30.刻印
「それにしても、君たちって、面白い能力使うよね。あれって、どんな能力なの?」
トーリは、料理を食べながら、シュカを見て、言う。
そんなシュカは、少し首を傾げながら、トーリを見る。
「あぁ、私たちが使う能力は《
そう言うと、シュカは、近くの、床としている布の上に落ちている、壁から剥がれたコンクリートの破片を拾う。
そして自分の食べ終わった食器を取ると、指先から光を放ち、その指先で食器の表面をなぞる。すると指先がなぞった通りに、光の軌跡が浮き上がり、奇妙な文字のような紋様が浮き上がる。その紋様は、食器に染み込むように、刻まれる。
すると食器は、コンクリートを、引き寄せ、分解し、バラバラとなったコンクリートを、まとわりつかせる。
「こうやって《刻印》の紋様を刻んだ対象に、影響を与える能力でね。紋様の形状によって与える影響も変わって来るの。この《刻印》の力は〈包囲〉で、この《刻印》を刻んだ対象に、周りの物質をまとわせることができるのよ」
そう言うと、コンクリートで覆われた食器を、お盆の上に戻す。食器がお盆の上に置かれると、食器を覆っていたコンクリートが、剥がれ落ちる。
「私は、これしか使えないけど、それ以外に、刻んだ対象が他の物質を取り込むことをできるようにする〈影響〉と刻んだ対象を動かせる〈強制〉があって。で、このすべての《刻印》を合わせることで、〈支配〉の《刻印》を刻むことができるの。この〈支配〉の《刻印》の効果が、私たちが操の一族って呼ばれてた理由なのよ」
そう解説するシュカの顔を、トーリは興味深そうに聞いている。
「でね、この〈支配〉の《刻印》を扱える数少ない人たちだけが、使える能力が〈ゴーレム・クリエイト〉。《刻印》を刻んだ物質を、生き物のように動かすことができる能力で、その《刻印》を使える人たちは、《ゴーレムマスター》って呼ばれててね」
そんなシュカの顔を見つめながら、トーリは「なるほどねぇ」と言う。
トーリの言葉に、シュカは微笑み、頷く。
「でも、本当にすごいのは、一族の一員なら、流石に〈支配〉の《刻印》とかは難しいけど、〈包囲〉くらいなら、少し練習するだけで誰でも使えるようになるのよね。確かに《召喚》みたいな、強力な力は、ないけど。壁を作るくらいなら、子どもでも使えるの」
「へぇ、やっぱ、けっこう面白い力だなぁ。なんか、ちょっと《付与》ぽい。それに誰でも使える、か。この国の《エンチャンター》を要する、大規模ギルドの一つ〖聖位要塞〗の《付与》の使い方に、似てるね」
そんなトーリの言葉に、今度は、シュカが、トーリを見る。
「たぶん、私たちの使う《刻印》は、《召喚》や《従魔》、そして《付与》みたいな、人類が使う、基本的な能力が組み合わさって、派生した能力じゃないかな、って思ってるのよね。たぶん《刻印》の、大本は《付与》の派生で、《召喚》の性質で効果を呼び出して、《従魔》の性質で能力外の対象に影響を与える、みたいな?」
トーリは「ふぅん」と呟き、少し考え込むように、ひび割れが目立つコンクリートがむき出しの天井を、見つめる。
「て、ことは、もしかして私も《刻印》使えるのかな?」
そしてシュカに視線を落としながら、トーリは問いかける。
そんなトーリに、シュカは困ったように顔をしかめる。
「あぁ、ごめんなさい。《刻印》は、一族の血を引いてる人しか、使えないの。この力は、血の繋がり大事で。ご先祖様たちの歩みを、血っていう繋がりを介して、引き出す力だから」
シュカは、申し訳なさそうに、小じわの溝を深めながら、言う。
トーリは「そっか」と無表情ながらも、少し残念そうな声で呟く。
そんなトーリの肩をシュカは引き寄せ、油でテカる、ボサボサの長い髪を撫でる。
「でも、もしもトーリちゃんが良いっていうなら、うちの若い子と結婚とか、どう? トーリちゃんが使えるわけじゃないけど。でも、その子どもは、私たちの力を使えるわ」
「ん? 君たちの力って、血の繋がりとか、大事なんでしょ? 私が入ったら、力が弱まったりとか、しないの?」
シュカに抱き寄せられながら、される提案に、トーリはそう聞き返す。
