第73話 最後の王族


 暫く屋根の上に留まっていたグレン達だったが、リオンとサナエが周辺の捜索をそこそこに屋敷の中へ入って行くのを見てから何の音沙汰もない事に焦りを見せ始めていた。



「どうなってんだよ!? 今頃中ではドンパチやってんじゃねーのかよ!?」


「ほんまやなぁ。流石にこれはちょいと静か過ぎるかもなぁ」


 グレンが苛立っているのに対し、ハンスは屋根の上に座りながら後ろに手を付きボケーッと空を見上げていた。


「……テメェやる気あんのか?」


「やる気? あるよーそりゃあ。でもさー、こんなに空は綺麗のに何で人は争うんやろうねー?」


「知るかよ、ンなもん! てかテメェが見てるその空だって作りもんじゃねぇか。本物の空はきっともっとでけーんだよ」


「ほぉー? グレンちゃん、何でそんな事知ってんの? 自分、ヨスガから来たんとちゃうの?」


「そうだ。まぁ色々あったんだよ……」


「えー! 何やそれ、化学者の血が騒ぐなぁー! なぁなぁ何があったか教えてーな!」


 ハンスはそう言いながらグレンの腕を掴みブンブンと振り回した。

 しかしグレンはソレを容易く振り払った。


「うっせーな! わかったよ、今度話してやる」


「ほんま!? 約束な!」


「おう……。ンな事よりどうする。こんだけ何の音沙汰も無かったら流石に中の様子が気になって来るな」


 グレンは腕を組みながら首を傾げ、中の様子を気にし始めた。


「もしかしたら先に入った二人はもう……スンスン」


 ハンスはそう言うとわざとらしく泣き真似をしてみせた。


「馬鹿野郎っ!! ンな事あるわけねーだろ!!」


「何でわかるん? こんなけ静かなんやったら本間にそうかもしれへ――――」


「――ねーって言ってんだろ……!!! ……あっ!」


 ハンスが茶化し続けると、グレンは叫びながら力一杯に屋根を殴り付けた。

 すると屋根に大きな穴があき、中の部屋が丸見えになった。


「いやいや、グレンちゃん。これは流石に馬鹿力過ぎやって。それとも何や、ワイが茶化したからイラつき過ぎたんか?」


「いや、俺は別にそんな……あれ……?」


 ハンスはその穴を見て若干顔を引き攣らせていた。

 当のグレンもそこまでの力で殴ったつもりはなく、この状況に戸惑いを見せていた。


「何、もしかして今のスキル使ったとか?」


「いや、使ったつもりはねーよ……」


「でもこんな硬い屋根、ちょっと殴ったところで穴なんてあくわけないし、多分スキルの効果やろ」


「いや、でも俺……本当に……」


「……ふーん。そっか。そういう事ね」

 

 グレンは戸惑いながらも自らの手を見つめ何が起こったのかを理解しようとしていた。

 ハンスはそんな彼を見て何かを察した様に言葉を漏らした。


「何だよ?」


「いや、今はえぇわ。それよりも中が見えるようになったで! おー? どうやら誰かおるみたいやなー?」


 ハンスはグレンの問いをはぐらかすと、穴に顔を覗き込ませ中の様子を見た。


「誰がいる? シルキーか!?」


「ざんねーん、ハズレや。中におるのは小太りのヒゲのおっさんや。てか目合ってもうたし……」


「ヴァイツェンか!?」


「そゆことー。どうする? 中に入って――っておい!?」


 ハンスが全てを言い終わる前に、グレンはあいた穴を更に大きく壊し広げ中へと飛び込んだ。


「ほんっま、考え無しに行動するやっちゃなー。……しゃあない。ワイも行くか!」


 ハンスはそう独り言を呟くと、グレンに続いて部屋の中へと飛び込んだ。



 ◇



 ハンスが部屋の中へ入ると既にグレンとヴァイツェンは向き合っていた。

 ハンスはグレンの横に並び立ち声をかけた。


「ちょっとほんま、グレンちゃん? もし飛び込むんやったらそう言うて? いきなり行かれても困るわぁ」


「あぁ、わりぃ……」


 ハンスの声にグレンは耳を傾けるも、目線はヴァイツェンから外さなかった。


「ほんまに悪いと思てるー? ……まぁえぇわ。今はそれよりも……や」


「ん……? 何だ貴様は。見ない顔だな?」


 そしてハンスはグレンに少しの悪態をつき、一瞬だけ鋭い目付きへ変わるとヴァイツェンを睨み付けた。

 その後いつもの飄々とした様子に戻り、ヴァイツェンに話し掛け始めた。


「お初にお目にかかります。現国王陛下――わたくしハンスと申します。今日も凛々しいお姿で、溢れる王の風格にわたくし緊張してしまってご挨拶が遅れてしまいました」


 するとハンスはヴァイツェンに深く頭を下げ自己紹介を始めた。


「ふぉっふぉっふぉ。お主はよく自分の身を弁えておるようだな! 少々荒っぽい登場ではあったが、水に流してやろう。感謝しろ?」


「ありがとうございます――」


「何してんだ……てめぇ?」


 グレンは頭を下げ続けるハンスを軽蔑した目で見つめ、そう問い掛けた。


「ふぉっふぉっふぉ。無様よのう、元王子グレンよ。信じていた仲間にまた裏切られたのか?」


「うっせーよ馬鹿が……。テメェは黙ってろよカス……」


「ふぉ!? き、貴様……! いつまで王族のつもりでいる……!? 貴様の父親はもういないのだぞ!」


「あん? 俺に父親なんて元からいねーよ。母親の顔も覚えちゃいねー。だからよ……俺は自分の事、一回も王子だなんて思った事なんかねーんだよ!」


 激怒するヴァイツェンに対し、グレンは何の思惑も無く、本心のままに叫んだ。

 するとヴァイツェンは奥歯を噛みしめ、悔しげな表情を浮かべると俯きながらゆっくりと自らの心情を吐露し始める。

 

「キッ……! それでも貴様の顔は民達が覚えておるのだ……。貴様がこの国に戻ったと知れば馬鹿共がまた貴様を王にしようなどとほざき始めるやもしれん。そうなってはせっかくのワタシの計画が水の泡になってしまう」


「知るかよ、ンな事。俺は王になんてなるつもりもねーし、この国にだって用はねーよ」


「ふんっ。貴様の気持ちなど知ったことか。たとえ貴様にその気がなかったとしても、ワタシからすれば貴様の存在自体が邪魔なのだ。だから貴様も弟と同じ様に石にしてやる――いや、父親と母親も石にしたんだったか。ふぉっふぉっふぉっ」


「はぁ? 何言ってんだテメェ? 俺に家族はルドルフしかいねーって言ってんだろ!」


 そう言いつつもグレンの表情は少し歪んだものになっていた。

 家族や仲間を大切にするグレンにとって、たとえ覚えていなくとも自分の両親は家族であり大切にしたいと思う存在。

 そんな両親の末路を聞き、怒りが溢れ出して来ていしまっていた。


「忘れている様なら今ここで教えてやる。貴様の父親はワタシとシルキーで石に変えた。そして母親だがつい先程、シルキーが勝手に石に変えよったわ。残る王族は長男のグレン。貴様一人だ! ふぉっふぉっふぉっ」


「テメェはさっきから聞いてもいねー事をごちゃごちゃと。うっせぇんだよ……」


 グレンは怒りを滲ませながらそう呟く。

 それと同時に先まで口を閉ざしていたハンスが動き出した――――



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