第70話 やるべき事とやりたい事


「彼は……。ジルベスターは……。厄災を復活させようとしているのです……!」


「なん……だって……?」


 シェルミはジルベスターの企みを怒りを込めて吐露した。

 そしてそれは聞くだけでも恐ろしい内容だった。

 

 その時ふと俺は思い出した。

 シェルミが以前『世界が危機に瀕している』と言っていた事を――


 

「それが世界の危機という訳か……。でも本当にそんな事が可能なのか……?」


「可能です……。偶然か必然か、生まれてしまったのです。厄災の封印を解くことが出来るスキルを持った人間が……」


 シェルミは苦しそうに自らの……いや、世界の運命を呪うかのようにそう話した。


「そうか……。でもまだその人がジルベスターに従わないという可能性もあるだろ?」


「いいえ。有り得ません。何故ならそのスキルは既にジルベスターのものだからです」


 俺はシェルミのその言葉で全てを理解した。


 

「……はは。そういう事か……。つまりその封印を解くスキルを持った人間は今のジルベスターの息子で、そしてもう既に全ての共有が完了してしまってるって事だな……」


「はい。そういう事です」


 俺はあまりに次々と知らされていく信じ難い事実におかしくなってしまいそうだった。


「シェルミはその時、何をしていたんだ……?」


「手は尽くしました。思いつく限りの抵抗はしたつもりです。ですが私のスキルには戦闘に向いた能力はなく、為す術なく敗北しました」


 シェルミは俯きながら自らの敗北を語った。

 俺は少し意地悪な質問をしてしまったと、彼女の表情を見てそう思った。

 

「負けたのか……?」


「はい。一度ジルベスター本人に戦いを挑みましたが、一瞬で……」


「でも生きているよな……?」


 こんな事を本当は聞きたくなかった。

 でも俺の前にシェルミが実際に現れた事は一度もない。

 こうして夢の中で会えたのも二度目だ。

 だからどうしても聞かずにはいられなかった。


「はい、生きてますよ。ですがやはり正攻法では敵わないのでやり方を変えることにしたのです」


 するとシェルミは意外にもケロッとした顔でそう言った。


「やり方を変える?」


「はい。誰かの意識に飛んで共に戦ってくれる人を探す事にしました」


「なるほど。それがあの一回目ってことか」


 俺がそう聞くとシェルミはこくりと頷いた。

 


「リオンなら。【悪食】というスキルを授かったリオンなら彼を止められるかもしれません」


「…………何でそう思うんだ?」


 シェルミは真面目な顔でそう言った。

 俺は正直ジルベスターのスキルや人格を聞き、勝てないかもしれないとまで思った。

 だから彼女がそう思った理由がとても気になった。


「それはリオンのスキルに無限の可能性が秘められているからです」


「どういう事だ?」


「スキルとは様々な種類があります。戦闘向きのものから生活にすら役に立たないものまで。その中でも極めて特殊、そして初めて発現したスキルが【悪食】なのです」


「そうなのか。でも何が特殊なんだ? 俺のスキルは何でも捕食するだけだぞ?」


 シェルミは淡々と言葉を並べているが、俺には何が特殊なのか理解出来なかった。


「何でも捕食する――それは即ち、物でも人でも……厄災でも捕食する事が出来るという事です」


「俺が……厄災を……?」


 俺はシェルミが言った世界を救えとも取れるこの言葉に困惑していた。

 だがシェルミは構わず話を続けた。

 

 

「今はまだそこまで大きな物は捕食出来ないと思います。ですが三階層へ上がった事でスキルレベルが一つ上がりました。目が覚めたら脳内に刻まれているはずなので確認してみて下さい。なので、この調子で地上へと上がればきっと厄災をも捕食出来るスキルへと成長すると私は信じています」


「何だよそれ……。じゃあ俺がこのスキルを得たのも、シェルミと出会ったのも、俺の故郷が潰されたのも……偶然じゃなかったのか?」

 

