第16話 サナエ②


 母のおかげで、私は必ず立派な侍になると強く決意する事ができた。

 そしてその時、私は神の声を聞いた。


 

『貴女の望みを反映しスキルを与えます。――――スキル名【剣技】能力〈高速で相手との距離を詰め、斬る〉スキルレベル1』

 


 スキルの事は両親から聞いてはいたが、この様な与えられ方なのかと、私は呆気にとられていた。

 そして私は傷と試験による疲れから母の隣で眠ってしまった。


 ◇

 

 翌朝目が覚めると自分の部屋にいた。どうやら父が運んでくれたようだ。

 そして机の上に父からの置き手紙があり、それを読むことにした。


『母さんから話は聞いた。あれだけの力の差を見ても尚、どうしても侍になりたいのだな。もう勝手にするといい。但し、もう二度と誰にも負ける事は許さない。その為に強くなれ。父さんと母さんはずっとサナエを応援している。頑張れ。――――追伸 扉の傍にある物を譲る。父さんの大事な物だ。好きに使うといい』


 私は手紙を読み、また涙が溢れた。

 流れる涙を拭き、私は部屋の扉の方へ目をやった。

 するとそこには一本の刀が置いてあった。

 その刀は昔父が使っていたもので、父の師匠から譲り受けたと聞いた事があった。

 

 気持ちが舞い上がった。侍に一歩近付けた気がした。

 私はその刀を持ち早速家を出ようと部屋の扉を開けた。

 するとそこには、父が腕を組み仁王立ちで待ち構えていた。

 

「どこへ行く?」

 

「いや、えっと、その、ちょっと厠へ……?」

 

「刀を持って厠とは、物騒な世の中になったものだなぁ。それとも何か。早速、鍛錬をしようなどと思ったのではないだろうな?」


「…………はい。その通りです……」

 

「馬鹿者! 傷が癒えるまでは絶対安静! 部屋から一歩も出さん! 外出禁止だ!!」

 

 父はそう言うと私の部屋の扉を勢い良く閉めた。

 私は言われるがまま布団の中に入り、刀と添い寝した。


 ◇

 

 一ヶ月後

 

 傷が完全に癒えたので父の許しを貰い、ようやく刀を持って鍛錬へと出かけた。

 サクラ町を出たところに広い空き地があり、私はそこで鍛錬に励むことにした。

 

 まずはスキルを使いこなせるようになるところから始めた。

 高速で相手との距離を詰める能力には制限があり、常に動き続けられるわけではなく任意の方向に大きな一歩を踏み出し、高速で距離を詰めるというものだった。

 私は試しに一度スキルを使ってみた。

 

 バシュン!

 

 高速で、しかも通常の一歩の五倍の距離を進む事が出来た。

 しかし両足に物凄い激痛が走り動けなくなり、その日の鍛錬はそれだけで終わった。


 ◇

 

 次の日から私は能力の特性をしっかりと理解し使いこなす為、脚力と体力をつける為に走り込みを始めた。

 

 走り込みが終われば脚を鍛える運動。それが終われば刀の素振り。これを一日中繰り返す。

 

 私はそれから五年もの間、雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も、たとえ高熱が出た日であっても毎日同じ鍛錬を欠かさず続けた。


 ◇

 

 そして五年後。

 

 私は一五歳になり身体も成長期に入っていた。

 鍛錬の成果か、脚力も体力もつき、能力を使っても脚を痛めることはなくなった。

 

 そして光速で動く能力も通常の十倍の距離まで伸ばすことができた。

 しかし刀の扱いに関しては素人同然で全く上達していなかった。

 

 ただ五年も刀を振り続けただけあって腕の筋力はかなりのものになっていた。

 そこへ一人の老人が私に近付いて来た。

 

 

「ほっほっほ。鍛錬を続けているようじゃのう、小娘よ」

 

「すみませんがご老人、どちら様でしょうか? 私はあなたを存じ上げないのですが?」

 

