異端と呼ばれる司書は平和を志す
縞子
第1部
第1話 聖女の遺言
第1章1節 潜入 1
「あっちへどーぞ」
青年は、その投げやりな言葉を聞き内心では動揺しながら、部屋へ足を踏み入れる。
「ここで制服を着たら別館までおいでー。資料とかもロッカーん中ね。館長いるからよろー」
「あ、ちょっと待ってください」
少女のような見た目をした人物が徐に去ろうとしたので、思わず青年は引き留める。
「なあに」
彼女はくるりとこちらを向いて穏やかに微笑む。一瞬だったが、頼りない口調からは想像できなかった知的で端正な表情を見た。
「……ええと、ありがとうございます。僕はチェロと申します」
「どーいたしまして。館長から聞いてるよ。私、名前言ってなかったねー。ごめん。ビブラ。ここの司書。これからよろしく」
四季の恵みの数々は、書物への試練だ。役人は……これに特化した司書という人間は、膨大な書物の管理に悩まされてきた。
初代国王・ルカは和平を重んじた。
――平和の為に国民へ教養を施す。
と自身のコレクションを広く開放した。これらの多くを書物が占めている。いまや王立図書館として、この試みは国民から好評である。しかし、書物の一般開放が司書の仕事を複雑にしているのも事実だ。
建国から100年。書物は、天変地異と同等の脅威に晒されている。窃盗、破壊、汚損……。平和、とはなんだろうか。
そんなこんなで、司書はいまや成り手の少ない職業だ、と言いたいところだがそうでもない。未熟な人間ほど、「司書は書物に囲まれて過ごすだけの仕事」という偏見を持っている。
一方、王のコレクションの虜となり、信念を抱いて司書となった者もいる。
世の書物は彼女にとってすべて「恋」の対象となる、らしい。変人……というか変態だ、とか。名はビブラ。10年前から王立中央図書館で司書を勤めている。
チェロは、誰もいなくなった小部屋ではたと首をかしげる。
ビブラという司書は、本当に今回の目的と関係あるのだろうか。制服に着替えながら思い出してみる。
――齢35、王の側近の親族で切れ者。司書育成プログラムを最年少15歳で首席修了。翌年から隣国Eへ留学し20歳の年に帰国。南西部の市立図書館に勤めている時に問題を起こし、「異端」の異名がつく。
本人は小柄で華奢だが、イノシシを丸腰で捕まえ、二百の辞書を地下から二階の書庫へ半日で移動させ、寮の移設場所の整地を素手で済ませた屈強な女だから油断するな……か――。
訳のわからない逸話はさておき、彼女の態度はなんだ。時間を置くと今更だが少々腹が立ってきた。
やり場のない怒りを胸に秘めながら、チェロは別館の前に立つ。観音開きの扉は開いている。……が、愕然とする。
「人の気配がない……」
チェロは数歩下がり辺りを見回す。誰もいない。
「すみません、どなたか」
「いるー」
「……!」
ビブラが現れた。
「こっち別館って札かかってるけど実際は旧館でさー。この裏なのね、別館」
彼女に連れられて旧館とやらの裏手に回ると、四角い箱のような建物があった。
「これ、倉庫みたいなやつが別館。3階が館長室で今日は1階の応接室に行くよー」
「あの、ビブラさん」
「ビブラでいいよ」
「……ビブラ。旧館は開いたままで良いのですか?」
「良くないよ!」
ビブラはクスクスと笑う。
「でも、色々便利でさー。わざとやってるの」
「わざと……」
チェロは彼女が起こした「問題」に関する記憶を反芻する。
――『司書が閲覧者の情報を警察に漏洩した証拠を探れ』
ビブラは、王立図書館の理念に反する行為をしたのか否か。「異端」として裁くための条件を満たしているのか……。
「あれ、考え事?」
ビブラが足を止めた。
「……?」
「おっといけない。気持ち悪いよね」
彼女に心を読まれたかと錯覚したが、本人にも誤解を与えた自覚があるらしい。
「いいえ、失礼しました」
ビブラの罪を探れないまま本部へ戻ってきた人間は少なくない。彼女の研ぎ澄まされた勘と、その知性は手強い。だがこれも、重要な情報だ。
「故郷のことを思い出しまして」
チェロは部屋の隅にトランクを置く。
「へー、故郷……。そっか……」
ビブラが茶を淹れ始めたところ、応接室のドアがノックされた。
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