「あぁ、それは大丈夫よ。私たちの能力は、時間をかけて少しずつ、変化していくもので。新しい血が入ったとしても、変化が少し早くなるだけで、別に力が弱まる、とかはないの」
トーリの問いかけに、シュカは、安心させるような声色で答える。
そんなシュカに寄りかかりながら、まだ少し料理が残っている器を見る。
「まぁ、でも、結婚かぁ。別に、まだその気はなくってさぁ。もうちょっと遊びたいん年頃っていうかね」
そう言うと、トーリは、覆いかぶさって来るシュカの顔を、その滑らかな瞼の流れで釣り上がる目の、上目遣いで見上げる。瞼が被さり、鋭いが、それゆえの透き通るようなあどけなさのある瞳が、シュカの顔を見つめる。
「あ、良かったらさ、シュカ。遊んでくれそうな、いい男、紹介してくれない?」
湿り気を持った陰りの彫り込みにより、浮き上がる、油ぎったあどけない甘さのある笑みを浮かべ、そう言う。
そんなトーリの言葉に、シュカは驚いたように微かに目を開き、少し頬を赤らめる。
「あ、あら。トーリちゃんったら。わ、ワイルドね」
そして、戸惑い気味に、そう答える。
「それじゃあ、トーリちゃん。どんな男の子が好みとか―――」
―――その瞬間、部屋の扉がノックされる。そして「シュカ、リクロ、ちょっといいか?」という断りの言葉と共に、ロクが入って来る。
ロクが入って来ると、トーリはすぐさま、民族衣装のフードを被る。
「あら、族長。どうかしたんですか?」
ロクにシュカがそう尋ねる。
ロクは「トーリは居るか?」と言いながら、部屋に入って来るとトーリと、そこに引っ付くシュカを見ながら「ちょっと、話したいことがあってな」と続けて、言う。
シュカは少し首を傾げると、腕の中のトーリを見下ろすと、次にリクロを見て「私たちは、いいですけど」と言う。そんなシュカに、リクロも頷く。
トーリは、シュカから離れると、少し残った料理の器を持ち、ロクに「ちょっと、待ってて」と返し、少し残っている料理をかきこみ始める
やがて料理を平らげ、口元を民族衣装の袖で拭いながら、立ち上がると、ロクを見て「じゃ、行こっか」と声をかける。
それにロクは、頷き、トーリを案内する。
――――――――
「仲間が治る見込みはない、って、彼らには、伝えないことにしたんだね」
トーリは、部族の生き残りを連れ帰ったときに、最初に案内された小屋の床に、胡坐をかき座り、お茶の入った湯呑を乗せたお盆を挟み、向き合って座るロクに、そう言う。
その言葉に、ロクは気まずそうに、視線を逸らし「あぁ」と頷くと、続けて「やはり、治す方法は、ないのか?」と悩ましい気な声色で、問いかける。
そんなロクを見ながら、トーリは、困ったように、舌を、少し出し、唇を、湿る程度に舐めると、フードに手を突っ込み、細かで鈍い動きで、頭をかく。
「無理、だね。少なくとも、今の状況だと」
そして少し俯くと「これは言うべきか、迷ってたんだけど、さ」と呟き、ロクに向き直る。
「実を言うと、数は少ないけど、正気を取り戻した例は、あるには、あるんだ。ただ、その人たちは、人類の中でも、かなり強かったし、精神的にも強かったし。でも、それが治った理由なのかすらも、分かってない」
あまり明るくはない声色の、そんな言葉に、ロクは、トーリを見る。
「なら、助かる可能性は、多少はあるのか?」
縋るような、ロクの問いかけに、険しい表情でトーリは、口を開く。
「あるかもしれない、けど。どっちにしろ、この国の医療機関がなければ、不可能で。でも、分かってると思うけど、この国で医療を受けるのは、ほぼ不可能に近い。この国は、君たちの存在を、許容しない。なんてったって、この世で最も不寛容な国の代名詞こそが【セキコ】だからね」
トーリの言葉を聞くと、ロクは、ゆっくりと俯き「そうか」と小さく漏らす。
二人の間に、しばらく沈黙が落ちる。
「でもね、【セキコ】は、同時に、最も寛容な国の代名詞でもあるんだ」
沈黙を破り、急にトーリは、ロクに、そう告げる。
ロクは、俯いていた顔を上げ、トーリに向き直る。
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