第2話 神の巫女


 これは俺が気絶している最中、見ていた夢の話――――


 ◇

 

 

「もし? もし? 聞こえていますかぁ?」

 

 ――何だよ、うるさいな……。誰だ?

 

「聞こえていたら返事をしてください……!」

 

 ――俺何してたんだっけ……?

 確か壁に穴を掘って、中に入って……。

 そしたら地震が起きて、穴が崩れかけて……。

 うーん。そこからはよく思い出せないな。

 何だかうるさいし、とりあえず起きるか……。

 

 

 そして俺は目を開き、ゆっくりと辺りを見渡した。

 しかしそこは何も無い真っ白な場所だった。

 

「あれ? 壁は? 俺が掘った穴は? ここどこだ?」

 

「ようやく気が付かれましたか? ここはあなたの夢の中。なのでここには壁もあなたが掘った穴もありませんよ」

 

「なんだ夢かぁ……」

 

 俺はそう言い、声がする方へと目を向けた。

 するとそこには知らない女性がいた。

 

 だが女性といっても声や影の形でそう認識出来るだけで、白いモヤのようなものに包まれているこの女性については髪が長くて細身ということ以外、何もわからなかった。

 そんな事より――――


「――――あんた誰!? 何か怖いんだけど!?」

 

「あ、あんたとは失礼な……! 私は……シェルミです! あんたではありません!!」

 

「そ、そうか。俺はリオンだ! あんたとか言ってごめんな、シェルミ」

 

「よろしくお願いしますわ! ふんっ!」


 俺の失礼な物言いのせいで、シェルミは顔を背け少し怒った様な態度を見せる。

 少し怒りっぽい性格なのだろうか。

 そんな事を思ったが、あえて口にはしなかった。

 

「それよりシェルミ。さっき言ってた"ここが俺の夢の中"ってのはどういう意味なんだ?」

 

「ここは先程私が申し上げた通りリオンの夢の中で、私のスキル【神の巫女】の能力によってここへお邪魔させて頂いたのです」


「スキル!? 何だそれ!?」


 スキル――――

 それは俺にとって全く聞き馴染みのない言葉だった。

 

「スキルとは神が与えし特別な能力の事。今より約千年前。世界が危機に瀕した際に王家の前に神が現れ、王とその息子と娘に与えた事が始まりとされています。その後、国中の人々へとスキルは与えられ今に至ります」

 

「へぇー……。なんか壮大な話だな……。それで? シェルミは俺の夢の中に来てまで、何の用があるんだ?」


 スキルについて何となく理解した俺は次にシェルミの目的を尋ねた。

 すると彼女は少し顔を俯かせてゆっくりと口を開く。

 

「それは……この世界が再び危機に瀕しようとしているからです……」

 

「え!? そうなの!? 世界ヤバくね……?」


 シェルミの声色からとても辛そうな感情が伝わって来る。

 白いモヤのせいで表情こそわからないが、声や仕草だけで嘘を言っていないとわかる。

 

「そうなんです……。そして私は自身の【神の巫女】の能力を使い、何とか助けになってくれる人を探していたのですが、全く誰とも繋がれず途方に暮れていたのです」

 

「そうだったのか……」


 ――世界が危機に瀕しようとしているのに、助けになってくれる人と一度も繋がれず、途方に暮れていたなんて可哀想じゃないか。


 俺はシェルミの置かれている状況を何も知らないが、それでも彼女の気持ちを想像しただけでとても辛くなった。

 

「そして今日。私は初めて人と繋がる事が出来たのです。それがリオン……あなたです。これは神が導いた運命なのかもしれません……。なのでリオン。是非、私と共に世界を救っては頂けませんか?」

 

「だが断る……!!」

 

 俺はキッパリと断った。

 嫌な事を嫌だと言える大人になりなさいと母さんによく言われて育ったからかもしれない。

 何より俺はそんなに暇ではないのだ。

 

「はい!? 今の話の流れでよく断れますね!? 私の話をしっかりと聞いていまして!?」

 

 シェルミが驚き、少し怒っているのが声色でわかった。

 

「勿論聞いてたよ! ちゃんと相槌打ってただろ!?」

 

「そう……ですけど。それなら尚更、断れないはずです!!」


「いや、そうなんだけどさ……。俺だって暇じゃないわけだし? 毎日狩りに行かないといけないしさ!」


「もうその必要は……無いです……」


 俺の言い訳に何故か酷く悲しそうな声色で返すシェルミ。


「……ん? 何でだ? その必要が無いって、一体……?」

 