「ほっほっほ。これはすまんかったのう。ワシはそこの家に住んどるものでな、毎日必死に鍛錬するお主をずーーっと見ておったのじゃ」

 

「え!? 五年もの間ですか!?」

 

 確かにいつも鍛錬していた空き地から一軒の家が見えていた。

 だが、まさか見られていたとは夢にも思わなかった。

 

「そうじゃ。スキルの扱いと筋力はついたようじゃが、刀の扱いがそれじゃあ話にならんのう」

 

「よく見ていますね……ご老人」

 

「ほっほっほ。ほれ、その刀ちょっと貸してみぃ」

 

「は、はぁ……」

 

 そう言うと私は老人に刀を渡した。

 すると老人は刀を構え、軽くサッと振り下ろすと目の前にあった岩を両断した。

 

「えっ……!? あの大きな岩を一撃で!? どうやったのですか!? 教えてください!」

 

「ほっほっほ。よいじゃろう。ワシが少し手解きしてやろうかの」

 

 そう言うと老人は刀を返し、私に刀の使い方を教え始めた。

 老人の教え方はとてもわかりやすく、たった一日で刀の振り方が大きく変わったことに自分でも気が付いた。


 

「ほっほっほ。一日でこれだけ変わると、教え甲斐があるのう。どうじゃ、一年程ワシに時間をくれんか? ワシがお主を立派な武士に育ててやろう」

 

 願ってもない事だった。

 この老人が何者かはわからないが、刀裁きは本物だ。

 この老人に教えてもらえば確実に今より強くなれる。そう確信した。

 

「よろしくお願いします! 師匠!」

 

「ほっほっほ。師匠か、懐かしいのう」

 

「懐かしい?」

 

「ワシが昔、刀を教えた坊主もワシのことを師匠と呼びよったかのう。確かあれは三〇年くらい前じゃったかのう」

 

 私は父がいつの日かしてくれた昔話を思い出した。

 私が生まれる一〇年前程に、刀を教えてくれた師匠がいたと。そしてこの刀を譲り受けたと。

 

 その師匠は初代将軍の筆頭侍と言われ、名をマサムネという。私はこれを確かめることにした。

 

「それってもしかして私の父ではないでしょうか? 私の父も三〇年程前に刀を誰かから教わったと聞きました」

 

「そうなのかい? お主、名前は?」

 

「サナエといいます」

 

「ほっほっほ。そうかいそうかい。ワシの名はマサムネ。お主があの坊主の娘だったんじゃのう。お主がまだ赤子の時に一度ワシのところへ見せに来たことがあったが、こんなに大きくなったんじゃのう」

 

 私は驚いた。

 運命というものは本当にあるのだと思った。

 この老人こそ父の師匠であり、私の師匠になる、初代将軍の筆頭侍マサムネだった。

 

 そしてマサムネ師匠による一年間の鍛錬が始まった。


 ◇

 

 マサムネ師匠の鍛錬は想像を絶するもので、五年間で鍛えられた腕がちぎれそうになる程に過酷だった。

 素振りから始まり、打ち込み稽古まで毎日みっちりとしごかれた。

 

 しかし一年が経つ頃にはマサムネ師匠と同じように一撃で岩を両断出来るまでに成長した。


 ◇

 

「ほっほっほ。この一年間、よく頑張ったのう。お主はもう立派な武士じゃ。誰がなんと言おうとな。もうワシに教えられる事は何も無い。こんな老人の暇潰しに付き合ってくれてありがとうよ」

 

 そう言いマサムネ師匠は家へ帰っていった。

 私はその後ろ姿に深々と頭を下げ礼を言った。

 

「マサムネ師匠!!! 一年間ありがとうございました!!! 私は必ず……自分だけの主君を見つけ立派な侍になります……!」

 

 そう言うとマサムネ師匠は、振り向かず右手を上にあげ手を振った。


 ◇

 

 それからも私は毎日鍛錬を続け、一八歳になった今は武士として、極悪非道な行いをする人斬りを成敗すべく夜な夜な町を巡回している。そんな折、私はリオン達と出会った。

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