第55話 怪しげな男


 グレンと別れ、俺とサナエは集落を後にして砂漠の中を宛もなく進んでいた。

 そしてサンドレアに来てから色々あり過ぎたせいか、俺達はお互いに何も話そうとはしなかった。



 暫く歩き続けると、もう少し行った所に家が何軒か建ち並ぶ集落を発見した。

 そこでようやく俺達は口を開いた。


「あそこなら誰かいるかもな」


「そうだな。シルキーの居場所がわかれば良いのだが……」


 

 そして俺達は少しの期待を胸に、いよいよその集落へと辿り着いた――――がしかし、そこに広がる景色は俺達の期待を裏切るものだった。



「これは……石化した人……!?」


「あぁ。そのようだな。もしかしてこれも……シルキーが?」


 集落の中に幾つも置いてあったそれは人の形をした石。

 所謂シルキーに石化させられた人達だった。

 その人達は数日程、砂漠の中に放置されていたかのように砂にまみれていた。



「こんなにも沢山の人を……シルキーが……? でもいつだ?」


「拙者達と別れた時はワープゲートを通じて帰って行ったはずだろう?」


「そうだな。なら、その前か……。でもそれにしてはこの人達、砂にまみれすぎている気がするんだよな」


「主! こっちの人は膝下くらいまで砂に埋まっているぞ?」


「本当だな。いくら砂漠の中にあるとはいっても、さすがに数時間ではここまでにはならないだろ。て事は昨日、もしくはもっと前から……」


「だ、だがそんなに前ならシルキーは私達と行動を共にしていたはずだろう!? 流石にそれは無理なのでは――」


 俺達が互いに考えを巡らせていると、そこへ一人の男が家の陰から現れた。



「――――ちゃうちゃう。ここの人らが石化されたんは一ヶ月以上前やでー。ワイがこの集落に来た時にはもう既にこの有様やったわ」


「誰だ!?」


「貴様ここで何をしている……!?」


 突然話し掛けて来た怪しげな男に俺とサナエは警戒心を高め睨み付けた。

 その男は長めの茶髪で切れ長の目をしており、丈が長い白の服を着ていた。


「ちょい待って、そんな恐い顔せんとってーなぁ。ワイはハンス。化学者や」


「カガクシャ? 聞いた事ないぞ! 何だそれは!?」


「あれー、化学者言うてもわからへんのー? んーまぁせやなぁ。簡単に言うたら色んな事を調べる人や」


「へぇ、そうか。で? その化学者がここで何をしている?」


 俺が問いを投げかけると、ハンスはこちらへ近付いて来て石化した人の前に立ちそれを眺めた。


「ワイはこの石化について調べとるんや」


「調べる? 何故だ?」


「そんなん決まってるやん、可愛い姉ちゃん。ワイが化学者やからや。気になるやんこういうの。何でこんなんなんねやろー? って!」


 ハンスはそう言いつつ俺達に手招きをし、その石化した人の前に呼び寄せた。


「ここ見てみ。ちっさいけど針を刺した穴みたいなんあるやろ? つまりこの石化は体外から入れられた毒物によるもんやとワイは思うとる」


「あんた、この人達が石化される所見てたのか?」


「見てるわけないやん! 見てたら流石に止めるし、どうやって石化させたんか考えたりせーへんやろ?」


「確かにそうか。でもハンスが言っている事は正しいぞ」


「お、おいサナエ!?」


 俺はこのハンスという男をまだ信用していなかった為に、シルキーがやった事は伏せておいた方がいいと考えていた。

 しかしサナエがそれを仄めかす事を言った事に驚き声を掛けた。

 

「別に大丈夫だろう。この男、胡散臭いが悪い奴ではない気がする」


「何を根拠に……?」


「侍の勘だ!」


「あ、そう……」


 サナエはまたしても侍という言葉で片付けた。

 俺はサナエが侍や刀を理由にすれば何でもいいと思っている馬鹿な子なのだと再認識した。

 

「アハハハー! ええやん自分ー! サナエちゃんって言うのん? 可愛いし、人を見る目もあるし最高やんー!」


 ハンスはヘラヘラと笑い調子よくサナエを持ち上げた。


「そうか? まぁ拙者は侍だからな……!」


 そしてサナエはまんまと乗せられた。


「へぇー! かっこえぇなぁ! 侍が何か知らんけど」


「知らないのかよ! ……ていうか話を戻すけど、体外から毒物を入れられたって所までわかってて、後は何を調べるんだ?」


 俺がそう聞くとハンスは再度真面目な顔付きになり話を始めた。


「それはな、この石化の治し方や」


「治す……!? そんな事が可能なのか!?」


「んー無理かもしれへんなぁ」


「何だよ……期待しちゃったじゃん」


 俺が少し肩を落とすと、ハンスは顎に手を置いて思案し始めた。

 

「うんー。石化してもうてるからなぁ。体内から血を抜いて毒物を出す方法は使えんへんしなぁ。もしかしたらもっと簡単な方法があるかもしれへんし、無いかもしれへんなぁ」


「何だ、ハッキリしない奴だな」


「サナエちゃーん、そんなん言わんといてーなぁ。……でも、ワイもこのやり方は気に入らんて思ってんねん。せやからせめてこの石化くらい何とかしたろう思ってんねんけどなぁ」


 ハンスはそう言いながら石化してしまった人を優しい目で見つめた。

 そんな姿を見て、俺はこの男の事を今すぐ信用する事は出来ないが、少しは信じてみようかと思えた。


 

「そういや君名前なんて言うのん? サナエちゃんはサナエちゃんやろ? 君は?」


「俺はリオンだ」


「リオンか。えぇ名前やね。リオンとサナエちゃんは何処から来たん? サナエちゃんの服装を見るに、ここの人とちゃうやろ?」


 俺はハンスについてヘラヘラとしていて軽い印象を受けていたが、意外としっかり俺達を観察し鋭い指摘をして来た。


「鋭いな……。そうだ。俺はフィフシス村、サナエはヨスガの里から上がって来たんだ」


「へぇーそうなんか。ほんで? サンドレアには何しに来たんや?」


 そしてハンスのこの言葉で俺とサナエは本来の目的を思い出したのだった。

 

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