第43話 絶望
「こ、これ……って」
「おいおい嘘だろ……?」
「な、何故ここに……?」
「これって先程リオンさんが言っていた……」
「あぁ……。これは俺が掘った壁の穴だ……」
俺達の目の前にあったのは、俺が壁に掘った穴だった。
「……!? 何故そんな物がここにあるんだ!?」
「どういう事でしょうか……」
サナエとルドルフは信じられないといった表情で、その穴を見つめていた。
そして俺はこの事実を受け止め、様々な可能性について考え始めた。
――これは、フィフシスとヨスガが繋がった穴。
その穴が今、ヨスガではなく、ここにある。
という事は……まさか……?
俺は嫌な予感がすると、その場を離れて走り出した。
――もしここが本当に"あの場所"だというのなら……。
俺は、あって欲しくない物を探す為に、全力で走った。そこら中に散らばっている、なぎ倒された木や枝や葉を構わず踏み抜いて。
血塗れでぺしゃんこになっている野うさぎであっただろう何かを避け、違ってくれと切に願いながら我武者羅に走った。
残りの三人も俺に声を掛けながらも懸命に追い掛けて来ている。
しかし俺にはその声すらも届かない程、必死でただ目的の場所がない事だけを祈って泣きながら走った。
しかし、世界は絶望に満ちていた。
必死の祈りも虚しく、あって欲しくないものが"そこ"にはあった。
◇
「そんな…………」
辺り一面に広がっていたのは真っ赤に染まった血の海だった。そこには何人もの人達の亡骸が、人の形を留めていない状態で転がっていた。
そこへ後ろの三人も俺の元へと追いついた。
「ど、どうしたリオン。急に走り出しやがって……」
「はぁ、はぁ……リオンさん……?」
「何だここは……。嫌な匂いがするな……?」
三人は俺に声を掛けてきたが、俺はそれに答えられる状態ではなかった。
そして遂に俺は一番見付けたくないものを見付けてしまう。俺は叫びながらそれの元へと駆け寄る。
「母さん…………!!」
「「「…………っ!!」」」
俺が抱き抱えた"それ"とは母さんの亡骸だった。
ぺしゃんこに潰れて血塗れだったけど、母さんがいつも大事そうにつけていた俺が昔あげたネックレスが、首だった場所に落ちていたからすぐにわかった。
「母さん……母さん……!」
俺は大粒の涙を流し母さんを呼んだ。
「母さん……。ただいま。俺……母さんとの約束破って森の奥に行っちゃったんだ……。ねぇ母さん……怒ってる……? いつも優しい母さんも流石に怒るよね……!? ねぇ母さん……! 返事してよ…………!」
しかし俺の声に母さんは当然ピクリとも反応しなかった。後ろで黙ってその状況を見ていた三人は俯き、サナエは静かに涙を流していた。
「何なんだよ……。何でこんな事になってんだよ……!? 何がどうなったらこんな事に……!」
俺はそう言いながら奥歯を噛み締め、ぶつける所がない怒りと悲しみに打ちのめされていた。
「よ、よぉ、リオン……。なんでこんな事になっちまったのか俺達にはわからねぇ。でもテメェが言うように、その人が……リオンの母ちゃんなら、その……ここはテメェの……」
「あぁ……わかってる。――――ここはフィフシス。俺が生まれ育った村だ……」
「そんな…………!」
「――――っ……!」
グレンがかけてくれた言葉に俺はそう答えると、サナエは信じられないといった表情で口を押さえ首を横に何度も振った。
ルドルフはただ俯き、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
すると――――ポタ……ポタ……ポタ……と空から水が落ちてくる音が聞こえた。
「水……?」
俺はそれを手のひらで受け止めた。
すると水滴が落ちた俺の手は赤く染まった。
「血……なのか?」
「「「…………!?」」」
俺がそう言うと三人は驚愕し、絶句した。
「なんで空から血が降ってくるんだ……?」
「…………。リオンさん。こんな事を僕の口からはあまり言いたくはないのですが……」
ルドルフはそう言うと口を噤んだ。
「いいよルドルフ。話してくれよ」
「じゃ、じゃあ話します……。なぜそんな事をしたのか、する必要があったのか、若しくは起きてしまった事故なのかわかりませんが……。恐らくこのフィフシスは空が……いえ、天井が……。いえ――――ヨスガの里が落ちて来た事によって潰されてしまったのではないかと思います……。それが今朝、もう一度引き上げられてこの場所が現れたのだと思います……」
「つまり……この間と今朝の二回の地震は、ヨスガの里が上下した時に起こったっつーことか……?」
「恐らくは……」
「そんな事が……!?」
――ルドルフの話は恐らく本当だろう。
何があってヨスガの里がフィフシスに落ちたのかはわからないが、その話が本当なら全てにおいて説明がつく。
フィフシスで壁の穴に入った俺がヨスガの里の落下に巻き込まれず生き残ったのも、壁の穴がフィフシスからヨスガに繋がったのも、空から血の雨が降っていることも、母さんや村の人や森の木や動物達がぺしゃんこで血塗れになっていることも……。
「そういうこと……だったのか」
俺はその場にへたりこんで絶望した。
俺が帰りたいと望んだ場所はもう既になくなっていたことに。
――恐かっただろうな母さん達……。
突然、空が降ってきたんだもんな。
俺が森の奥で壁に穴を掘っていなかったらみんなと一緒に死ねたのかな……。
俺がそんな事を考えていると、突然拍手の音が静まり返ったフィフシス村に木霊した。
「いやいやいやいや。よくここまで何の手掛かりもない中、辿り着きましたねぇ。素晴らしい推理力と洞察力ですね。これは尊敬に値しますよ?」
俺が声の方へ目をやると、そこには知らない男が立っていた。
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