29.食事

 それから数日後、馬陸ヤスデで拘束された男女のうめき声が響く、広めの廃墟が、その壁を瓦礫や植物が補填し、無理やり雨風がしのげようになった部屋の、土に直接、布が敷かれただけの床で、トーリは少し暗めの、特殊だが、綺麗な花があしらわれた民族衣装をまとい、蛭を枕にして、うつぶせに寝っ転がっている。

 その背中には、トーリの背中を覆う程の、大きさの蛞蝓が這いずる。


 トーリが、うつ伏せになっている横を、うねるように進む、毛虫が、手元までくると、その毛を、抜くように摩り撫でる。その周りには、それ以外にも、蜘蛛や死出虫、芋虫など、いろいろな小型の《蟲》が這いずっている。


 やがてトーリは、背中を這う蛞蝓を剥がすと、寝返りをうち仰向けとなると、蛞蝓を抱きかかえるように、持ち上げる。持ち上げた蛞蝓の粘液が垂れ、トーリの顔にかかる。


 それにトーリは、その目を粘着質に細め、湿り気のあるニヤつきを浮かべる。

 そしてその蛞蝓を胸の上に降ろすと、袖で顔を拭う。


 すると部屋の扉がノックされ、慣れた様子で、明るい髪色をした中年女性が「トーリちゃん、ご飯、できたわよ」と言い、入って来る。

 トーリは起き上がり、中年女性を見る。


「やっとかい? いやぁ、シュカの料理はおいしいからねぇ。毎回、待ち遠しいよ」

「あら、嬉しいこと言ってくれるのね」


 肩に蛞蝓を脇に抱え、芋虫を体に巻き付けながら、立ち上がるトーリに、シュカは嬉しそうに微笑み、そう返す。

 そんなシュカに、トーリは微かに首を傾げ「ん? けっこう本気だよ?」と微笑む。

 シュカは「ふぅん」と呟くと、「じゃあ、行きましょ?」とトーリの手を引く。

 トーリは、それに逆らうことなく、シュカについていく。





 やがて二人は、シュカの暮らす家に着き、入っていく。

 二人が中に入ると、胡坐をかき、床で食事をとっている、暗い髪色をした中年男性が、二人を振り向く。


「お帰り、シュカ。いらっしゃい、トーリちゃん」


 中年男性は、そう言い二人を出迎える。

 シュカは「ただいま」と返すと、食事を作るスペースに入っていく。


 トーリは、外では被っていたフードを、部屋の中に入ると取り、中年男性を見る。


「お邪魔するよ、リクロ」


 トーリはそう言うと、リクロと呼んだ中年男性の隣に腰掛け、胡坐をかく。

 それにリクロは「いらっしゃい」と言い、トーリを迎え入れると、その肩に張り付く蛞蝓を、マジマジと見る。


「ほんとトーリちゃんは、《従魔》が好きなんだね」


 そう言うと、リクロは、蛞蝓の長い目を、優しく指先で触る。しかし蛞蝓は、すぐさま目を引っ込める。


 そこにシュカが自分の分と、トーリの分の食事のお盆を持ってきて、トーリの向かい側に座ると、トーリと自分の目の前にお盆を置く。


 そんなトーリは目の前に置かれたお盆を、一瞬、見て、リクロを横目で見ながら「まぁ、可愛いし」と言うと、お盆に視線を戻し、シュカの料理を突くように食べ出す。

 そんなトーリを見て、リクロは、また料理を食べ出す。


「娘を連れ戻してくれて、ほんとに、ありがとうねぇ」


 料理に目を向けながら、リクロはそう言う。

 トーリは、そんなリクロの言葉に、面倒そうに、存在感の薄い、しかしそれゆえの奇妙な鋭さを持った下がり眉を、眉間に寄せ、更に下げる。


「リクロ、いったい何回、言うつもりだい」

「ほんとに、感謝してるの」


 気だるげな声色のトーリも言葉に、シュカが間髪入れずに、そう返す。

 そんなシュカを、トーリは料理を食べながらも、横目で見る。


「別に、私はそう褒められたことをしたわけじゃないよ。知ってるだろ? 治る見込みはないって」


 そんなトーリの言葉に「でも、可能性はある、って族長が」と嬉しそうに言う。

 シュカの言葉に、リクロも頷く。


「あぁ、私たちは、可能性をくれただけで」


 そう言うリクロを見つめ、シュカも「えぇ」と頷く。


 そんな二人を見て、トーリは「ふぅん」と気の抜けた呟きを漏らす。

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