第74話 ヴァイツェンのスキル


 グレンがヴァイツェンの言葉に怒りを滲ませていると同時に、先まで口を閉ざしていたハンスが突然動き出した。



「やっぱりあかんわ! 聞いてられへん! おいそこの悪者さん、あんたは生きてたらあかん人や。『そこに足止めて凍っとき』」


 ハンスが吐き捨てるようにそう言うと、ヴァイツェンの足元に突然冷気が発現し、彼の両足を一瞬で凍らせた。


「ハンスお前一体……?」


 グレンは唖然としながらハンスをまじまじと見つめる。

 しかしヴァイツェンは全く動揺する事なく、ハンスを睨み付けた。


「貴様、ワタシを騙していたのか……?」


「せやで。本間はもうちょいえぇ子のフリしとこ思たんやけど、あんたのその汚い考え方にさすがにワイも我慢出来んようになってもうたわ。とりあえず、『頭燃えときや』な?」


「何……?」

 

 ハンスがそう言うと次はヴァイツェンの後頭部が突然燃え始めた。


「ハハハ! これで小太り、顎髭、後頭部ハゲのモテないスリーセットの完成や! …………ってそう上手くはいかんよなぁ」


 ハンスは声高らかにそう叫んだと思えば、途端に声色を変え落胆した様に呟いた。

 それもそのはず。後頭部が燃えていたのにも関わらず、ヴァイツェンは騒ぎ出すどころか平然とその場に立ち患部を手で押さえているだけだった。

 


「は……? 効いてねーのか?」


 グレンはその状況を理解出来ず、ただ呆然とヴァイツェンを見るしか出来なかった。

 その間にハンスはヴァイツェンの元からグレンの横へと戻った。


「効いてへんわけやない。実際後頭部は一回燃えとるからな。でもあのおっさんのスキルの前にはそんなもんは無かった事になるんや」


「どういう事だよ……?」


 疑問を投げ掛けるグレンに対し、ハンスは淡々と説明を始めた。


「おっさんのスキルは【リセット】。スキルレベルは2で、能力は〈触れた物を元の状態に戻す〉と〈触れた人を元の状態に戻す〉の二つや」


「訳分かんねーよ。もっとわかりやすく教えろよ!」


「ちょっとは落ち着きーや! どっちもそのまんまの意味で、簡単に言うたら何らかの事象が起こった物や人に触れる事でそれ以前の状態に戻す能力や。単純やけどこれが結構厄介でな。物や人に対して起こった事象やから傷を無かった事にするんは勿論、その存在自体が生まれる前とかに戻す事も理論上可能っちゅうことや」


「何だよそれ……? そんなもんどうやって……」


「せや。勝ち目は無い。ワイらがどんだけ頑張って攻撃しようが、おっさんはその傷を全て無かった事に出来るし、おっさんに触れられてワイらが産まれる前に戻されたらそれこそ終わりや。……ただ、こんな無敵のスキルにも一つだけ欠点がある」


 ハンスはそう言いながら自らの顔の前に人差し指を立てた。

 

「欠点……?」


「せや。それは時間が戻ったら、戻る前の記憶が消えるっちゅう事や。その証拠に見てみ? おっさん、足元凍らされたり頭燃やされた事完全に忘れて、ワイの事はまだ身の程を弁えとるえぇ子や思うとる」


 ハンスは説明を終えるとヴァイツェンの事を指さした。

 するとヴァイツェンは先程攻撃をしかけたハンスではなく、グレンのみを睨み付けていた。


「ふぉっふぉっ! どうした、グレン元王子? 衝撃の事実を知って怖気付いたか!?」


 そしてヴァイツェンは徐に口を開き、グレンを挑発した。

 しかし今度はグレンもその挑発には乗らず、ハンスとの会話をヴァイツェンには聞こえない程度の小声で続ける。


「確かに。今のもハンスが攻撃する前の会話の続きみたいな口ぶりだったな。――――なるほど、ハンスのお陰で大方、奴のスキルについてはわかった。だがよ、リセット前の記憶を失うって事がわかったところで俺達に勝ち目が無いことには変わりねぇんじゃねーか?」


「せやなぁ。さっきも言うた通りおっさんにいくら攻撃しても、傷を受ける前にリセットされたら無意味やからな。そうなってくるとおっさんを倒す方法はたった一つしかない。とまぁ、その前に――――おっさん、悪いねんけどもうちょい黙っといてくれるか? せやなぁ……『おっさんの上にだけ槍が降る』ってのはどうや?」


 ハンスがそう言うとまたしても突然、ヴァイツェンの頭上から彼の言葉通り次々と槍が降り始める。

 ヴァイツェンは槍が刺さるとすぐにリセットをかけるが、次第に永遠と降り続ける槍にその都度リセットをかけるという無限ループに陥っていった。


「何だありゃ……」


 グレンはその状況に唖然としていた。

 しかしハンスはそれに構わず、話を続ける。


「アレでおっさんの動きは止められたやろ。ただあれくらいでは死なんやろうけどな。そこでさっき言うたおっさんに勝つ為のたった一つの方法なんやけど、それは――『一撃且つ、一瞬で』おっさんを殺す事や」

 

 そう言うとハンスは親指を立て自らの首の前に持っていき、喉を切るような素振りを見せた。


「一撃且つ、一瞬? 何で普通にじゃ駄目なんだ?」


「前にも話したけど、基本的にスキルは使用者が死ねばその効果は無くなる。つまりおっさんは死んでしまえば、リセットを使えへんくなるっちゅう訳や。……ただ、おっさんは僅かな時間さえあれば即座にリセットを発動出来る。どんだけ致命傷やったとしてもや。……あんな風にな」


 そう言うとハンスは未だ槍が刺さり、リセットをするという無限ループに陥っているヴァイツェンを指さした。


「な、なるほどな……」


「せやから『一撃且つ、一瞬で――』、それがワイらがおっさんに勝つ絶対条件なんや。で……グレンちゃん。君におっさんを殺す覚悟はあるか?」

 

 ハンスが口にした言葉の重み、そして意味を理解したグレンはごくりと生唾を飲んだ。

 そして真剣な表情でハンスの目を見たグレンは覚悟を決め、口を開く。


「奴を殺す覚悟……? あるに決まってんだろ! 石化はシルキーのスキルかもしんねーけど、それを指示してんのはヴァイツェンだ。奴さえ倒せりゃあきっとシルキーも……」


「まぁおっさんが死ねばシルキーに指示を出す奴もおらんなってこれ以上の被害は出ーへんかもな。……ただまぁそう単純な話でもないんやけどな――――」


 覚悟を決めたグレンの言葉に嘘はなかった。

 だがそこには先程まであった『自分がシルキーを殺す』という決意の揺らぎがあった。

 

 ハンスは彼の表情や言葉からそれを察し、何かを知っている様な口振りでボソッと呟いた。


 

 そしてヴァイツェンの頭上に降る槍が止むと、これから両者の戦闘が激化していくと思われた。

 が、その時――――


 突如として部屋の壁が壊れ、隣の部屋からリオンとシルキーが揉み合いながら飛び込んで来た。


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