第85話 奇跡の代償
――――じゃあね、グレン。大好き……。
そう言い残しシルキーは手に持ったナイフを自らの首に深く差し込み倒れ――――絶命した。
刹那――
シルキーの身体から眩い光が放たれた。
その光は四方八方へ広がり、一瞬でサンドレア全域を飲み込んだ。
そのあまりの美しさと神々しさに俺達は泣くのをやめ、ただ黙ってその光を眺めていた。
暫くそうしていると、程なくしてシルキーから放たれる光は止み、俺達は微笑むように眠る彼女に目線を戻した。
「何が……起きたんだ……?」
「わからないな……。だが正直、とんでもない物を見せられた気がするな」
俺とサナエは互いに顔を見合せ、今の光について言葉を交わした。
するとハンスはやや興奮気味に口を開く。
「初めて見たで……。あんな凄いもんなんか……!」
「ハンスはあの光が何か知っているのか?」
「当たり前や、サナエちゃん。今のは【終焉の光】っちゅうて、他者に影響を与える事が出来るスキル保有者がスキルの効果を残したまま死んだ時に発せられる光で、アレを浴びたもんは漏れなく受けたスキルの効果を無効化されるんや」
「……ってことはつまり――」
「今頃、サンドレア中の石化した人達が目を覚ましとるんとちゃうか」
「「…………!!」」
ハンスの言葉に俺とサナエは息を呑んだ。
まるでシルキーの死が石化した人達を治す為の奇跡の代償とでも言うのかとそう思い、何とも言えない悔しい気持ちを抱いた。
そうしていると、終焉の光のお陰でグレンの体の痺れは無くなり、彼はすぐさまシルキーを抱きかかえた。
そのままグレンは静かに涙を落としながら俯いた。
「グレン……シルキーが死んでしまったのは俺達の力不足だ。だけどさ、お陰でルドルフや他の石化された人達が――――」
「――――わかってる。けど今は……ちょっと待ってくれ」
俺がそう言いかけるとグレンは俺の話を遮る様に口を開きそう言った。
そしてグレンは安らかに眠っているシルキーに話を始めた。
「シルキー、何でテメェはそんなにも馬鹿なんだよ……。テメェが死んで、ルドルフが元に戻ったとして、アイツが喜ぶとでも思ってんのかよ……?」
「グレン……」
「しかも何だよ……最後の言葉はよォ……? あんな事言われて、残される俺の身にもなれよ……! 俺の事が好きだァ……? じゃあ生きてそれを証明しろよ! 国中の人が蘇って俺達も無事なのに、何でテメェは死んでんだ!? シルキー…………!!」
グレンはシルキーにそう怒鳴ると、大粒の涙を流しながら彼女の額に自らの額を合わせる。
「グレンちゃん……シルキーは皆の事を守る為に――」
「わかってる……!! ンな事はわかってんだよ……。でもよ、やっぱ……そう簡単に割り切れるもんじゃねーわ」
ハンスの言葉を理解しつつも、それを受け入れられないグレンはただひたすらに泣く事しか出来なかった。
「うぅっ……うぅ……主ぃ……。何とかならないのかぁ……?」
「俺だってどうにかしたいよ……! でももう死んでしまった以上どうする事も――――」
俺は泣きじゃくるサナエにそう言い、再度シルキーとグレンの方へと目線を戻す。
するとグレンはシルキーの血が付着したナイフを手に取り、自らの首にあてがっていた。
「何やってんだグレン!!!?」
俺はそう叫び、眠っているシルキーと今正に後を追おうとしているグレンの元へと駆け寄る。
「見てわかんだろうがリオン……。俺もシルキーの後を追って死ぬんだよ」
「馬鹿な事――」
「馬鹿な事言うな!! シルキーが一体どんな気持ちで……どんな想いで……! グレンに気持ちを伝えたと思っているのだ……? 少しは……少しはシルキーの気持ちを考えろ! 馬鹿者……!!」
俺がグレンに怒鳴りつける前に、サナエが感情を爆発させ激怒した。
するとグレンは再度涙を流し、心情を吐露し始めた。
「じゃあどうすりゃいいんだよ……!? 好きな女に好きって言われて、答えを返す前に死なれちまって……。リオン、テメェならどうすんだ? あ……? 死んじまった後……アイツが一人でも寂しくねー様に、傍にいてやんのが男の――俺の役目じゃねーのかよ?」
ガキンッ――――!
