第80話 怒り


 互いに睨み合いを続けている中、シルキーは何かを祈るように目を瞑っていた。

 そしてグレンはヴァイツェンのスキルについて疑問に感じた事を話し始める。



「ちょっと待て……。何で奴は俺がヨスガの里でゴロツキ共にボコられた事や、リオンが人斬りにやられた事を知ってんだ? 奴のスキルは戻す基点となる事象を認識しねーと駄目なんじゃねぇのか?」


「せや。ただ二人はシルキーにずっと見張られてたんやろ? それをヴァイツェンに報告されてたら、二人がどこに、どんなダメージを受けたかを正確に認識する事が出来る。それこそ自分が受けたダメージみたいにな」


「ううっ……! な、なるほど……。そこまで見越してシルキーに見張りをする事を許可したのか……」


「いや、そこまで考えてたかどうかは知らんけどな。とにかくこれは厄介すぎるで。どうにかせんと……」


 俺とグレン、そしてハンスの三人はヴァイツェンの新たな能力の幅に警戒し、距離を詰める事が出来なかった。

 そんな時、ヴァイツェンが口を開いた事をきっかけに何かを祈っていたシルキーがこの膠着状態を破る――――

 


「シルキーよ。お前は先から何をしておる?」


「お父さんの身を案じて神に祈りを捧げています……」


「ふぉっふぉっふぉっ。いつからお前はそんなに親思いになったのだ?」


「それは……お母さんが死んだあの日からです……!」


「あぁ?」


 シルキーはそう言うと毒を付与したナイフを太腿から二本取り出し、ヴァイツェンの腹に刺した。


「ぐっ……ふぅ……!!」


「…………っ!?」


「シルキー!?」


 俺とグレンは突然のその状況に驚きを隠せなかった。

 しかしハンスは全てをわかっていたかの様に悲しげな表情を浮かべシルキー達を見ていた。


 

「私はあなたを許さない……。あなたは私の人生をめちゃくちゃにした……!! だからここで死んでもらう!」


「ふぉっ……ふぉっふぉっ……! 馬鹿な事を……。ここでリセット……を使って傷を治す事は……容易い。だがそれでは……お前がワタシを裏切った事さえ……忘れてしまうな」


「だからこのタイミングを選んだ。私はずっと待ってたの。あなたを殺せるこの時を――――」


 シルキーは怒りを露にしながらヴァイツェンからナイフを抜き取ると、少し距離を取った。


「ふぉっ……ふぉっ……ふぉっ。わ、ワタシを……殺すには一瞬で、やらんといか……んぞ……? そんな事もわからない……お前では、あるまい?」


「わかってる。で、どうするの? リセットする? そしたら私はまたあなたを刺すけど」


 シルキーは鋭い目付きでヴァイツェンを脅す。

 そして二人を見ていた俺とグレン、そしてハンスは順に口を開いていく。

 


「シルキーの奴……やりやがった……。本当に親父を……?」


「で……でもシルキーが言うようにヴァイツェンがリセットを掛けたら全てが無かったことになるぞ?」


「せやからあの脅し文句や。リセットをかけてシルキーの裏切りを忘れたヴァイツェンはまた同じようにシルキーに刺される」


「でもそれじゃあまたリセットされての繰り返しになるんじゃ?」


「せやな。致命傷ではあるけど決定打ではない。傷を治すついでにナイフに付与した毒もリセットされるやろうし。果てさてシルキーはどうするつもりなんやろか」


 俺達は固唾を飲んで二人を見詰める。

 そして先手を打ったのはやはりヴァイツェンだった。


 

「しかしまぁ……。この……ままに、しておいても、ワタシは……死ぬだけだし、な……。いっ、一度忘れてみるか……【リセット】」


 ヴァイツェンはリセットを唱えた。

 そしてシルキーはその途中でナイフを突き刺す。

 我に返ったヴァイツェンはナイフを刺されている事に気が付き、更にリセットを唱える。


「これはまた永遠に続くやつだな……」


「どうにかならねーのかよ!?」


「正直、ここでワイらに出来ることはないな。ワイらにヴァイツェンを瞬殺出来る方法があればえぇんやけどな……」


 しかしハンスの言う通り、今俺達にヴァイツェンを瞬殺する手立ては無かった。

 そして永遠に続くとも思えたシルキーとヴァイツェンの攻防は突然終わりを迎える――――


 

「グフゥッ……!!」


 ヴァイツェンが突然、口から血を吐き膝をついた。

 そして次第に身体を起こしている事すら耐えられなくなったのか、そのまま前に倒れた。


「グフ……何故だ……? 何故、リセットが効かない……? い、息が……苦しい……!」


 ヴァイツェンは血を吐きながらシルキーを睨み付ける。

 そしてシルキーは彼を上から冷たい目付きで見下ろすと彼のスキルについて話を始めた。


「お父さん。あなたのリセットは認識したダメージを受ける前に戻す事が出来る。だからこそ、その認識はどこにどんなダメージを受けているかを正確に把握しなければならない。そうでしょ?」


 その内容はハンスが先に述べた事と同じだったが、言い回しが微妙に違った。

 そしてシルキーの言葉に間違いが無いと言わんばかりに、ヴァイツェンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

 これにハンスは何かに気が付いたのか目を丸くして口を開いた。


「そういう事か……! ワイはヴァイツェンのスキルをダメージを受ける前の身体に戻す事やと思うとった。せやけどちゃうな。ヴァイツェンのスキルはダメージを受けた身体にやなくて、ダメージを受けたという事象そのものに作用するんや……!!」

 

「それの何が違うんだ? ダメージが無かった事になるのは一緒じゃねーのか?」


「全然違うでグレンちゃん。身体に作用するんやったら同時攻撃で受けたダメージを全て無かった事に出来る。せやけど事象に作用するんやったらヴァイツェンが認識した部分にしかリセットはかからへん。つまりヴァイツェンのリセットは身体全体やなく限定的なもんやったんや」


 ――なるほど。そういう事か。

 だからヴァイツェンは記憶を失うというリスクを負いながらも、ダメージを受ける度にその都度リセットしていたのか。

 しかも自分がダメージを受けたという認識が出来た部分だけを限定的に。

 


 そして俺はハンスの話を聞き、とある事に気が付いた。




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