第76話 不完全な和解


 シルキーと揉み合いになりながらも壁の穴から隣の部屋へ転がり込んだ俺はすぐさま起き上がり、彼女から距離を取った。



「危ない……。まだ毒を隠し持ってる可能性もあるからな。あまり近くにいるのは得策じゃない」


 そして俺は倒れ込んでいるシルキーから視線を外し、偶然彼女が倒れている所の近くにいたヴァイツェンに目線を移した。


「シルキーの言葉通り、ヴァイツェン。お前はここにいたんだな」


「貴様は……あの時のガキか。この国に関係の無い貴様がワタシの屋敷に何しに来よった!?」


「この国の人達を……シルキーを返してもらいに来た!」


 俺は両手を口に変えたままヴァイツェンに向かって走り出そうと足を一歩出した。

 その時――――


「ちょい待ち!!」


 突然、背後から俺を呼び止める声が聞こえた。

 俺は足を止め声のした方へと振り返る。


 するとそこにはグレンとハンスがいた。

 ハンスはさっきと同様に飄々としていたが、グレンは少し違って見えた。


 グレンの表情はシルキーを殺すと言い放ったあの時と比べ、少し表情が明るくなっている気がした。

 とはいえ、いつもの白い歯を見せるあの笑顔が見れそうな雰囲気ではなかったが。



「何だよハンスいたのか。グレンも……。それより今、俺はヴァイツェンに向かって行こうとしてたのに止めないでくれよ」


「はぁ……。あのなぁ、ヴァイツェンに向かって行くって、リオンはヴァイツェンのスキルとかちゃんと知ってんの?」


「……いや、知らない」


 俺がそう答えるとハンスはこめかみを押さえて俯いた。


「はぁ……。グレンちゃんの仲間はこんなんばっかりなんか? 後先考えんと仲間を助ける為やったら自分の命をも顧みず突っ込んで……。自分らアホなん?」


「「アホじゃねーよ!! 仲間を助ける為ならこのくらい普通だ!」」


 ハンスの言葉に俺とグレンは全く同じ反応をした。


「ぷっ……! 自分ら揃いも揃ってほんま……。わかったわ。リオンちゃんにもヴァイツェンの事教えたるさかいにこっち来な。グレンちゃんはおっさんとシルキーの足止めを頼む。リオンちゃんへの説明が終わったら三人でかますで……!」


「おう。任せろ」


「り、リオンちゃん……!? 何だよ急に馴れ馴れしい……!」


「えぇからはよ来いって!」


 俺はそう言われ変な呼び方に微妙な気持ち悪さを感じつつも、ハンスの元へと駆け寄った。

 そしてグレンは俺が壊した壁の瓦礫を宙に浮かせ、次々と二人の足元へと投げ付けた。


「えぇか、リオンちゃん。よう聞きや? ヴァイツェンのスキルは――――」


 そう言うとハンスは俺にヴァイツェンのスキルの説明をした。

 そして俺はそのスキルの内容に驚愕した。



「――全く勝てる気がしないんだが?」


「せやなぁ。今、俺とグレンちゃんも同じ事思っとったよ。でもさっき決めたんや。シルキーを止める為にシルキーを倒すんやなく、シルキーを止める為にヴァイツェンを倒すと」


「じゃあグレンはもうシルキーのこと……?」


「どうやろな? はっきりとは言うてなかったからわからへんけど、ただ少しは迷ってんのとちゃうかな」


「そうか……。まだ迷ってる……か」


 俺は俯きグレンの事を考えた。

 自分の家族を石にされ、自分の記憶すらも消されて、その仇が信頼していた家族同然の相手だったら?


 グレゴールと会った時や変わり果てたフィフシスを目の当たりにした時。

 そしてシェルミから全ての真相を聞いた時、俺は復讐心に取り込まれていた。

 

 もし俺がグレンの立場だったならシルキーを許せないかもしれない。

 さっきのグレンと同様に殺すと言い出していたかもしれない。

 そう思うと俺は無性にグレンと話をしたくなった。

 そして俺はハンスの元を離れ、瓦礫を放っているグレンの横に並び立った。



「グレン、さっきはごめん。俺はグレンの気持ちを考えずに……シルキーを助けたいって事ばかり考えてて――」


 俺はグレンに今までの事を謝った。

 自分がもしグレンの立場だったら同じ事をしていたかもしれないと思うと、俺が今のグレンに対して何かを言う事は少し違う気がしたからだ。

 するとグレンは瓦礫を放りながら目だけをこちらに向け口を開いた。


「俺もさっきはやり過ぎた。悪かった」


「いやグレンは……! ――うん、わかった。もういいよ。でも俺はやっぱりグレンがやろうとしてる事は認められない。俺でもそうしたかもしれないけど、それでも――」


「あぁ。わかってる。だが今はヴァイツェンを倒すっつー同じ目的を持った同士だ。まずはアイツを倒すぞ。話はそれからだ……!」


 俺の言葉に食い気味に反応したグレンは真剣な表情をしていた。

 今の言葉は正真正銘、グレンの本心なのだろう。

 だからこそ引っかかった。

 グレンが俺の事を『仲間』ではなく『同士』と言った事に。


「うん……そうだな。わかった……! 一緒にヴァイツェンを倒そう!」


「あぁ。頼んだぜ」


 俺達は和解した。少しのわだかまりを残して――

 その後ハンスが冷やかすようにヘラヘラしながら俺とグレンの間に入ってきたが、その時彼が何を言ったのかは耳に入らなかった。


 そしてハンスは表情を変え、声のトーンを落とし続けて口を開いた。


「――よっしゃ。ほんなら作戦会議といこか。グレンちゃんのは知ってるからえぇとして、リオンちゃんはどんなスキルなんや?」


「俺のスキルは【悪食】。能力は〈身体中に口を発現させ、それらで何でも捕食する事が出来る〉と〈捕食した物の属性を体内に溜め込み、放出する事が出来る〉の二つだ」


「ほぉー……。これは使えそうやなぁ」


 俺のスキルを聞き、ハンスは不敵な笑みを浮かべた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る