二 喫茶店
リナが下宿している
さりとて
そんなわけで、あちこちガタのきている店内では、隙間風が吹いたり、そこから妖しい何かが出入りするのも
「すみませんね」
カサカサと部屋の隅で蠢く影から目を逸らし、ひとつため息をついたリナに、七生が申し訳なさそうに頭を下げた。リナは慌てて手を振る。
「あ、いえ、私の方こそ、お世話になってしまって……」
「別に構わねえじゃねえか。七生は家賃収入が増えるし、嬢ちゃんは手頃で安心な住処を得られる。俺も嬢ちゃんがいてくれて目の保養で
「三方よしの使い方違わないっすかね」
やれやれ、と七生は片眉を上げてリナに肩を竦めて見せた。彼もはじめは鷹生とのやりとりに戸惑ってはいたようだったが、何しろしゃべるカメ——詳細はいずれ後述する——がいつく古書店だ。何代か前の店主が自分より若い姿で現れたにしては、ずいぶん動揺は少ないようだった。あまりにも鷹生が人間じみているせいかも知れない。
いずれにせよ、空いた二階の二部屋でご先祖と留学生が居候しているというのはめったにないことだろう。
「しかし平時だってのに、本が売れねえのは世も末だなあ」
「今は娯楽も多いですからね。この辺りも後継がいなくて閉店する店も多いし」
なかなかに厳しい現状らしい。確かにリナから見ていても、街中で本を読んでいる人はほとんど見かけない。
「いっそ店の半分をカフェに、みたいな話も出てはいますけどね」
「かふぇ? 喫茶店かあ。確かにのんびり本が読めるならそっちの方がよさそうだな」
無精髭の顎を撫でながら、まんざらでもなさそうにしたり顔で頷く鷹生に、七生がやれやれともう一度ため息をつく。
「代々そんなんだから繁盛しないんでしょうねえ」
「いいじゃねえか。本なんて読んでみないと中身がわからねえ。茶でも
「誰が珈琲や茶を出すと思ってるんです?」
「そりゃあ店主か店番だろう」
からからと笑う鷹生はつい、とリナの顔を覗き込んでくる。
「嬢ちゃんはどう思う?」
「どうって何が?」
「ここの店半分が喫茶店になれば、お前さんも常連になるか?」
「美味しい珈琲とお菓子があれば?」
彼女の故郷では仕事や勉強の合間に友人や家族と、美味しい飲み物やお菓子とともに休憩時間を楽しむのは大事なことだ。珈琲という単語が休憩時間そのものを表すほどに。こちらではまだなかなかそういったことを楽しむ余裕がなかったけれど。
そう伝えると、鷹生はふぅんと首を傾げてから、ならまずは市場調査だな、と笑って立ち上がる。
「おい、七生。この近くに美味い菓子と珈琲の店はあるか?」
「ええと、一本裏の通りに若者に人気のお店がいくつか。地図を出しましょうか?」
「いや、近くなら歩けばわかるだろ」
そう言って、返事も待たずに鷹生はリナの手をとってもう店を出ようとする。
「え、鷹生? ちょっと待って、まだ今日の宿題も——」
「合間に休みをとるのが大事なんだろう? 嬢ちゃんの故郷の風習にも興味があるしな」
そう言ってからりと笑われてしまえば逆らうのは難しい。それに、誰かと
こくんと頷いて手を引かれるままにのれんの外に出ると、低く笑いを含んだ声が耳に届いた。
「……市場調査って、結局デートに誘いたかっただけじゃ」
思わず頬を赤らめてリナが傍らを見上げれば、ニッと口の端を上げ、こともなげに笑う眼差しとぶつかった。リナを見下ろすその瞳はごく楽しげで、けれどほんの少しだけ、ちらりと悪戯っぽい光が浮かぶ。
ぼっという小さな音と共に微かに焦げ臭い匂いが漂ってきて振り返れば慌てたように前髪を払う七生の姿が見えた。
「うぁちっ⁉︎ ちょっと、火気厳禁‼️」
叫ぶ七生に対し、くつくつと笑う鷹生にはかけらも悪気はなさそうではあったけれど、こんな悪戯で下宿先を失っては困るから、リナは鷹生にしっかり釘をさしておこうと胸に刻んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます