第二章 フィフシス村 編

第40話 仮説


 翌日

 

 俺の故郷フィフシス村へ帰る方法を探るため、本腰を入れて行動を開始した。

 手始めに俺達は里の人々にフィフシス村について聞いて回った。

 


 しかし誰に聞いても――――


「そんな村はヨスガの里にはないよ」

「聞いたことがないね」

「そんな所があるのかい!?」


 という感じでなんの手掛かりもなかった。

 そして俺達は一度オアシスに戻り、状況を整理する事にした。


 ◇



「全く手掛かりなかったな……」

 

「あぁ。こりゃあ先が長そうだぜ」

 

「そうだね……。もう少し村の事を知っている人がいてもいいと思うんだけどね」

 

「みーんな何も知らない感じだったねー! そんな所聞いたことない。って!」

 

 俺達は一日かけて聞き込みをしたが、手掛かりが一切無かった事に意気消沈する。


「確かに、私が生まれてから今までこの里から出た事がないしな。というよりリオンが来るまでこの里以外の所に人がいるなんて思いもしなかった……」


 サナエがそう言うと俺は妙な違和感を感じた。


 ――言われてみれば、俺もヨスガの里に来るまでは、フィフシス村が自分が生きている世界の全てだと思っていた。

 村の人達以外に人がいるなんて知らなかった。

 それもそうだ。

 村は森に囲まれていて、森は壁に囲まれていて……。


 ん? 待てよ……?

 ヨスガの里も森はないけど壁に囲まれている……。

 もしかして……。


 

 俺は徐ろに紙とペンを取り出してサナエにそれを渡した。


「サナエ、この紙にヨスガの里の全体図を書いてくれないか?」

 

「ん? どうしたリオン? 急にそんなもの」

 

「いいから!」

 

「わ、わかった……」


 そう言うとサナエは紙にヨスガの里の全体図を書いた。そして俺はそれを見てハッとした。


 

「やっぱり……」

 

「なんなんだリオン! 何がやっぱりなんだ! 私達にも説明してくれ!」

 

「んあ? リオン、何かわかったのか?」

 

「うん、ちょっと待って……」


 サナエとグレンにそう言われ、俺はサナエが書いた里の全体図の横にフィフシスの全体図を書いた。

 そしてそれをみんなに見せた。


「何だ? この絵で何がわかるってんだ?」

 

「確かに……。これじゃあ何もわからないぞ?」


 グレンとサナエがそう言うとルドルフが何かに気付いた反応を見せた。


「ちょ、ちょっと待ってください……。これってリオンさんの故郷の全体図ですよね?」


 俺がそうだと頷くと更にルドルフは質問をした。


「広さは……? ヨスガの里よりも広いですか? 狭いですか?」

 

「俺の体感だけど多分同じくらい……」


 俺がそう言うとルドルフはブツブツといつもの独り言を始めた。恐らくルドルフは何かに気付いて考えを巡らせているのだろう。


「二人だけで会話を進めてんじゃねぇよ! 俺達にもわかるように説明しやがれ!」

 

「そうだぞ! 私にはこの二つの全体図が何を意味するのかわからない。同じ形をしているくらいしか……」


 ――そう。

 サナエの言う通り、ヨスガの里とフィフシス村は中にあるものは違うけど、同じような円形になっていた。

 そしてどちらも大きな壁に囲まれている。

 加えてどちらも端まで行ったことがある俺の体感では広さも全く同じだと思う。


 そして俺はこの事をみんなに話した。

 するとみんなは驚いた表情を見せた。


 

「つまりこのヨスガの里と全く同じ形をしたフィフシス村ってのがどっかにあるっつーわけだな?」

 

「そういう事。ただどこにあるのかがわからないんだよな……。城に侵入する時に壁を掘ったけど土ばかりで、この里の外に出られそうな感じもなかったし……」

 

