第46話 サナエの想いとワープゲート


 グレンは城で見つけた怪しい石版の小さな穴に、髪で作った針を刺した。



「がぁっ!? 何だァ!?」


「これは……! 私、見た事があるぞ!?」


「はい……! これはさっきの……!」


「――――グレゴールのワープゲートだ……」


 針が刺さった石版は、途端に黒いモヤを発生させると、グレゴールのワープゲートと同じモノが出現した。


「何故……? 何故グレゴールのワープゲートがこんな所に……?」


「それに何処へ繋がっているのかもわからない……」


「シルキーはこれを使ったのでしょうか……?」


「チッ。………………あん?」


 俺達が突然のワープゲートの出現に戸惑いを見せる中、ルドルフの言葉を聞きグレンは舌打ちをすると上を見上げた。

 そしてポッカリと空いた天井を睨み、何かに気付いた様子でスキルを発動させ浮き上がった。


「……? どこに行くんだ? グレン?」


「兄さん……?」


「上で何か見つけたのか?」


  するとグレンは何も言わず、天井の穴から城の屋根へと登って行った。


「………………っ!」


 そしてそこで何かを見つけたグレンは、奥歯を食いしばり言葉にならない声を上げた。


 

 そして暫くするとグレンは再び城の中へと戻り、何やら深刻な表情で口を開いた。


「――――あった……」


「え……? 何だって? よく聞こえないぞ?」


 俺はいつも大きな声で喋るグレンが、珍しく小さな声で喋った事に驚きつつも、もう一度聞き返した。


「城の屋根に上がった。そしたらあったんだよ……。使い古された太い紐がよ……」


「……っ!? 兄さん。それってまさか……?」


「紐……? 紐なんて何に使うんだ? 私にもわかるように説明してくれないか?」


 グレンの言葉だけでルドルフは何かを察した。対しサナエは未だ理解出来ていない様子でグレンに説明を求める。


「よく考えてみろ……。何で城のてっぺんに紐なんかがあると思う? 急にいなくなったシルキーとグレゴールの言葉。それに針しか入んねぇ程のちっせぇ穴があいたワープゲートと、シルキーの得意武器。それら全部ひっくるめて考えりゃあ……シルキーがここへ来てワープゲートを使ったとしか考えられねぇだろ。しかも紐は使い古されてやがる。何回もここに来てたんだよ……アイツはよぉ……!」


「そんな……まさか……!?」


 グレンの説明にサナエは驚き言葉を失い、呆然と立ち尽くしていた。


「確かにシルキーは武器として針を使ったりもするから今の説明には合点がいく……。でも兄さん! 何故シルキーがこのワープゲートに?」


「知るかよ! 直接会って確かめりゃあいいんじゃねぇのか?」


 ルドルフの言葉に強く言葉を返すグレンは、少し苛立っているように見えた。


「それしかないな。とりあえずこのワープゲートの先にシルキーがいる事は確かだ。それと、グレゴールが関係している事も……」


「俺は先に行くぜ。――――ルドルフ、テメェも来い」


「う、うん。わかったよ兄さん……」


 そして二人はワープゲートの中へと入って行った。

 すると二人がその場から消えるとワープゲートと石版に刺した髪の針も消えた。



「……っ!? ワープゲートが消えてしまったぞ!?」


「おいおい。また髪で針を作らないといけないのかよ……」


 そして俺は渋々自分の髪に手を掛けた。

 するとサナエが刀を抜き俺の髪を少し切った。


「これなら痛みも少しはマシだろう?」


「ありがとう。助かるよ。ていうかグレンもこうしてくれたらよかったのに……」


 俺はグレンへの少しの苛立ちと、サナエへの感謝の気持ちを抱いた。そして俺が先と同様に、針を作り石版の穴に刺すと再度ワープゲートが出現した。


 

