第59話 シルキー①
時は少し戻り、シルキーはヴァイツェンに罵声を浴びせられながら殴られ、部屋で一人泣いていた。
そこへ窓の外にいた二つの人影を見付ける。
「リオっち……。サナエっち……」
しかしシルキーが二人に気付くと、その影は窓の外から消えてしまった。
「帰ってって言ったのに……。でもグレンはいなかった。やっぱり私の事、怒ってるのかな……?」
そう呟いたシルキーは部屋の外へと出る。
そして彼女は屋敷内の廊下をとぼとぼと歩きながら昔の事を思い出し始めた。
◇◇◇◇◇◇
十年前――――
シルキーは活発で無邪気な子供だった。
女の子でありながら男の子であるグレンやルドルフとばかり遊び、他の貴族の女の子の様に上品にお茶を飲んだりする事はなかった。
このまま元気にすくすくと育っていくのだろう。
誰もがそう思っていた。
しかし、そんな彼女の前にある男が現れた。
それはグレゴール。
彼は地上から来た悪魔の様な男だった。
◇
大臣の屋敷の応接室――
そこではグレゴールとヴァイツェンの怪しい会話が繰り広げられていた。
「ふっふっふっ。ヴァイツェン君。あなたはかなりの野望を持っていると伺いましたよ?」
「い、いえ、そのような事は……」
「何、隠さなくても良いのですよ。……私がその野望を叶えて差し上げましょう」
「え……?」
そしてグレゴールはヴァイツェンに野望を叶える為の策を授けた。
その内容は非道で非情。
人の心を捨てなければ出来ない様なものだった。
するとそこへシルキーが扉を開けて入ってきてしまった。
「お父さん! 今日もグレンとルド君の所へ遊びに行ってくる!!」
「シルキー! 今は大切な話をしておるのだ! 入って来てはならぬ!!」
「はぁい。ごめんなさい、お父さん……」
父であるヴァイツェンに叱られ、しょんぼりとした顔で部屋を出ようとするシルキーにグレゴールは不敵な笑みを浮かべて声を掛けた。
「ふっふっふっ。君がシルキーですか? 可愛らしい子ですねぇ……」
「……? そうだよ? お兄さんはだあれ?」
「私はただの通りすがりの商人ですよ。少しお父さんとお話していましてね。それはそうと、ヴァイツェン君。娘さんのスキルは何でしょう?」
「む、娘もこの計画に取り入れるおつもりですか……!?」
「ふっふっふっ。野望を叶える為ならば使える物は全て使わなければなりません。こんなの常識ですよ……?」
そう言うとグレゴールはまたしても不敵な笑みを浮かべヴァイツェンへ圧を放つ。
すると気圧されたヴァイツェンはグレゴールにシルキーのスキルを教えた。
「そうですか。【ポイズン】ですか。いいですねぇ……。早速この策に取り入れましょう」
「で、ですが娘はまだ十二歳です……! いくらなんでもそれは……」
「先程の私の話を聞いていなかったのですか……? 使える物は全て使わなければなりませんよ?」
「わ、わかりました……」
そしてグレゴールはヴァイツェンに授けた非情な策の中にシルキーのスキルを使う事を組み込んだ。
まだ十二歳の子供を――――
◇
そしてグレゴールが去った後ヴァイツェンは授かった策を実行に移す為、準備を始めた。
中でも最も重要だったのが、シルキーのスキルを使う事であった。
その為ヴァイツェンはシルキーに厳しいスキルの特訓を強いていた。
加えて、この策を実行する為早々に人間の心を捨て去ったヴァイツェンは人が変わってしまったかのように怒りやすく、暴力的になっていた。
「シルキー!! 何度言えばわかる!? 今すぐスキルを使ってメイドを石に変えろ!!」
「で、出来ないよぅ。メイドさんの事、私好きだもんー」
「そんな甘えた感情は今すぐ捨てろ!! さぁ早く石に変えるんだ!!」
「うぅっ……! うぇーーーん……」
「泣くな!! 泣いている暇などない!! お前はワタシの言う事だけ聞いていれば良いのだ!!!」
そして泣き喚くシルキーをヴァイツェンは何度も怒鳴りつけ、殴った。
そんな特訓は数ヶ月続いた。
◇
こんな特訓を数ヶ月も続ければ当然、十二歳のシルキーの心は簡単に壊れてしまった。
シルキーは特訓の成果もあり、感情を殺し誰でも容易く石化させる事が出来るようになっていた。
「よくやったぞシルキー。よくぞここまで育ってくれた。後は策を実行するのみだ。お前は国王を石化させるのだ。わかっているな?」
「はい……お父さん。私は国王を石化させます」
「ふぉっふぉっふぉっ。よろしい。では――――」
二人が策を実行する直前。
二人がいる部屋に一人の女性が入って来る。
「旦那様。馬鹿な考えはおやめ下さい。それにシルキーはまだ子供です。こんな非情な事をさせないで下さい」
「チッ……。アイリーン、貴様、ワタシの妻だからと今まで見逃してきたが、今日も止めに来おったか」
そこへ現れたのはヴァイツェンの妻であり、シルキーの母親アイリーンだった。
「お母さん、大丈夫だよ。私ちゃんと国王を石に変えられるよ」
「ダメよ、シルキー。あなたはそんなことしなくていいの。……自分の娘をこんなにしてしまって、あなたは恥ずかしくないのですか……!!」
アイリーンがヴァイツェンに怒りを露わにしたその時――――
「きゃあっ……!!」
――――ヴァイツェンはアイリーンの心臓をナイフで突き刺した。
「……貴様が悪いのだぞ。ワタシに楯突くからだ……。だから貴様は殺されたのだアイリーンよ。ワタシの野望のために邪魔な者は全て殺す……!!」
ヴァイツェンは狂っていた。
自分の野望を遂げる為、彼は妻をも手にかけた。
目の前で母親を殺されたシルキーは怒りも泣きもせず、ただ呆然とその光景を眺めていた。
「さぁ、行くぞシルキーよ。国王を石に変え、この国をワタシの物にする」
「はい……お父さん……」
そして二人は国王が待つ王城へと向かった――――
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