「リオンの故郷は一体どこにあるのだろうか……」



 二つの場所が同じ形をしている事はわかっても、肝心の村の位置は特定出来ずにいた。

 そんな時、ずっと独り言を言っていたルドルフの口が止まった。


 

「皆さんの話を総合して色々と考えたのですが、わかったかもしれません。リオンさんの故郷がどこにあるのか」

 

「「「なにーーー!!??」」」


 ルドルフの言葉に俺とグレンとサナエは驚き叫んだ。


「ど、どういうことだ!? ルドルフ! どこにあんだ!?」

 

「何やら独り言を言っていたが……何故わかったんだ!?」

 

「……教えてくれ、ルドルフ! 俺の故郷はどこにあるんだ!?」


 俺達が問い詰めると、ルドルフはゆっくりと口を開き考察を展開していった。

 

「リオンさんは壁の穴から出たらヨスガの里に来ていた。その後、城に侵入する際、別の位置に再度壁に穴を掘ったが外の世界に行けそうな気配はなかった。そうですよね?」

 

「そうだ! 壁を掘っても何もなかった!」


 するとルドルフは徐ろに下を指差した。


「下にあるのではないでしょうか? ――――リオンさんの故郷」

 

「下!?」

 

「し、下ってどこだ!? 地面の下っつーことか!?」


 ルドルフの言葉に俺達が驚いていると、ルドルフは更に続けた。


「変だと思いませんか? 同じ大きさで同じ形。壁を掘っても他の町や村なんてない。見えているのはヨスガの里だけ。誰も自分達が暮らしている地面の下に人が暮らしているなんて思ってすらいない。――――――僕の仮説はこうです。円柱の形をした壁の中にヨスガの里があり、その下にもう一層あり、その層こそがフィフシス村がある場所なのではないかと……」


 ルドルフの立てた仮説に俺達は驚愕した。

 


「つ、つーことはあれか!? 俺達が見てたあのでけぇ壁は円柱の内側で、このヨスガの里もフィフシス村もその円柱の中にある世界で、その円柱ごと地中に埋まってるっつーことか!?」

 

「僕の仮説が正しければ……」


「そんな……まさか……! そんな事……有り得るのか……?」


 グレンがそう聞くとルドルフは頷き、サナエは唖然とした様子で口元を押さえていた。

 

 

「でもルドルフの言う通りなら、二つの場所がどちらも壁に囲まれている事に説明がつく。それらが上下に連なる層で分かれてるなら、どちらにも同じように壁があるはずだからな」

 

「そういう事です。さすがリオンさん。僕らが住むこの里の下に人がいるなんて考えたくもなかったですが……」

 

「私も同感だ。ただその話で一つ気になることがあるのだが……」


 そう言うとサナエは何かに気付いた様子で話し始めた。


「先程ルドルフは円柱状の壁の中にこのヨスガの里とリオンの故郷フィフシス村があると言っていたな? そしてその円柱は地中に埋まっていると……。ルドルフの話を聞いて、最初はヨスガの里が地上にあって、その地下にもう一層フィフシスの村があるのだと思った。だが、リオンがこの里で壁に穴を掘った時、土しか出てこなかった。おかしいじゃないか。ここが地上だというのなら、壁に穴を掘ればそこには外の世界が広がっているはずだろう……!?」


 そう話すサナエの表情は、既に何かに気付いているのに、それを必死に否定しようとしているように見えた。

 

「つまり、私が言いたいのはフィフシスの上にヨスガの里があるというのなら、この上にも何かしらの世界があるのではないかということだ……!」

 

「うん……。恐らくはそうだよサナエさん。考えたくは……ないけどね」



 俺は二人の話を聞き愕然とした。

 

 ――フィフシス村の上にヨスガの里があるというだけでも驚きなのに、まだ上があるっていうのか……?

 この世界は一体なんなんだ……?

 誰が何の為にこんなモノを作ったんだ?



