第62話 オリビアの優しさ
俺とサナエはオリビアの話を聞き、ヴァイツェンの屋敷から抜け出そうと考え、一先ずその物置小屋から外へ出た。
するとそこにはシルキーが一人、俺達を待ち構えていた。
「遅かったね。何を話していたの?」
「シルキー……」
シルキーはルドルフを石化させたさっきと同じ様に、冷たい目付きで俺達を睨んで来た。
俺はオリビアから聞いた彼女の事情を思い返し、そんな彼女の目を直視する事が出来ず、名前を呼んで俯く事しか出来なかった。
しかしこんな時、男の俺よりもサナエの方が肝が座っていた。
「シルキー、聞いたぞ、過去の話。シルキーが逃がしたんだってなあの二人を」
するとシルキーは少し表情を変え、驚いた様子を見せた。
「……オリビアさんに聞いたの?」
「あぁそうだ。そこまでして二人を守ろうとしていたのに、何故ルドルフをあんな目に――」
サナエがそう言いかけると、それを掻き消すかのようにシルキーは食い気味に反応した。
また冷たい目付きに戻って。
「だからそれはさっきも言ったでしょ。あなた達がここへ来てしまったからよ」
「それはわかってる! でも泣く程辛いなら……」
「やっぱり見てたんだね。……それは忘れて。あなた達には関係の無い事だから」
「関係ないって……。それはないんじゃないか……!? 拙者達はシルキーの事をどれ程心配して……。グレンとルドルフだってそうだ……! あの二人だって物凄く――――」
「あぁもう、うるさい!! 私の邪魔をするならあなた達も石にするわよ!?」
「シルキー、お前また……」
サナエは少し感情的になりシルキーに詰め寄った。
しかしシルキーはそんな彼女の話を大声で遮った。
「何? 私は何度も忠告したはずよね? 帰ってって。でもあなた達は聞かなかったでしょ? なら石化されても文句言えないよね?」
「シルキーちゃん……。もう頑張らなくていいのよ? シルキーちゃんが本当はいい子だってみんな知ってるから。だから――」
すると暫く沈黙を守っていたオリビアがおもむろに口を開いた。
そして彼女の言葉はシルキーを諭す様な内容だった。
「うるさいよオリビアさん。せっかく物置に閉じ込めてお父さんから守ってあげてたのに。わざわざ自分から出て来ちゃってさ。馬鹿なの?」
しかしシルキーはそんなオリビアの優しさを仇で返した。
そんなシルキーの態度にサナエは怒りを露にした。
「口が過ぎるぞシルキー……!! 何故君はそこまでして悪役を演じるんだ!? さっき一人で泣いていたじゃないか? あれは何だったのだ? 拙者達への罪の重さを感じていたからではないのか……?」
「そうだよシルキー。もう一人で抱え込むのはやめてさ。一緒にヴァイツェンに立ち向かおうよ。な? 将軍一族を倒した時みたいにさ、またみんなで――」
「はは……。ははははっ! みんなで? 一緒に……? ははははっ! リオン、あなた本当に馬鹿だね……。サナエも、私が罪の重さを感じているって? ははは……そんな訳ないでしょ。あなた達、私をなんだと思ってるの? 馬鹿で陽気でドジなシルキーだって、まだ思ってるわけ? だったらこれを機に教えてあげる。私はルドルフを……国の人達を石に変えた張本人で極悪人なの。わかる?」
俺とサナエの必死の説得も虚しく、シルキーには何も響いていない様子だった。
そして彼女は自分の悪逆性を再度俺達に伝えた。
「それでも俺は……シルキーを見捨てられない……。どうしてもシルキーが悪人だなんて信じられないんだ」
俺はシルキーの目を真っ直ぐに見つめ、自分の本心を伝えた。
すると彼女は無表情に口を開いた。
「そう……。わかった。ここまで言葉で説明しても理解できないんじゃ仕方ないよね」
そう言いシルキーは胸元から針を一本抜き出した。
「お、おいシルキー。その針で何をするつもりだ……?」
「サナエ。本当はわかってるんでしょ? 私がこの針にどんな毒を付与するか。そして私が何をするのか」
「シルキー、お前まさか……!」
シルキーはサナエの問いに冷たい視線を向けそう答えると、俺がそれに反応している間に彼女は俺の目の前まで一瞬で間合いを詰めて来た。
「リオン……さようなら。私の忠告通り、すぐに帰ってればこんな事にはならなかったのにね」
そう言いシルキーは俺の首筋に目掛けて針を突き刺そうと腕を振り下ろした。
するとその時。
俺の後ろにいたオリビアが俺と彼女の間に入った。
「な……!? オリビアさん……!?」
「シルキーちゃん。私、信じてるから……」
シルキーは突然のオリビアの乱入に驚いた様子を見せたが、彼女の腕の勢いは止まる事なく、オリビアの首筋に針が刺さった。
「オリビアさん、何で……!」
「シルキーちゃんにこれ以上、お友達を傷付けて欲しくなかったの……。ごめんね……」
シルキーはオリビアに針を刺してすぐ、その状況を予期していなかったのか首を横に振りながら後ずさりして行った。
そしてオリビアはそこまでされても尚、彼女に優しい言葉をかけた。
「オリビア、首が……!」
「どんどん石化が進んでいるぞ! リオン、どうにか出来ないのか……!?」
「いや、今の俺達にはどうする事も出来ない……。くそっ……!」
「くっ……拙者はまた目の前で人を救えないのか……!」
俺達は勢いを増していくオリビアの石化に自分達の無力さを改めて痛感させられていた。
するとオリビアはそんな俺達にも優しく言葉を掛けた。
「リオンさん……サナエさん……。どうかシルキーちゃんを助けてあげて……。そして私の息子達とこれからも仲良くしてあげてくださいね……」
「勿論だ! 俺達は絶対シルキーを助け出す! グレンとルドルフも笑顔にしてみせる! それから全ての悪の根源……ヴァイツェンを必ずぶっ倒す!」
「拙者も主と同じだ……!」
「そうですか……! ありがとう……。さぁ私の手を掴んで……石化する前に……」
俺とサナエの言葉にオリビアは安堵の表情を浮かべた。
そして彼女はそのまま俺達に自らの手を掴ませた。
「オリビア? これには一体何の意味が……?」
「ヴァイツェンのスキルは強力です……。彼と戦うには準備が必要でしょう……。なので今から私のスキルであなた達を屋敷の外へ逃がします。そして準備が整ったらその時は必ずヴァイツェンを――――」
しかしその時、オリビアの口は話の途中で石に変わってしまいそれ以上の言葉を発する事はなかった。
すると未だ石化に至っていなかった彼女の両手が突然光り出し、その光は俺とサナエを包み込んだ。
「これが、オリビアのスキル……か」
「屋敷から出てひとまずグレンのところに戻ろう。そしてシルキーの事情を話して一緒にヴァイツェンを倒す様説得しよう」
光に包まれながら俺はサナエに今後の行動を示した。
するとサナエは黙って頷き俺の顔をじっと見つめた。
そして俺はシルキーの方へ向き直り、思いの丈を叫んだ。
「シルキー! 俺は必ずお前を救い出してやるからな! だから待ってろ!!――――」
俺はそう言い残し、サナエと共にシルキーとオリビアの前から姿を消した。
残されたシルキーは一人、ボソッとこう呟いた。
「出来るものならやって欲しいよ……」
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