06 鉄の世界

 「####〜。##、####〜。」 「########。」

 私は列車が来るのを待っていた。何処に居るのか、何処へ行くのか、若い女性が発する案内の言葉すらも理解できないが、とにかく、そういう状況である。

 少し肌寒い風が吹き抜ける地上のプラットフォームは馴染み深く、その理由は、外観が《頂点》や《循環都市》を周回する移動手段と似ている故だろう。黒色の大理石が敷き詰められた細長いホーム、地面の艶へ溶け込む橙色の蛍光灯、様々な言語が記された控えめな案内看板、左右には2本の鉄骨が前後に果てなく続き、空間を確保している磨りガラスの奥には、退屈な灰色の街並みが広がっている。

 「####〜。####〜。」

 大勢が声に注目すると、次第に列車が近づいてくる。嗚呼、言い忘れた、プラットフォームは地上から50メートルぐらい離れている。ここが高所というよりは、都市全体の高低差が激しいのである。

 列車についても、最新の技術により空中を浮遊できる他、様々な機能が独立して稼働する。全長は160メートル、横幅は20メートル、最高速度は500キロメートル毎時。何より、この機体は大陸を横断するために作られた、言わば飛行機のような移動手段なのだ。

 私は直列に並ぶ外向きの席へ座り、季節外れの積乱雲を眺めながら―――この世界が夢であることを自覚する。脳が連日の不連続な記憶を拒んでいるのか、大きな疲労感が溜まっていた。今の〝行動が制限された状態〟を利用しない手はなく、私は朧気に景色を眺めて休息を摂ることに。夢のくせに眠気がないのは、何故だろう?

 途中には路面電車と並走する地形もあり、そこには中所得者が住む質素な住宅が多く見られるも、アスファルトで作られた幅広い道路は段々と狭くなり、フルシチョフカのようなマンションが右から左へ流れた瞬間、列車はネオンが輝く地下空間に突入する。思い出した、これは古の《西アメリカ》が開発した計画都市のようだ。

 再び列車が動き出すと、しばらくして速度と高度を上げ始める。平坦なガラスの先には、白と黒を基調にしたモダンな団地、ジャングルのような森林に聳え立つ孤独な高層ビル、そこから先は高速で曖昧だが・・・雪山へ突入したとき、青色に光る複数の戦闘機が形態を組むことで列車と並走していたのを憶えている。初めは撃墜されると思ったが、どうやら民間機を護衛しているようだ。

 自分の方角に太陽が映り込むと自動的に大窓が遮光されるらしく、その暗い空を眺めて数時間後、海面から陸地へ遷移する―――そこは工業施設が圧縮されたような光景で、無数の配管や金網の足場が剥き出しており、所々で工業用の重機が動き回っている。そして、そこで列車が速度を落として、車扉が開くと残りの乗客が漏れなく席を立ち去る。つまり、ここが終着点のようだ。

 プラットフォームの形は整っているが、壁から配管が露出していたり妙に鉄骨の構造が多いなど、工業地帯の色が顕著に表れている。エスカレーターの先に待ち受けていた地上は圧巻で、地平線の先まで鋼鉄の構造物が隙間なく地面を形成している。それだけではなく、空中では銀色に輝く円盤型の飛行物体が地上に向けて弾を乱射しているが、その攻撃は不可視のシールドによって無効化される。しばらくして逃げるように飛び去ると、別の機体が全速力で後を追う。どうやら、この世界では戦争が日常茶飯事らしい。それは、空中の様子を気にも留めない人々が証明している。

 「―――〝メラン〟!」 「・・・?」 「〝メラン〟!」 「・・・?」

 安全帽子を被った髭面の男性が、金属の球体を私に差し出し、ただ一つの単語を繰り返した。それを受け取ればいいのかと両手で椀を作れば、そこへ鉄球を入れた彼は人混みの中へ消え去った。

 何が理由か、何が目的かは分からないが、それは2日前の〝梵〟を彷彿とさせる。ただ、その内部に小さな溶岩が入っているのか、先程の男から伝った体温か、妙に熱い。・・・しかし使い道もないので、私は上着のポケットに鉄球を突っ込む。そうだ、深緑色のパーカー、黒色のタンクトップ、腿に密着するジーンズは、昨日と同じ格好だったことにも気付いた。

 フラフラと行き交う人々の流れに従い、時折は道を外れてみる。市街なのか、通路と言うべきか、この世界は少し退屈だ。―――工事に伴う激しい金属音、地面の基礎に使用するであろう砂利の袋が転がっていたり、即席で作られた電線柱も立っていたが、それらは次第に人気と共に消えていった。つまり自分は迷子であるが、それを気にすることもなかった。

 気付けば空と雲は赤い日光で染まり、金属の地平線は昼間を偽るように世界を照らした。陽の退場と共に世界が一瞬で暗闇へ包まれたと思えば、待ち望んでいたかのように電灯が姿を現す。その光は標の如く人気の場所を示してくれた。しかし、私は今の薄暗い場所が好きだった。

 配管から滴る水が通り行くコンクリートの地面、空色の蛍光灯、視界を惑わす複雑な構造は壁面と奥行を曖昧にさせる。そして、何より―――ただ一つの若木が大型のスピーカーに根を絡ませながら聳え立っている、そんな特別な地から離れたくなかった。

 しかし、やがて、暇になる。ポケットの中には昨日とは異なるスマートフォンが入っており、それは空間に映像が投影される代物だった。額に合わせて若木や配管の写真を撮ってみるが、閲覧の方法が分からず、他の機能も使えない。

 土地を埋め尽くす配管は何のために存在するのか、戦闘機は何のために交戦するのか、そんな疑問を思い浮かべながら元の場所に戻り、再び列車を待ち続けた。合成音声の案内と共に来たのは1本の鉄骨を滑る小さな列車で、それに乗ると風を斬りながら更に地下の空間へ、スクラップで作られた壁を高速で走り抜ける。やがては支柱の仕切りが半壊したコンクリート製・アーチ型のトンネルに遷り変わり、そして―――山岳地帯が姿を現した。感覚的に外気や湿気は分からないが、直感的に乾燥しており、何より―――〝古い〟という感覚があった。岩崖の先には無数の立方体で構成された《循環都市》と似た巨大構造物、あるいは要塞都市が朝日の手前で荘厳に存在を構えるが、そこでも、点のように小さい銀色の飛行物体が攻撃を仕掛けており、それも虚しくシールドによって防がれる。

 そこで、私は一つの真実を悟った。線が物体を貫通すること、己が世界を貫通すること、それらの共通点は構造体が自己相似性、則ち無限の密度を持たない故であり、対の〝それ〟は未知=真実の中に包まれており・・・暗黒惑星のように、掌の鉄球のように干渉を拒絶している。

 そこで、私は一つの仮説を立てた。真実を〝物理的〟に触れてしまえば、どうなるのか―――

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