第13話 武士
特訓を終えた夜。
オアシスの前まで帰ってきた俺とグレンの目の前に、突然刀を持った者が現れた。
「そこの二人。止まってもらおうか……」
「あん? 誰だテメェ……!?」
グレンは高圧的に叫んだ。
暗くて姿はよく見えないが、その武士は一人で刀を持っているのがわかった。
「もしかして、人斬りか……?」
俺がそう言うとグレンはチッと舌打ちをした。
「クソ……! 俺の心配してた事が起こりやがった……!」
「さっきも言っていたけど、心配していたって何をだ?」
「リオン、お前の傷はどうやって治った?」
「え、それはオアシスの治癒能力持ちの人のおかげで――――あ……っ!」
「そうだ。俺らの中にも治癒能力使える奴がいるんだ。人斬りがもし役人以上の奴なら、治癒能力が使える奴くらい当然周りに何人もいるだろうよ」
「まさか……! じゃあ何でここ数日間、姿を現さなかったんだ!?」
「それはわからねぇ。……目の前にいる本人に聞いてみたらいいんじゃねぇのか?」
そう言うとグレンは戦闘態勢に入った。
俺も両手を口に変え相手に向き直した。
「おい、クソ野郎! こないだはよくもやってくれたなぁ!」
グレンは再度叫んだ。
しかし相手は黙ったままだ。
「黙ってねぇで何とか言えやコラァ!!」
そう言うとグレンは相手に向かって行った。
俺もすぐに後を追う。
先に向かって行ったグレンは相手の胸元へ右手を伸ばし、追い付いた俺は左手を伸ばした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……! 何なんだ一体!? こちらに戦う意思はない!」
そう言うと相手は両手を上げた。
「「はぁ!?」」
俺はその声に反応し左手の口を元の手に戻した。
特訓の賜物だった。
これでとりあえず誤って攻撃してしまう心配はなくなった。
しかし俺とグレンは確実に人斬りを捕縛するつもりで勢いよく向かっていっていた。
当然間に合うはずもなく俺達の手は"ソコ"へと届いた。
むにゅう……!
俺達の手には大きく、そして柔らかな感触が伝わる。
俺達は顔を見合わせ怪訝な表情を浮かべた。
「「む、むにゅ……?」」
俺達は感触をよく確かめる為、その手をもう一度動かした。
むにゅ……もみもみ……
「い、いやんっ……!」
俺達はその声を聞きようやく現状を理解した。
あぁこれは……この膨らみは……。
そしてこの柔らかさと温もり……。
それは幼い頃に感じた母さんの"ソレ"そのものだった。
「ンン゙……!!」
咳払いと共に、雲間から月の明かりが差し込み、暗闇の中から《彼女》は姿を現した。
黒く長い髪に大きくて綺麗な黒い瞳。
体はサラシを巻き、胸元が少し開いた桃色の着物を着ている。
腰には刀が一本あり、胸には俺とグレンの手がある。――――俺とグレンの手がある……?
「コホンッ! 君達はいつまで私の胸を触っているつもりかな?」
「「ご、ごめんなさいいいい!!!」」
俺とグレンは慌てて手を離し、自然と土下座の体勢になっていた。
「一度目は許す。不可抗力だったのでな。――――しかし! 二度目は何だ!? 確実に揉んでいたよなぁ!?」
「はっ! おっしゃる通りで……」
俺は深々と頭を下げた。
「わ、わざとじゃねぇんだ! 許してくれよ、この通りだ……!」
グレンも続けて頭を下げ謝罪した。
これは俺とグレンが人生で最初で最後となるしっかりとした土下座であった。
「ふん……。誠意が伝わったので許そう……!」
「「あ、ありがとう」」
俺達はあっさりと許された。
「しかし君達、こんな夜遅くに何をしている? 早く帰らないと今、この町は危険だぞ?」
「俺達は今丁度、家に帰っているところだったんだ」
「そうだったのか! いやぁ呼び止めてすまなかった。さっ! もう帰ってくれて構わないぞ! 気を付けて帰るんだぞ!」
「いや、そのー……」
俺は言えなかった。
あんたが立っているのは俺達が帰る家の前だということを。
しかしこういう時、グレンは物怖じせずはっきりと言う。
「あんたが立ってるそこが俺達の家だ! どいてくれ」
「え? ここが? こんな人の家の前の冷たい地面の上が君達の家だって言うのかい?」
「ちげぇわバカ! その家が俺達の家だつってんだ!」
「……………………」
グレンにそう言われようやく理解したのか、女は顔を真っ赤にしてその場を退いた。
「す、すまない。さっどうぞ……」
「あぁ。悪かったなさっきは。ていうかあんたこそこんなとこで何してたんだ?」
「何って、私は人斬りを探していたんだよ」
「人斬り……!?」
――この女も人斬りを探していたのか。
でも何のために?
「そう、最近ここいらでは人斬りの噂が絶えないだろう? 私の両親もこのサクラ町にいてな。いつ狙われるかわからない。私は心配でたまらなくて、いてもたってもいられず、私が成敗してやろうとこうして人斬りを探していたのだ」
「成敗だぁ? 見たところ刀は持ってるみてぇだけどあんた、戦えんのか?」
「勿論だ! 私は武士だからな!」
「武士って……あの武士か!?」
俺は本物の武士に会うのは初めてだった。
話でしか聞いたことがなかったけど女の武士もいるのかと驚いた。
「すまない、どの武士かは知らないが、私は武士だ!」
「いや、その武士だよ……」
「いや、だからどの武士――――」
「リオンうるせぇよ! 話が進まねぇだろ!」
「あ、ごめん……」
俺はまたグレンに黙らされた。
着々とグレンの部下になりつつあるのだろうか。
それは嫌だなと思う俺がそこにいた。
「つかテメェさっき何故、俺達に声をかける時、『そこの二人。止まってもらおうか……』って意味深な言い方したんだ?」
「いやぁ、それはだなぁ……」
そう言うと女は顔を手で隠し、何やらもじもじし始めあ。
「何だよ!? さっさと言えよ!」
グレンがそう言うと女は手で顔を隠しながら呟いた。
「か、かっこいいから……」
「「はぁ……!?」」
俺とグレンは予想だにしなかった意味のわからない返答に戸惑いを隠せないでいた。
「んだよかっこいいって!? 紛らわしいことしてんじゃねぇよ!」
「そこの二人。止まってもらおうか……。って何か侍っぽくてかっこいいだろう? 私、一度言ってみたくてつい……な!」
――ダメだこいつバカだ。
俺の直感がそう言っている。
「な! じゃねぇよ! な! じゃ!」
怒るグレンに照れて顔を隠しもじもじする女。
奇妙な光景だった。
「はぁ……。とりあえず中に入って話さねぇか? あんた名前は?」
グレンはため息混じりにそう言った。
すると女はもじもじするのをやめ答える。
「名はサナエだ。ただすまない。私は人斬りを探す為にここにいる。君達と話している暇は無い」
そう言い立ち去ろうとするサナエをグレンは引き止める。
「恐らく今日も人斬りは来ねぇ。理由は後で話してやる。だから家に入んな」
「そ、そうなのか? わかった。ではお邪魔することにしよう」
グレンの言葉を受け、サナエは戸惑いつつも家の中へと入っていった。
グレンはどんな意図でサナエを家に入れたのか。
そしてサナエとは一体どんな人物なのか。
同じ目的を持つ者同士、話が合えばいいのだが……。
全く考えがまとまらないまま、二人に続いて俺も家の中へと入った。
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