第18話 違和感の正体


 人斬りを捕縛し奉行所へと引き渡した俺達は、オアシスへと戻っていた。

 サナエは今日も家に帰ると言い、明日の朝またオアシスへ来ると約束し別れた。

 そして俺達は戦闘での疲れと、緊張が解けた事により家に入るなりすぐに眠ってしまった。


 ◇

 


 翌朝

 

 俺が目を覚ますと三人はもう既に目を覚ましていた。

 

「やっと起きたか、リオン」

 

「もうみんな起きてたのか。早いな」

 

 俺がそう言うと、グレンは俺の肩を抱き嬉しそうに話し始める。

 

「なんてったって俺達があの人斬りを捕まえたんだぜ!? 町には今頃、号外が出て祭の準備でもしてるだろうよ! ははは!」

 

「兄さんはしゃぎすぎだよ……ひひっ」

 

 そう言うルドルフも顔がいつもより緩んでいた。

 

「私達は町の英雄だからねー! みーんな私達の虜になっちゃうんじゃないー?」

 

 シルキーもいつも以上に調子に乗っていた。

 

「みんな嬉しそうだな。でも俺、何かすっきりしな――――」

 

 俺がそう言いかけた矢先に――――ドンドンドンドンドンと、家の扉を叩く音がした。

 

「んあ? 何だ、リオン。今、何か言ったか?」

 

 グレンが俺の話を聞こうとすると、ドンドンと再度扉を叩く音がした。


「んだよ、うっせぇな! ったく……人気者は辛いぜまったくよぉ……」

 

「いやいや、兄さん……。多分サナエさんじゃないかな?」

 

「サナエっちー? はいはーーい! 今開けるよー!!」

 

 シルキーはルドルフの言葉を受け、急いで扉を開けた。するとそこには、無数の役人が立っていた。

 

「え……っ!? 何だ……?」

 

 俺は戸惑い声を上げた。

 

「感謝状か何かでしょうか?」

 

「えっ、感謝状っ!? へへ……私達、感謝されてるんだやっぱり!」

 

「おいおい……それにしてはえらく大袈裟だな……?」

 

 俺の感情とは裏腹に、シルキーとルドルフの表情は相も変わらず緩みまくっている。

 しかし、グレンだけは怪訝な表情を浮かべていた。


 そしてそんな俺達を他所に、先頭にいた役人が手に持った紙を広げ読み上げ始めた。

 

「私は、奉行所の所長を任されているダイモンという。これから書状を読み上げる。――――"罪人"リオン、グレン、ルドルフ、シルキー、サナエは昨晩、一人の武士に対し集団で暴行を働き、人斬りを手引きした罪で、将軍ヨシユキ様の命により貴様らを捕縛する!」

 

「はぁ!? 罪人!?」

 

「人斬りを手引きだぁ!?」

 

「えぇっ!? 英雄じゃないのー!?」

 

「こ、これは一体どういう……?」

 

 俺達は全員が狼狽えていた。しかしダイモンは続ける。

 

「また、被害者の腕に刀による切り傷があった事から、五人の内、唯一刀を持っていたサナエを、我々は人斬りと断定し捕縛、拘束の後、処刑とする!」

 

「「「「何だと……!?」」」」

 

 俺達はダイモンが放った言葉に怒りを露わにした。

 

「何でサナエが処刑されるんだよ……!? おかしいじゃねぇか!!」

 

「そーだよ! 私達が捕まるなんて、意味がわからないよ!!」

 

「そうです! 僕達とサナエさんは協力して人斬りを捕まえたじゃないですか!」

 

 グレンとシルキーとルドルフの三人はダイモンに楯突いた。しかし。ダイモンはそれを鼻で笑う。

 

「ふっ。今、"サナエさんと協力して"と言ったか? それが人斬りであるサナエを貴様らが手引きしたという動かぬ証拠だ!」

 

「だからサナエは人斬りじゃねぇよ! 昨日奉行所に連れて行った武士が人斬りだっつってんだろ!」

 

「では何故その武士が人斬りだとわかった? その武士が自分でそう言ったのか?」

 

「いや、それは……」

 

「被害に遭った武士は、夜道を歩いているといきなり"人斬り"サナエが率いる貴様らに襲われ、こちらも刀で抵抗したが抗えず、暴行を加えられた後、拘束されてしまったと証言している」

 

「ふ、ふざけないでください……! 僕達は一度その人斬りに襲われているんですよ!? それにサナエさんが人斬りは深夜一時に現れると言って――――っ!」

 

 ルドルフはそう言いかけ言葉をつまらせた。それをダイモンは再び鼻で笑った。

 

「ふっ。何故サナエにそんな事がわかる? 何故深夜だけでなく、そんな正確な時間までわかる? 一度目に襲ってきた人斬りがサナエだとは思わなかったのか? 一度殺し損ねた標的を確実に殺す為に、わざと貴様らの前に現れ、その目を欺く為に別の武士を人斬りと思わせ、貴様らにそれを捕縛させ、人斬りが町からいなくなったと油断させて殺す。そういう計画を立てていたと考える方が自然じゃないか?」

