第32話 真の侍


 マサムネの策で一度はヨシロウの【竜の目】を掻い潜り攻撃を与えた二人だったが、二度目の攻撃は無惨にも弾き返された。

 

 ヨシロウは自らのスキルが【竜の目】ではないと言い、サナエが瞬きをする一瞬の内にマサムネを斬りつけていた。


 

「がぁぁああああ!!!!!」

 

「師匠…………!!!!」

 

「ふははははは! 【竜の目】を見破ったくらいで頭に乗るからだ!」

 

 ヨシロウは高笑いをし、マサムネは血を流しその場に倒れ込んだ。そしてサナエはヨシロウを睨みつけ怒鳴る。

 

「貴様ぁ……! 師匠に一体何をした!?」

 

「ふはははは! 何をしたかだと? 久々に俺のスキルを使わせた褒美に教えてやろう。俺が女神から与えられたスキルは【停止】だ。名前の通り自分以外の時間を停止させることが出来る能力だ。制限は一秒しか使えない事だが、一秒もあればお前達など一瞬で殺せる」

 

 そう言いヨシロウは不気味に笑った。

 

「一秒間時間を止めるだと……? だから私達には一瞬に見えるのか……」


(一手先を見られる上に一秒間時間を止めるなど、反則じゃないか……。どう戦えばいいか全くわからない……!)

 

 サナエは思案し、絶望した。

 

 

「ぐっ……。くふっ。ほ…ほ……ほっ。まったく、ふざけた奴よのう。一手先を……見るだけでも厄介だと言うのに……。一秒間も時間を停止されたら……。ワシらにはもう……何も出来ん……」

 

 マサムネは血を吐きながら言葉を並べる。


「師匠……!」

 

 サナエはそう言うとマサムネの元へスキルを使い高速で移動した。そしてサナエはマサムネに肩を貸し、心配そうに見つめた。

 

「ふははははは! よいなぁ! 憎らしい者を斬るこの感覚はやはり素晴らしいな! 私の中の罪悪感がみるみる消え失せていく……!」

 

 サナエは、不快な言葉を並べ、高笑いをするヨシロウを睨みつけ、目線をマサムネに戻すと、必死な形相で口を開く。

 

「大丈夫ですか師匠!? ですが、もうこれ以上は無理です……! 師匠は斬られ、私の刀は折れました……。もう奴に……私達が勝てる術はありません……」

 

 サナエが目に涙をためて訴えるが、マサムネの目は未だ死んではいなかった。

 

「……まだ戦いは終わっとらん。まだ奴のスキルを知っただけじゃ。ワシはまだスキルすら使っとらんぞ」

 

 一見、強がりとも取れる言葉を口にしたマサムネは、自身の足でしっかりと立ち直す。

 

「た、確かにそうですが、師匠のスキルを私は知りませんし、刀が一本ではどうする事も……」

 

「なら、お主はワシの刀を使え」

 

 そう言いマサムネは自分の刀をサナエに渡した。

 

「で、では師匠は……?」

 

「ふん……。ワシは素手でよい」

 

「素手ですか……!?」

 

 マサムネの言葉にサナエが驚きを隠せないでいると、彼は頷き、話を続けた。


「ワシはのう、刀を持つ前からヨシツグに負けるまでこの里で一番強かったんじゃ。ヨシツグが"侍は刀を持って戦うもんだ"と言うから、しょうがなく刀を使っておったが、本来ワシは素手で喧嘩しても負け無しじゃった」

 

 そしてマサムネから語られる衝撃の事実に、サナエは絶句していた。

 

「ワシのスキルはのう――――」

 

「――――っ!? そんなスキルが!?」

 

 サナエがマサムネのスキルを聞き、更に驚愕していると、余裕の笑みを浮かべているヨシロウにマサムネは向かっていった。


 

「師匠……! そんな身体で何が……!?」

 

 そしてマサムネはゆっくりとヨシロウの顔面に向かって殴りかかった。しかしその速度は亀の歩みよりも遅かった。

 

「ふははは! 死に損ないのじいさんよ! それ程ゆっくり殴りかかって来られては……一手先を見るまでもないなぁ……!」

 

 そう言いヨシロウはスキルを使わず、刀を振り下ろした。そして、マサムネの拳に刀身が触れたその刹那――――


 とんでもない爆発音と共に、ヨシロウは刀諸共、部屋の壁に吹き飛ばされた。サナエはマサムネが放ったスキルのあまりの破壊力にただ立ち尽くしていた。


「ほっほっほ……。ワシのスキル【衝撃】の威力はどうじゃ? 若造よ……」

 

「師匠ーーー!!! 何ですか、今の破壊力は!?」

 

「ほっほっほっ。ワシの【衝撃】はワシが触れたものに強い衝撃を与えるものなんじゃ。刀で使うと刀が折れてしまうから使えんかったがのう」

 

「そういう事だったんですね……!」

 