「よし。じゃあ俺達も行くか」


 俺がそう言うとサナエは少し浮かない表情を見せた。


「ん? どうした、サナエ……?」


「いや……私は……」


 そう言うとサナエは俯き、口ごもった。


「どうした? 何かあるなら聞くぞ?」


 俺がそう言うとサナエは重い口を開いた。


「――――私には皆と違ってこの里に家族がいる。それに私には侍になるという夢もある。シルキーの事は勿論心配だが……私にはこの二つをおいてこの里を離れるなんて事は……出来ない……」

 

「そういう事か……。まぁ家族は大事だよな。俺もフィフシスがあんな事になってなかったら、地上へ行こうなんて思いもしなかったと思う。サナエが家族の為に、夢の為にここに残るって言うのならそれはそれでいいと俺は思うよ」

 

「リオン……」


 俺がそう言うとサナエは少し目を潤ませながら顔を上げた。


「まぁ本音を言えば……サナエには俺の侍として一緒に上に来て欲しかったけどな」

 

「…………っ!」


 俺はそう言うとサナエに少し笑って見せた。

 サナエはそんな俺を見て、顔を赤くしてまた下を向いてしまった。


「どうした……!? 簡単に侍にとか言って気を悪くさせちゃったか!?」


「い、いや、大丈夫だ……。というよりその逆……だ」


「……逆?」


「あぁ……。幼い頃からずっと持ち続けて来た夢……。それは侍になる事。それは叶うはずの無い大それた夢だった。心の奥底ではわかっていたんだ……。誰も私を侍になんてしないと……」


「サナエ……?」


 俯きながら話をするサナエに少し心配になり俺は声を掛けると、サナエは顔を上げ大粒の涙をポロポロと零しながら微笑み、続きを話し始めた。


「でも……! リオンが……私を侍にしてくれると……。そう言ってくれた……! こんなに嬉しい事はない……! それはそうだろう? 諦めかけていた、細い一本の糸のようなものでギリギリ繋いでいた夢が……。やっと……やっと叶ったんだ……!」


 そう言うとサナエは大粒の涙を袖で拭い、俺の顔をじっと見つめ、俺の手を両手で握った。


「ありがとうリオン! 私は、リオンのお陰で侍になるという夢を叶えることが出来た……!」


「そう……か。よかったな! じゃあサナエはこれからもヨスガの里で――――」


「――――だから私も……! リオンと共に……上へ連れて行ってくれ!」


 俺が別れの言葉を口にしようとすると、サナエはそれを遮り、先とは真逆の事を口にした。


「え……!? 何で!? 家族が心配なんじゃなかったのか!?」


「それは勿論心配だ。だがリオンは私を侍にしてくれた……。ならば私は主君であるリオンと共に行くのが当然だろう?」


「そういうものなのか? 侍って?」


「そういうものだ。これからもよろしく頼むぞ、主君!」


 サナエはそう言うと屈託のない笑顔を俺に向けた。

 俺は少しの戸惑いと恥ずかしさもあり、それを隠すように口を開いた。

 

「そ、そうか? それならこちらこそよろしく! ていうかその主君っていうのやめてくれないか?」


「良いではないか! それに侍にとって主君とは自分の全てをかけて守る存在。今まで通り名前を呼び捨てにするなどあってはならないと考えている」


「いやいやいいって……! その気持ちだけで十分だから……! 今まで通り普通にリオンって呼んでくれよ……」


 俺がそう言うとサナエは少し困ったような顔をした後、何か思い付いた様な顔で口を開く。


「わかった! ではこれからは主と呼ばせてもらう」


 そう言うサナエの顔は、見た事もない程ににこやかなものだった。


「何がわかったんだよ……。じゃあもういいよ……それで」


 俺はサナエのその笑顔に屈し、主呼びを了承した。


「あ……! それなら言葉遣いも丁寧なものにしなくてはな!!」


「もういいって!! やめてくれ!! ほら行くぞ!」


 そう言うと俺は嬉々とした表情で笑うサナエの手を引き、ワープゲートの中へと入って行った。


 

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