第1章1節 潜入 2
「失礼しますわ」
声と共に現れたのは、チェロと同じくらいの背丈の女性だった。
彼女が図書館長のヴヲルタだ。
「あら、コーヒーを淹れてくれたの?」
「コーヒー切らしていたので、茶色い茶だよ」
ビブラはソファに二人を座らせ、自分は奥の事務椅子に腰かける。彼女の方が少し目線が高くなった。「この人は礼儀作法の何やらを気にしない
「チェロさん、はあなたでしたか。お久しぶりですね」
「ご無沙汰しています。本日から研修でお世話になります。よろしくお願いします」
「ええ。こちらこそよろしくお願いいたします」
ヴヲルタが最敬礼をした。
「御=二人、は面識あるた、だ? ……です。そうですか? あれ……」
ビブラがたどたどしい言葉で訊ねた。どうやら敬語への変換自体が苦手らしい。
「……二人は面識あったの?」
敬語は諦めたようだ。
「義理の息子、と言っておけば間違いないわね」
「父の友人のお姉さまとでも言っておきます」
そう言うと、二人が再び向き合った。
「指導係が頼りなくてお詫び申し上げます。失礼な態度も……もう、呆れてしまうでしょう。ご容赦ください」
「いえ、気になさらず。むしろタメ口は好都合です。両親には伝えて来ていますが、素性は隠しているので。おばさまもどうか敬語はやめてください。表向きには司書の研修ですから、敬礼は特に不自然ですよ」
「わかったわ、努力します。……それで、表向きとおっしゃるけれど、本当は何かしら? 謀反についての潜入調査がされている、という噂は耳にしているわよ」
「詳しくお話ししますね」
チェロがビブラに視線を向けたので、ヴヲルタは目を丸くする。
「……ビブラが?」
「わ……わたし?」
「はい。王立図書館を設立したルカ王の命令は現在も有効です。司書の一人がそれに背いた、との情報提供があり、この事実調査をしに来ました」
王命――この国の法律は、王室と警察の両組織で取り締まられる。
「ビブラさん、心当たりはありますか?」
「……ああ、最近妙なことを聞かれるのって、国から目をつけられちゃってたんだね。ないなぁー」
「本当に?」
「ないたです(ないです)」
――まあ、そうだろう。
これまでも図書館へ潜入捜査が行われていたのだが、証拠として使える情報は入ってこない。証拠が見つからないのにビブラの噂が頻繁に持ち上がるのだ。王室として良くない傾向だ、とチェロは感じた。勘だけを頼りに、余暇を使って自ら会いに来たのだった。
「まあ、図書館が犯罪の温床になりつつあることに不満はあるから、奴らを警察に引き合わせたい気持ちは山々だなあ……」
ビブラが口を開いた。
「で。私はどんな罪に問われる?」
「王命違反です。謀反人なので、王室関係の職から追放されます」
「まあ、そうか。
「わかってたのね、あなた」
「もちろん。私、王室が実家みたいなものだもんね」
「実家じゃないでしょ。……チェロ。ご存知かもしれないけれど、身元保証人が王室なのよ、この子」
応接室には不思議と穏やかな空気が流れている。ビブラとヴヲルタ、二人の落ち着きと穏やかさからくるものかもしれない。
「ねえ……チェロ。今回はあなたの個人的な調査なのでしょう。ビブラの情報はどこから来たか、教えていただけないかしら」
チェロが首を左右に振った。
「情報……。そういえば。館長へ大事なことを言っていなかった……。確証はないけど、通報者は館内にいるのかも」
「あなたなんで報告しなかったの」
「……給湯室で、若い子が私について噂してた。盗み聞きするのも悪い、と思って堂々突撃してみたら、丁度、『――が✕✕さんの犯罪予知して、情報を警察に流してたから――』ってピーターが言ってるところだった」
ピーターは郊外からやって来た男で、どこか本心がわからない部分もある。ヴヲルタは頭を抱えるが、ビブラは「事実無根だよ」と呑気に笑っている。
「……ピーターには私から確認するわね」
「ええ、よろしくお願いします。王室関係各所でビブラさんは話題に上がっています。相当の証拠を示さないといけませんから」
王命は絶対だ。背けば罪として裁かれる。疑いの目が向けられた者は『異端者』と呼ばれ、罪の真偽がはっきりするまで異端者の行動は監視される。王室関係者の王命違反ともなれば、重罪だ。
「私もがんばるよ。王室に、私の存在ごと消されちゃうから」
解散間際、ビブラが冗談めかしたがその表情は険しかった。
異端と呼ばれる司書は平和を志す 縞子 @38ruhuru_ka
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