 するとルドルフは先程の全体図を書いた紙をヨスガとフィフシスに切り分け、重ねて見せた。

 そしてその二つの上にもう一枚紙を重ね、今までの話を整理した。


「これが先程まで僕達が言っていた円柱の形。一番下にフィフシスがあって、その上にヨスガの里、その上に地上の世界、もしくはもう一層……。そうなるとその上にも、その上にも……。どこまで続いているかわからないけれど、それが今僕達がいる地中の世界というわけで――――」


 

 ルドルフがそう話しているとグレンはその紙をバンッと机の上に押し付けた。


「――――何するんだよ兄さん!?」

 

「ヨスガの里の上に何があろうと知ったこっちゃねぇ! ここが地中だろうが、ンなこたぁどうだっていいだろ! 俺達は今まで普通に暮らして来たんだ! この里にいる奴らも全員何にも知らねぇでここで暮らせて来たんだ! 今俺達がやろうとしてる事は何だ!? リオンを故郷に帰すことだろうが!」


 グレンがそう言うとルドルフとサナエは俯き、ゆっくりと口を開く。

 


「……確かに、グレンの言う通りだ。私のせいで話が脱線してしまったようだ。すまない。ヨスガの里の上に何かがあると思うと、少し複雑な気持ちではあるが……。まずはリオンを故郷に帰そう!」

 

「そう……だね。僕も仮説の説明に熱が入っちゃって止められなかったよ。ごめん。兄さんの言う通り、まずはリオンさんの故郷への行き方を考えないとね」


 二人はそう謝ると顔を上げ前に向き直した。

 そして俺はそんな三人に深く頭を下げた。


「みんなありがとう! ルドルフの仮説のおかげで色んな事がわかって、みんな色々と思う事があるのに俺の為に……。本当にありがとう……!」


 俺の言葉を聞き、三人は照れ笑いをしながら口を開いた。


「な、何だいきなり!? やめろよ! 恥ずいじゃねぇか……!!」

 

「ぼ、僕はそんな……別に大したことは……!」

 

「ふっ。礼なんて言わなくていいぞリオン。武士として当然の事をしたまでだ……!」


 俺は三人を見て少し笑い、とあることを思い出した。

 


「あれ? そういえばシルキーは?」

 

「どーせまた寝てんだろ? こういう時はいっつもそうだ」


 グレンはそう言うが、俺は気になったのでシルキーに目をやった。するとシルキーは、ちゃんと目を開き起きて、黙って話を聞いていた。


「え、シルキー起きてたの!?」


 俺は驚き思わずそう口にする。


「うんー。起きてたよー。ちゃんと聞いてたー」


 するとシルキーは顔色を変えずに口を開いた。だが、その声色や表情に俺は違和感を覚えた。

 

「ん? どうしたシルキー? 具合でも悪いのか?」

 

「んーんー。別に何もないよー。大丈夫ー」

 

「あん? どうせ難しい話ばっかで眠たくなっただけだろ?」

 

「兄さん、シルキーにもう少し優しくしてあげてよ」

 

「そうだよグレン! あの時みたいにさ……!」


 俺は以前、グレンがシルキーの頭を撫でて優しい言葉をかけていたのを思い出し、少し意地悪を言ってみた。

 いつもすぐ怒鳴ってくる仕返しだ。


「あん!? な……!? あの時って…なんの事だ、リオン!? テメェ、適当な事言ってんじゃねぇぞ!?」

 

「さぁーね? 自分の胸に手を当ててよーく考えてみたら?」

 

「くそ……リオンてめぇっ!!」

 

「もう兄さんもリオンさんもやめなよ……」

 

「あははは! リオン! 私にもその話聞かせてくれないか?」

 

「サナエ! テメェまで……!?」

 


 そうして部屋の中は和気藹々とした雰囲気になった。


 ――シルキーの様子は少し気になるけど、とにかく今は俺の故郷へ帰る方法を探らないとな……!


 

 そう考えていた。あの時までは……。

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