「それについては今にわかると思います……。とにかく私はリオンに世界を救ってもらわなければ困るのです……! お願いです……! もうリオンしかいないのです……!」


「そんな事、突然言われてもなぁ……。全然実感湧かないし、大体世界を救うって何をすればいいんだ? 俺はスキルとかも持ってないぞ?」


 突然の規模が大きすぎる話に、俺は困惑しながらもシェルミにそう問うた。

 すると彼女は途端に元気を取り戻し、嬉々とした声色で話を始めた。


「それはお任せ下さい! スキルは私が与えます! 何をするかはお任せするので、リオンはとにかく世界を救って下さい……!」

 

「はぁ……? なんだよそれ……? うーん。まぁいいや。――――それより……スキルを与えるってマジ……?」


 俺が怪訝な表情でそう聞くと、彼女は淡々と説明を始めた。

 

「大マジです。リオンには世界を救って貰わないといけませんからね。ただスキルは本来神の力により与えられしもの。私は神の巫女ですのでその一端、即ちランダムでしかスキルを与えることが出来ません。そして与えられるスキルは一人につき一つだけです」

 

「つまり何が出るかわからない……と」

 

「そういう事ですね。与えられたスキルで必ずや世界を救って下さいね」

 

「わかったって……。そんな何回も言わなくていいよ……。ていうか何か既に世界を救う前提で話進んでない……?」

 

「そうですが? 何か問題でも……?」

 

「……いいえ、何もありません」


 そう言うシェルミからは説教中の母さんによく似た圧のようなものを感じた。

 これは何を言っても無駄だと俺は諦めて世界を救う事を渋々承諾した。


 ◇

 

 

「それではリオン、貴方にスキルを与えますね!」

 

 シェルミが喜んでいるのが声色だけでわかる。

 余程世界を救いたいのだろう。

 

 シェルミはそう言うと掌を俺の方へ向け光の玉のようなものを発した。

 その光はゆっくりと俺の方へ近付いてきて俺の体の中へと入って行った。

 

「これで貴方にもスキルが与えられたはずです。体に何か変化はありませんか?」

 

「んー特に何も……ぐあっ!?」

 

 最初は何も感じなかった。

 けれども、すぐに体が熱くなりその熱さが体中を巡り左手の方へと流れて行くのを感じた。

 

「なんじゃこりゃあ……!?」

 

 俺の左手は口に変わっていた。

 

「よかった! 無事スキルが発現したようですね! どうやらリオンは何でも捕食する事が出来るスキル【悪食】が発現したようですね」

 

「何、冷静に説明してるんだよ……!? 手が口になるってどう考えても気色悪いだろ……」


「スキルはランダムで与えられるものなので諦めて受け入れてください。その口はどんな物でも捕食、つまり食べる事が出来ますからこれからは食べ物が無くても飢えることはありませんよ」

 

「手の口で食うのかよ…」

 

「ふふ。そうですね。……そしてもう一つ伝え忘れていたことがあります」

 

「はぁ……。今度は何……?」

 

 項垂れる俺を無視しシェルミは少し笑った後、再度話を始める。

 

「この姿を見てわかる通り、リオンの元へ私のスキルの能力を届けるにはまだ距離が遠いようで能力が一〇〇%使えていません。なのでリオンに発現したスキルもまだ完全ではないのです」

 

「それ……後出しで言うのずるくない?」

 

「だ、大丈夫です! きっとわたくしの能力の届く所に来ればスキルを完全に使いこなせるはずです!」

 

「そ、そうなの? んーじゃあまぁとりあえずシェルミがいる所へ行けばいいんだな?」

 

「そういうことです! わたくしは今――――という――――ですので――――に来てもらえれば……」


 そう言うと、突然シェルミの声に雑音が混じり始め、大事な所が何一つとして聞き取れなかった。

 

「え!? なに? 声が途切れてて上手く聞こえないぞ? おい! シェルミ!?」

 

 そうして段々とシェルミの声は途切れ、遂にはボンヤリと見えていた姿も煙のように消えてしまった。

 

「こんな訳の分からないスキルを貰って、いきなり世界を救えとか言われても、何をどうすればいいんだよ……」

 

 俺はこの白い何もない場所に一人、取り残されてしまった。

 

 その後、暫くして俺は現実の世界で目を覚ます――――――

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