 サナエがマサムネの秘めた力に感動していると、壁が崩れ瓦礫の山となっていた所から大きな音を立ててヨシロウが立ち上がった。

 

「くっ……。よくもやってくれたなじいさん。私はお前をなめていたよ。次は油断せず……ちゃんと一撃で殺すから覚悟するんだな」

 

「ほっほっほっ。恐いのう。ワシはもう……死にかけとると言うのに」

 

 そして再度、お互いに構え向かい合った。


「これで息の根を止める……」

 

 ヨシロウがそう言うと、マサムネとサナエが瞬きを一度、二度とするとまるで瞬間移動をしているかの如く、彼は近付いて行く。

 

「まずいです、師匠! 私達はあの攻撃を避けられません!」

 

「くっ……。ここまでじゃの……」

 

 サナエの言葉にマサムネがうつむき加減で少し笑った。そしてもう一度、サナエが瞬きをすると、目の前にヨシロウがいた。

 

 そしてサナエが驚き再度目を閉じ、開けるとヨシロウは刀を振り上げていた。

 

 それに気付いたサナエは自分の刀を振り上げ抵抗するも、一秒の壁は厚く抗えない。

 

 ヨシロウは時を止め、刀を振り下ろした。

 確実にサナエを斬った。ヨシロウはそう思った。

 

 だがヨシロウの目の前にいたのは右手を突き出し、左手で自分の横腹を押さえた姿で、サナエの前に立つマサムネだった。

 

 マサムネは、ヨシロウがサナエを斬ろうと刀を振り上げた瞬間、自らの左手で横腹に触れ、自分をサナエの前に出るよう衝撃で吹き飛ばし、サナエを庇ったのだった。

 

 そして振り下ろされた刀はマサムネの左肩から股にかけてを大きく斬りつけた。

 

 そしてヨシロウは刀を振り下ろした後の動作で、マサムネの突き出した右手に触れ、吹き飛んだ。

 

 マサムネはそのままの状態で仰向けに倒れた。

 そしてサナエは刀を振り上げた状態で倒れるマサムネを見た。サナエは刀を落とし、マサムネに駆け寄る。


「師匠っ……師匠……!? 返事をしてください師匠……!」

 

「………………ほっほっ。すまんのう……サナエ。ワシは……老いてしもうた……。愛弟子一人……守りきれんとは……のう」

 

 そういうマサムネに対し、サナエは大粒の涙を流し首を横に振った。

 

「そんな事ないです……! 師匠は身を呈して私を……守ってくれました……。 後は……任せてください……!」

 

「ほっ……ほっほ。……たくましいのう……」

 

 そう言うとサナエは立ち上がりヨシロウを睨み付ける。マサムネはその後ろ姿をうっすらと目を開け眺めていた。

 

「ほっほっほ……。サナエ……。成長したのう。もう立派な……侍じゃのう……」


 そう言いマサムネは目を閉じた。


 

 そしてヨシロウも壁まで吹き飛ばされていたが、既に立ち上がりサナエとマサムネを睨みつけていた。

 

「くっ……! 一度ならず二度までも私を吹き飛ばしよって……! じいさんはもう時期に死ぬだろう。後はお前だ……サナエ!」

 

 そう言うとヨシロウは再度、時間を止めながら近付く。しかし、ある程度距離を縮めた所で違和感に気付いた。

 

 サナエは刀を構え、ヨシロウを睨みつけていた。

 刹那、ヨシロウはサナエに恐怖した。

 その時抱いた違和感がヨシロウを錯覚させる。

 

「お前まさか……! この距離を……。一瞬で詰めると言うのか……!?」

 

 そこはヨシロウの歩幅で一〇歩はあるだろうという距離。

 それを一瞬で詰め、斬られるという錯覚を起こさせる程の威圧感をサナエは放っていた。

 

 そしてヨシロウは人生で初めて、敵を前にして怯んだ。その怯みにより少し、ほんの少しだけ身体が後ろに仰け反る。

 

 それに必死に抵抗しようと今度は前に身体が流れる。

 しかし、その流れた先はサナエの間合いだった。それに気付いたヨシロウはスキルで時を止める――――が、サナエは止まらない。なぜならもう……。


 

「――――【剣技 閃光】」


 

 気が付けばサナエは、間合いに入ったヨシロウを既に斬り捨て、ヨシロウの背後に立っていたのだ。


 

「ぐぁあああぁぁぁ…………!!!!!」


 そして大きな叫び声と共にヨシロウは倒れた。

 

「ふっ。サナエよ……。お前なら私を……私の憎しみと罪悪感の連鎖を……。断ち切ってくれる。そんな気がしていた……。私は誰かに救って欲しかったのかもしれないな。お前に刀を返した事は間違いではなかった。感謝するぞサナエ……」

 

 そしてそのままヨシロウは目を閉じた。


「甘えるな。私はお前を決して殺さない。死ぬまで苦しめ。そして自分の行いを懺悔しろ」

 

 そう言いサナエは刀を鞘に収めた。

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