俺はグレンの言葉を受け、静かに右手を口に変えると彼の持つナイフを粉々に噛み砕いた。
「何すんだ……リオン……」
そう言うグレンの目は虚ろで焦点も定まっておらず、もう彼にはただ目の前で静かに眠るシルキーと自分が死ぬ事しか見えていない様だった。
「それが馬鹿な考えだって言ってんだよ……! いつも自信満々に俺達を引っ張っていくグレンはどこに行ったんだよ!? グレンは俺達の……オアシスのリーダーなんだろ!? ならシャキッとしてくれよ!! 前を向けよ! 悪いのは全部ヴァイツェンだろ! そしてソレを唆したグレゴールだろ!? ……奴は今、地上にいる。待っていると言っていた……。なら行くしかないだろ……! グレンもシルキーの仇を討つ為に一緒に行くだろ……!?」
「俺は……もう……いい」
「は……?」
グレンは俺の必死の呼び掛けに虚ろな目のまま目を合わさず、そう呟いた。
「ンな事……もうどうでもいい。俺には守りてーもんがもう何も無い……」
「何言ってんだよ……? ルドルフも、この国の人達も……ヨスガの里の人達も……! 全部! グレンはどうでもいいって言うのかよ……!?」
「あぁ……」
俺の問いにグレンは消え入るような声で一言、返事をした。
刹那――俺の中で何かがキレる音がした。
そして俺はヴァイツェンを捕食した事を思い出す。
「もういい……。この腑抜け……。今のグレンの姿を見たらシルキーは何て言うかな。まったく、情けないな?」
「そう……かもな……。でももうシルキーは俺を見ねぇし、話もしねぇ。だからその例え話は何の意味もねーよ」
「そうかよ。じゃあ俺はシルキーを生き返らせる……。それで生き返ったシルキーに今のグレンを見てもらう。その後、一発殴られろ馬鹿野郎……」
「あぁ……? ンな事出来るわけねーだろ……。あんまりふざけた事言ってるとぶっ飛ばすぞ……?」
「ははっ。やれるもんならやってみろよ腑抜け。俺にはヴァイツェンのリセットが一回だけ使えるからな。それを使ってシルキーが死ぬ前に戻せば……必ず生き返るはずだ……。だから黙って見てろよ……」
グレンは口を大きく開けて、ただ唖然としていた。
「リオン……ンな事出来るわけねーよ。命はそんなに軽くねぇんだ……」
「無理かどうかはやってみないとわからないだろ。それにシルキーが助かる可能性が万に一つでもあるのなら、俺はそれに賭ける……! もし本当に命が軽くないと言うのなら、こんなにも沢山の人の命を救ったシルキーの命も軽いものなはずないだろ……!!」
そう叫んだ俺は体内にある、時間属性を口から放出した。
俺の口から発せられた灰色のソレは先と同様に獣の口を模していた。
すると今まで口を閉ざしていたハンスが突然叫び出す。
「待て! リオンちゃん! そんなもん出来るはずがない! 死んだ人を生き返らせるなんて、そんなもん神の所業やないか……!!」
「だったら俺が神になるだけだ……!」
そして俺はハンスにそう言い放つと、そのまま時間属性が付与された獣の口をシルキーの首元へと噛み付かせ、それと同時に言葉を添える。
「帰って来いシルキー……。【リセット】……!」
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