第58話 悪政の真相


 オリビアの口からグレゴールの名が出た時は少し取り乱してしまったが、その後落ち着いた俺は彼女に話の続きをお願いした。

 すると彼女は俺に気を遣いつつも、こくりと頷きゆっくりと話を再開した。



「ここサンドレアはかつて、国民達の活気で溢れ、争いも無く毎日が平和な国でした。そして国王はそんな民達に慕われるいい王だったと思います」


「そんな国王が何故、石に……?」


「そうですね。ここからは順を追って説明しますね。グレゴールは初めに国王の前に現れこう言ったのです。『献上品の量を増やせ』と」


「献上品……?」


 俺はその聞き慣れない言葉に思わずオリビアに聞き返してしまった。


「献上品とは地上へ送る食べ物やお金、装飾品の事です。これはサンドレアでも王族の我々しか知らない事です。恐らくヨスガの里にもあったはずですよ?」


「ヨスガの里でもそんな話は聞いた事がないな。恐らく将軍家は知っていたのだろうな……」


 オリビアの話に相槌を打ちながらサナエはヨスガの里を思い出しているようだった。

 

「そうなのか。でもどうしてそれは王族しか知らないんだ? 国民に伝えるべき事じゃないのか?」


 俺がそう問いかけるとオリビアは首を横に振った。


「献上品の事を口外してはならない。これは古くから階層主の一族だけが伝え聞いていた決して破ってはならない掟なのです」


「なるほど。だから拙者もヨスガの里でそのような話を聞いた事がなかったのか」


 サナエはオリビアの話に納得している様子だった。

 だが俺はオリビアの話に気になる点がいくつかあった。

 

 献上品? 地上へ送る? 何の為に……?

 そして階層主……。

 この世界にはまだまだ俺の知らない事が沢山ありそうだ。

 そしてどれも俺の故郷を潰した奴と繋がりがありそうな気がしてならなかった。



「それで、グレゴールの話を聞いて国王は何て答えたんだ?」


「それは勿論お断りしました。国王は民を想い、これ以上苦しめたくはないと」


「そうなのか。流石はグレンとルドルフの父さんだな。国の人達を想う優しくていい人なんだな。……それからグレゴールはどうしたんだ?」


 俺がそう言うとオリビアは少し嬉しそうな表情を浮かべた後、また真剣な表情で俺の問いに答え始めた。


「えぇ。その後グレゴールは不敵な笑みを浮かべて我々の元から姿を消しました。それからグレゴールは元々野心家であったヴァイツェンに目をつけ、彼を唆し国王を石化させ、遂には国を乗っ取ってしまったのです」


「そういう事だったのか。なら今もヴァイツェンはグレゴールに裏で操られているのか?」


「いえ。そんなことはありません。それ以来グレゴールの姿を見た者はいません」


「そうか。ヴァイツェンがグレゴールになんと言って唆されて今に至るのかは気になるところだな……」


「主、拙者はそれよりもシルキーの事が気になる。何故シルキーは被害者なのか。一見すると国の人々を石化して周り、国王やルドルフにも手をかけた悪人の様だが」


 サナエがそう言うとオリビアはシルキーを想ってか、悲しそうな表情を浮かべた。


「具体的には私もよくわかりませんが、シルキーちゃんは何かに怯えているようでした。様子がおかしくなった時期から口癖の様に『私がグレンとルドくんを守るんだ』って言っていましたから……」


「グレンとルドルフを守る……。シルキーは一体何から二人を守ろうとしていたんだ……?」


「わかりません。ですがそんなある日、シルキーちゃんが私の元へ二人を連れて来たのです。どうしたの? と聞くと『二人を逃がして欲しい』と言ったのです。最初は戸惑いましたが、シルキーちゃんの鬼気迫る表情と二人の様子がおかしかった事に、これはただ事ではないのだろうと私はスキルを使って二人をヨスガの里へ送りました」


「え!? グレンとルドルフをヨスガの里へ送ったのはオリビアだったのか!?」


「…………っ!?」

 

 突然のオリビアの言葉に俺は耳を疑った。

 サナエも口を開けてかなり驚いている様子だった。


「えぇ。サンドレアでなければどこでもいいとシルキーちゃんが言うので、私のスキルで飛ばせる最大距離まで送りました」


「そう……だったのか。シルキーは二人を何かから守る為に行動してたのか……」


「やはりシルキーは悪い子ではなかったというわけだな」


 俺とサナエはそう言うと、互いの顔を見合わせて安堵の表情を浮かべた。


「その後の事は何もわかりません。シルキーちゃんは今もヴァイツェンの言いなりになっているのですか?」


「恐らくは……そうだな。さっき会った時もシルキーがしっかりグレンとルドルフを監視していなかったせいで二人がここへ来てしまったのだとか言って叱られていたからな」


「そう……ですか。可哀想に……。ヴァイツェンは酷い男です。シルキーちゃんを無理矢理従わせてスキルを使わせているのですから」


「拙者も同感だ。今の話を聞いて俄然ヴァイツェンに怒りが湧いた。主、早くシルキーを助けに行こう!」


「そうだな。とりあえずここから出よう。オリビアも一緒に外へ行こう。鎖は切れたんだし、動けるだろ?」


「えぇ。ありがとうございます」

 

 そう言い立ち上がったオリビアは地獄から開放された喜びよりも、ヴァイツェンを酷く恨む気持ちの方が大きいように感じた。

 それもそのはず、夫である国王モルトを石化させ、グレンとルドルフをあそこまで追いつめ、奴の娘であるシルキーをも無理矢理従わせているのだから。


 そしてサナエも同様にグレン、ルドルフ、シルキーの三人をここまで苦しめるヴァイツェンに怒りが限界まで込み上げているようだった。


 それは俺も同じだった。

 加えてヴァイツェンは集落の人々をも苦しめ、従わない者は石化させている。

 俺はそんな奴の全てが許せなかった。


 ◇

 


 そして俺とサナエはオリビアを連れ物置小屋を出た。


 するとそこにはシルキーが一人、俺達を待ち構えていた。


「遅かったね。何を話していたの?」


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