 

「そ、そんなわけないです……! そんな……サナエさんが……!」

 

「そーだよ! サナエっちは人斬りじゃない! そんな悪い子じゃないんだよ!!」

 

「黙って聞いてりゃテメェ、いい加減にしろよ……? サナエの事を何にも知らねぇくせにベラベラとよぉ……!」

 

 三人は必死にダイモンに食い下がる。

 そんな中、俺は何故かとても冷静だった。

 

 ――人斬りの正体を確認しなかったのは、俺達の落ち度だ。悔やんでも仕方がない。

 だけど、奉行所に引き渡して翌朝にはこの騒動。

 何かがおかしい。あまりにも対応が早すぎる。

 昨日捕縛した奴は確かに一度目に戦った奴と同じ人間だった。

 だけど二度共、自分が人斬りだとは確かに言ってはいなかった。

 

 じゃあ俺達は何故、奴が人斬りだと決めつけた?

 それは人を無差別に斬りつけてくるという行動と、鬼の面。それにサナエが言っていた時間に現れたから?

 じゃあサナエが……本当に?

 

 そんなわけない。あるはずがない。

 サナエの話が、サナエの想いが、サナエの侍になりたいと思う気持ちが嘘であるはずがない……!

 そう俺の心に訴えかけてくる。

 それにこのダイモンって奴の話……何かひっかかる。


 そして俺はダイモンを睨み付け、口を開いた。

 

「じゃあ言葉を返すようだけど、あんた達は何故サナエが人斬りだと断定した? さっきの話を聞いてる限り、俺達が捕まえた奴が人斬りだという証拠は確かにない。でもサナエが人斬りだという証拠もないはずだ!」

 

 グレンとルドルフも、ダイモンを睨み付けている。

 シルキーは「いけいけー!」と俺の後ろで言っている。

 

「う、うるさい黙れ! 両腕にあった傷と、刀を使った犯行。そして深夜一時に人斬りが現れるという犯人しか知り得ない話をサナエがした! これだけでも十分すぎる程の証拠だろうが!」


 ダイモンは少し焦ったような表情で、俺の言葉に反論した。そして俺はここでも冷静に淡々と言葉を並べる。

 

「つまり、俺達から深夜一時に人斬りが現れるってサナエに言われたという話を聞くまでは、両腕の傷と刀を持っていたというだけでサナエを人斬りだと断定していたわけだな?」

 

「そ、そうだ……! だが、貴様らの話でこれだけ状況証拠が増えていっている! わかるだろ? 貴様も人斬りに一度殺されかけているのだから人斬りを庇うのはやめなさい!」

 

「おいおい、ちょっと待て。ルドルフは俺達が襲われたって言っただけだぞ? 何故"俺"が殺されかけたって知ってるんだ? それを知ってるのは俺達四人とそれをした人斬りだけのはずだろ? おかしくないか?」

 

「ぐっ……!」

 

 俺が張った罠に上手く嵌ったダイモンは、悔しそうな表情を浮かべ、黙ってしまった。

 

 すると何かに気が付いた様子でルドルフが口を開いた。

 

「そういう事ですか……。昨日僕達が引き渡した人斬りは世間にバレたらまずい人物ということですね?」

 

 しかしルドルフの問い掛けにダイモンは何も反応を示さない。

 

「だんまりですか……。これは裏で何か大きな力が動いているのかもしれませんね」

 

「表ではいいツラしてて、裏では極悪非道の人斬りだった。それがバレりゃあまずいから、俺達とサナエを犯人に仕立てあげ、事を収めようっつー腹積もりなんだろ……!」

 

 ルドルフに続いてグレンが怒鳴るも、ダイモンは口を噤んだまま何も話そうとはしない。そんな彼に俺は痺れを切らして、再度口を開いた。

 

「何も言わないってことか。まぁいいよ。俺達はお前らには捕まらない。そして勿論サナエも処刑なんてさせない。お前らの思い通りになんて絶対させない……! お前らがやってる事。全部を明らかにしてやる……!」

 

 するとダイモンはようやく口を開いた。

 

「そうか。貴様らを拘束し、サナエを処刑する事は将軍様の意思。貴様らはそれに背くというのだな?」


「「「「そうだ!!!!」」」」

 

 俺達は声を揃えて叫んだ。

 するとダイモンは、どこか吹っ切れたような顔で他の役人達へ号令を出した。

 

「これより貴様らを将軍様に仇なす反逆者とする! 全員今すぐこやつらを拘束せよ!! かかれェ……!!」

 

 それに従い役人達は次々と家の中へ押し入り、俺達を拘束しようと追ってきた。

 

「リオン、こっちだ! ルドルフ、シルキー! 裏口へ来い! こっちから逃げる!」

 

 グレンの呼び掛けに全員が反応し、すぐさま裏口から家を飛び出した。そして俺達は必死に走り、なんとかサクラ町の外まで逃げ切った。

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