三 飛ぶ
時折、まるで現実のような手触りの夢を見ることがある。自分でもそれが夢だとわかっていて、ふわふわと漂うように夢の中で空を飛んでいる。
「夢とわかってその中で遊んでいると、
「とらわれる?」
故国の夏の昼下がり、大きな木の下に備え付けられた二人がけのブランコに揺られながら、祖母は大事な秘密を話すように囁き声でそう彼女に告げた。
「夢の中では何だってできる。想像の翼を広げて強く願えばね。夢と知らずにその中で
祖母の声は穏やかではあったが、もう景色を映すことのないわずかに濁った紫の瞳は真剣だった。
鳥のように、とはいかないもののふわりふわりと空に浮かぶ中、たくさんの
そうして眼下に見慣れない服に身を包んだ見慣れた姿を見つけ、リナは思わず息をのんだ。子供たちの前に膝をついて頭を撫でながら笑いかけるその顔は、疲れては見えるものの、彼女の知っている様子とさほど変わらないのに。
ふ、とその視線が彼女を捉えた。驚いたように目を見開き、ゆっくりと立ち上がって、宙に浮かぶ彼女の前に歩み寄ってくる。
「噂に聞く天の御使いか、それとも死神の方か? いや、こんなに綺麗なんだ、
「
「俺のことを知ってるのか?」
くたびれた軍服に身を包んだ鷹生は、さして驚いた様子もなく彼女の方に手を伸ばしてくる。しゃべるカメがいつく古書店の主人であった彼は、不可思議なことにもあまり動じないのだろうか。そう考えて、リナはこれが夢だと思い出す。おそらくは、ただの夢でないことも。
これはもう戻らない遠い過去の記憶だ。けれど、夢の中ならこの先に待ち受けているであろう悲劇から彼を救えるだろうか。
「どうした、そんな悲しそうな顔をして」
優しく笑う鷹生の笑みには現世では見せない
「綺麗だな、嬢ちゃんは。金の髪がまるで翼みたいだ。そんなふうに自由に飛んでいけたらさぞかし気持ちがいいだろうなあ」
どこまでがただの夢で、どこまでが鷹生の記憶だろうか。こんなふうにいつかも空を見上げていたのだろうか。
「さあなあ。ずっとお前さんを知っていたような気もするし、全部が夢だったような気もするな」
ふ、と意識が浮上する。目を開けると、目の前に穏やかな目をしたいつもの着流し姿の鷹生の姿があった。藍染の浴衣を着て、片膝を立てて団扇をあおいでいる。
「赤ん坊が年寄りになってあの世に旅立つくらいの昔のことだ。嬢ちゃんが気に病むようなことは何にもねえよ。あの時あの綺麗な天使を見たおかげで、果てない闇の中でも俺は俺の
頬に触れた大きな手の濡れた感触で、リナはようやく自分が泣いていたことを知る。あれが夢であったのなら、自由に飛んで連れ出してしまえればよかったのに。
そう思った途端、つう、とまた一筋涙がこぼれた。
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