第15話 サナエ①


 サナエとの情報交換を終え、外は夜が明け始め少し明るくなってきていた。

 作戦に同行する事になったサナエだったが、まだ自分が俺達の信用を得られていない事を懸念していた。


 

「作戦に同行させてもらうからにはまず、皆の事を教えてもらいたいと思うのだがいいだろうか? 勿論私のスキルや他にも私について話せる事は話すつもりだ」

 

「あぁ、かまわないぜ」


 その後、グレンは俺達のスキルをサナエに明かした。


「――――とまぁ、こんな感じだ」


「君達のスキルについては概ね理解した。感謝する。人斬りと戦い、生き延びただけあって皆、強いスキルを持っているのだな」

 

「まぁな。じゃあ次はサナエのスキルを聞かせてもらえるか?」

 

 俺は一度相槌を入れ、そう促すとサナエは頷き俺達の顔を見た。そして何かに気が付いた様子で口を開いた。


「それより、シルキーが寝ているようだが話を始めてしまっていいのだろうか?」

 

 サナエの言葉を受け、俺は居眠りをしているシルキーに目をやる。

 するとルドルフはため息混じりにこめかみを押さえる。

 

「はぁ……。大丈夫です。シルキーには戦闘中に指示を出しますので寝かせておいてください」

 

「そ、そうか? ではまず私のスキルについてだが、その前に。私について、もう少し話しておこうか」


 ◇

 ※ここからはサナエ視点での構成となります。


 

 私はサナエ。

 役人の両親の間に生まれ、サクラ町で育った。私が六歳の頃に母は病を患い床に伏せた。それから私は父にべったり甘えるようになった。

 

 そんな私を父は無下にはせず、優しくしてくれた。

 父が仕事で家に帰らない日は私を仕事場に連れて行く事も多くあった。そこで私は初めて侍を見た。

 

 鋼のような肉体、鋭く美しい刀裁き、将軍様への忠誠心。その全てに魅了され、憧れた。

 

 そして父の仕事が終わると家に帰り、私は侍になりたいと父に打ち明けた。しかし父は私にたった一言で厳しい現実をつきつけた。

 

「女は侍にはなれない」

 

 私は絶望した。

 何故、女だからというだけで侍になれないのか。

 それだけではどうしても納得出来なかった私は父に理由を聞いた。


「どうして女だというだけで、侍になれないの?」

 

「いいか、サナエ。侍とは武士の中でも特に優れた男達で、今は将軍様に仕える武士達をそう呼ぶんだ。侍は将軍様をお守りする為にあるから他の武士よりも強くなくてはならない。だから肉体的にどうしても男より劣ってしまう女は侍にはなれないんだ。わかるか?」

 

 父の言うことは正しいと思った。

 確かに一般的に見れば女は男より力が劣る。

 やはり私は、侍になる事を諦めるしかなかった。


 ◇

 

 それからというもの。侍になりたいと言ったあの日から父は職場へ私を連れて行く事を辞めた。

 そしてその頃から母の病状が好転し、私が十歳になる頃には少し会話が出来る程にまで回復した。

 

 侍になる事を諦めた私は、なんの目標もなく目の前にある家事を淡々とこなし、過ぎていく日々をただ生きているだけだった。

 

 だがそんなある日。サクラ町に号外が出た。


『先代将軍ヨシイエ様が亡くなられた。

 将軍の座はヨシイエ様のご子息であるヨシユキ様に継がれる。それに伴い新たな侍を募集する。

 強さこそ全てであり、年齢性別は問わない。

 一ヶ月後に試験を行う。

 試験内容は志願者総当りの竹刀による模擬戦。

 スキルの使用も許可する。

 結果の上位三名のみを侍とし、その他見所のある者は役人として働く事を許可する。

 以上――――――――――』


 その内容は、私を奮起させた。

 私は性別を問わないという言葉に目を輝かせ、志願する事を決意した。

 

 そして試験までの一ヶ月、私はスキルがまだ発現していなかったが、それを補う為にも必死で稽古をし、試験当日を迎えた。


 ◇

 

 試験会場には三〇名の志願者が集っていた。

 しかしそれらは年齢こそ様々だったが、私以外の全員が男だった。男達は私を白い目で見てきたが、私は屈さず侍になるという強い信念で試験に臨んだ。

 

 そうこうしている内に試験が開始される。

 さすがは自ら志願しただけの事はある。

 皆スキルや技術を含め、強さは申し分なかった。

 

 そして総当たり戦とは言っても、勝ち負けの判定はどちらかが戦闘不能になるか、負けを認めるまで続くから退場者が続出し、試合が終わる毎に志願者は減っていく。


 

 そしていよいよ私の試合が始まった。

 相手は私と同じ、役人の息子で年齢は一六歳と歳上だった。

 しかし彼は、一六歳とは思えぬ程の大きな体格で私は少し怯んでしまった。

 すると男は私に話しかけてきた。

 

「おいおい、お嬢ちゃん、ここは遊び場じゃないんだぜぇ? 悪いコタァ言わねぇ、怪我する前にさっさと帰んな!」

 

「うるさい黙れ! 私は絶対侍になるんだ! お前にだって負けないぞ! でかぶつ!」

 


 私がそう言うと男は顔を真っ赤にしながら不敵な笑みを浮かべていた。少し怒っているようだった。

 

「そうかい、クソガキ。そんなに死にてぇんなら殺してやるよ。どっからでもかかってこい! このゲンブ様が相手をしてやる!」

 

 そう言うとゲンブは大きく腕を上げ、あえて無防備な体勢をとった。油断してくれているのなら好都合と、私は勢いよく突進し竹刀を振った。

 

「うぉおおおおお!!! おらおらおらおら!! 痛いか! このっ! この……っ!」

 

 私は何度も何度も竹刀でゲンブを叩く。しかしゲンブは微動だにせず、ただ笑っているだけだった。

 

「ガーハハハハ! もう終わりか、お嬢ちゃん? じゃあそろそろ反撃といこうか?」

 

 そう言うとゲンブは大きな手で私の首を掴み地面に叩きつけ、上から竹刀で至る所を何度も殴った。

 

 それでも私は侍になることを諦めたくなかった。

 自ら負けを認めることは決してなかった。

 

 しかし現実とは残酷で、試合は私が気絶した事によりゲンブの勝ちとなった。私が侍になる為の試験は、呆気なく終わった。


 ◇

 

 試合後、軽い治療をされ家に帰った。私は圧倒的な実力差に完全に打ちのめされていた。

 そこへ父がやってきた。

 父は私の頭を叩き、激怒した。父もあの会場にいたのだ。

 

「何故侍の試験に志願した!? 何故すぐに降参しなかった!? 俺はあの場で、大男に殴られる娘をどんな気持ちで見ていたと思う!? 俺はお前の性格もわかっているつもりだ……。だからあえてお前を俺から突き放し、侍から遠ざけた。なのに……なのになぜ……! くそっ!」

 

 父は大男に殴られ続けアザだらけになった私を見て悔しそうな、そして悲しそうな声を上げ壁を殴った。

 私が何も言わず呆然としていると父は私を優しく抱きしめた。


「心配した……! サナエが死んでしまうのではないかと……。生きていてくれてよかった。生きていてくれて……ありがとう……」

 

 大粒の涙を流し、その後暫くして父は家を出ていった。


 ◇

 

 その後、私はアザだらけの状態でふらふらと母のいる部屋へ向かった。母にも叱られようと思ったからだ。

 しかし母は私の姿を見ても何も言わず、ただ黙って手招きをし、自分の隣へ私を座らせた。

 私は事の顛末を全て母に話した。


「勝てなかった……。何も出来なかった……。悔しい……!」

 

 私はそう言い下唇から血が出るほど噛んだ。

 母はそれを見て私の手を握り話し始めた。


「サナエがどうしても侍になりたいと言うのなら、サナエだけの主君を見つけなさい。沢山鍛錬を重ねて強くなりなさい。男にも、どんな侍にも負けない強さを身につけなさい。そしてどんな敵からも仲間を守りなさい。それが出来ればサナエもきっと、立派な侍になれるわ」

 

 その後、母は私の頭を撫で優しく微笑んだ。

 私は涙を流し、必ず立派な侍になると強く決意した。


 

 刹那――――

 私は神の声を聞いた。

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