゃんが無事だという事は、国王様もご無事なのかえ?」


 老婆は国王の安否を確認した。

 ハンスの独り言のおかげで彼女らも国王が乱心したのではなく、全てがヴァイツェンの企みだと知っているのだろう。


 しかし以前シルキーが話していた通り、国王はもうヴァイツェンの手によって――――


「ごめん、みんな……。国王様はもう、お父さんが……」


「そうか……やっぱり……」


 シルキーがそう言うと皆の表情は暗いものとなった。

 そんな中、自らの言葉の重みを理解しきれていないグレンが徐に口を開く。


「じゃあよ、新しい国王を決めりゃあいいんじゃねーか?」


 グレンの一言によって場の空気は凍り付いた。


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