 俺の故郷を潰し、そこへシェルミが現れ、村の人の中で俺だけが助かり、厄災を葬る事が出来るスキルを与えられ、復讐心に駆られ地上を目指す。

 それを全て仕組まれていたのではないか。

 俺はそんな最低で最悪なシナリオを想像した。


「世界にとって、リオンに起こった出来事は全て必然だったのかもしれません。ですが、リオンが【悪食】を授かった事、私と繋がれた事、そしてフィフシスが潰された事。これらは全て私が意図していなかった事です。なのでこれは偶然で運命なのです」


 シェルミの話を聞き完全に信じる事は出来なかったが、俺の周りで起きた出来事が仕組まれていたわけではなかった事に俺は少し安堵していた。

 

「そうか……。それならよかったよ。それで、昔話を聞いて階層の事はわかったけど、上の階層へ上がるとレベルが上がるというのがイマイチ理解出来ない。どういう事なんだ?」


「それは初代神の巫女のリファがスキルを地上の民に与える際、【降り注ぐ恵み】というスキルの雨を降らせたからです」


「それがどう関係しているんだ?」


「天から降り注いだスキル達はランダムに全ての地上の民へと与えられました。しかし降り注いだスキルは地上の民の数をゆうに超えていたのです。つまり余ったスキル達はそのまま地面を突き抜け、地下にあるヨスガまで届きました」


「そういう事だったのか。だから地下にある世界にもスキルがあったんだな。でもまだ上に上がるとレベルが上がる事とフィフシスにスキルがなかった事の説明が出来ていないぞ?」


「話は最後まで聞いて下さい。【降り注ぐ恵み】とは神の巫女の力です。そしてその力は神の巫女を起点にして、そこから遠くなる程に弱まります。逆にその起点に近付く程に力の恩恵を受けられる為、レベルが上がります。一度目にリオンと出会った時に私の姿がボヤけていて、今ははっきり見えるのと同じ理屈です」


 

 ――階層が上に上がるにつれてレベルが上がる事。

 フィフシスにスキル持ちがいなかった事。

 俺のスキルは恵みによるものではないが、他のスキルと同様に、現在の神の巫女であるシェルミに近付く事でレベルが上がる事。

 そして元々三階層の人間だったグレン、ルドルフ、シルキーだけが四階層のヨスガの里でレベル2だった事。

 

 今の話で、今まで不思議に思っていた事全てに合点がいった。



「大体の事は理解したよ。じゃあ俺のやるべき事は決まったな」


「やるべき事? 厄災を葬る事ですか?」


「んーまぁそれもそうかもしれないけど……」


 俺は今回シェルミと話したことでこの世界の事、そして地上で起きている事をある程度理解する事が出来た。

 そしてそれは俺がやりたい事、やるべき事が明確になるのと同義だった。


「シェルミには悪いけど、厄災をどうこう言われても今の段階では正直俺がどうしたいのかはわからない。そもそも厄災を見た事もないしな」


「それも……そうですね」

 

「それよりも……俺はジルベスターを許せないんだ。奴に必ず復讐してやるって気持ちの方が今は大きい。だから厄災について考えるのはそれからでもいいか?」


「それは……ジルベスターを止める事を優先するという事ですか?」


 シェルミは不安そうに俺を見つめていた。

 しかし俺の気持ちは揺るがなかった。

 

「言い方を変えればそうなるかもな。それに地上へ向かう途中に色々と問題が起こるかもしれない。今みたいにな。そんな時、俺は迷わず目の前にいる人を助けると思う。俺は英雄になりたいわけじゃない。俺にとって大切な人を守れて、その人達から守ってもらえる仲間になりたい」


「…………。」


「だから地上へ到着するのが遅くなるかもしれない。でも必ず俺は地上へ辿り着いてみせるから、それまで待っててくれないか?」


「……わかりました。でも本当に時間が無いのも事実なので。そこだけはわかっていてください」


 シェルミは消え入りそうな声でそう言った。


「勿論だ。…………じゃあ俺はそろそろ戻るよ。現実でも問題は山積みなんだ」


「そうでしたね。では、地上でお待ちしてます」


「あぁ。またな、シェルミ」


「はい、また。リオン……」

 


 俺はシェルミにそう言い残し、現実の世界で目を覚ました。


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