26.生き残り
「悪いことは言わない。やめておいた方がいいよ」
破れたフードから、片方だけ覗く、細く、鋭い目を、更に細め鋭利さの増した、険しい表情で、トーリは、そう言う。
そんなトーリの言葉に、
トーリは、そんな瘦せた男に、深い頷きを返すと、後ろに侍る、
「その爆発は、私も聞いてたよ。もし、この国で、あんな大規模な攻撃手段を持ってるとして、最初に思い浮かぶのは〖致命の熱〗っていう、大規模ギルドだよ」
トーリは蟷螂の粒子を吸収し終えると、改めて、部族の一団に向き直る。すると粘着質な重みを持った、鈍い歩みで、ゆっくりと、トーリは、瘦せた男に歩み寄っていく。
「そして、私は、実際に彼らが、その爆発が起こった方向に向かったのを、見ててね。ここまで条件がそろったなら、あれを起こしたのは〖致命の熱〗だと、普通なら、確信せざるを得ない」
そしてトーリは、痩せた男に、手が届くくらいの位置まで近づくと、止まり、瘦せた男を見上げる。
「彼ら〖致命の熱〗は、この国で、最も高い戦闘力を誇るギルドの一角でね。制圧能力だけで言ったら、さっき君たちがやり合ってた〖聖位要塞〗の比じゃない」
そう言い、トーリは、瘦せた男の肩に手を置く。
「防衛力特化の〖聖位要塞〗相手に、攻められて、あれじゃ、勝ち目がない。まだ残ってるかもだし、やめときな」
染み込むような手つきで、痩せた男の肩を撫でながら、トーリは言い含めるように言う。
瘦せた男は、険しい表情で「それは、しかし」と言い淀む。周りの一団も、不安そうにしている。
そんな痩せた男を見て、トーリはため息をつき「まぁ、仕方ない、か」と呟くと、困ったような苦笑を浮かべ、痩せた男の、肩を、軽く叩く。
「どうしても、ってなら、私が見に行ってくるよ」
瘦せた男は、そんなトーリを、怪訝そうに見下ろし「なぜ、そこまで?」と聞く。
トーリは、そんな瘦せた男たちに背を向け、黒い粒子を溢れさせる。
「そんなこと言ってる場合? まずい状況なんでしょ?」
そう言いながら、黒い粒子が収束し、
そんなトーリを見つめ、迷うように黙り込んでいた瘦せた男は、最後には「頼む」と投げかける。
瘦せた男の、その言葉に、トーリは蚰蜒に乗ると、片手を上げ、その場を去っていく。
トーリは、来た道を、しばらくたどり、部族の一団が見えない所まで来る。そして体を、微かに揺らし、楽し気な微笑みを浮かべる。
「はてさて、生き残りが居てくれればいいが。もしかしたら、あの部族に保険を仕込めるかもしれないからねぇ」
そんな呟きを漏らすトーリを乗せ、蚰蜒は、細やかな脚の動きで、荒野を進んでいく。
廃れた荒野を、駆ける蚰蜒に乗り、トーリは〖致命の熱〗と〔ブレイン〕との戦場跡の、屋敷があった場所に続く、方向に進んでいく。
やがて戦場跡の、トーリが生み出したクレーターが、うっすらと確認できるところまで来る。すると少し先に、数人の倒れた人間たちが、見えてくる。
トーリは、そんな人間たちを確認すると、蚰蜒の速度を落とし、蚰蜒から降りると、その人間たちに近寄る。そして倒れている人間たちを、破れたフードから、片方だけ覗く、その鋭い目で見下ろす。
倒れている人間たちの服は、皆、一様に薄汚れ、破れ、怪我まみれでボロボロとなっていた。しかし、なんとなくその怪我人たち服の形状は、先ほど、トーリが別れた、民族の一団の、風変りな衣装の面影を宿していた。
「へぇ、生き残りが居るとはねぇ。ラッキーだ。まぁ、でも、なんかできすぎな気もするけど」
倒れている人間たちの内の一人である、幼さを残した少女に視線を向け、そう言うと、トーリの胸元から芋虫が這い出て来て、背中が割れる。すると、その中から、一匹の尺取虫が現れ、倒れている人間たちに一人ずつ、張り付き蚰蜒の背に運んでいく。
やがて全員を、蚰蜒の背中に乗せ終えると、尺取虫を、芋虫に<収納>し、また蚰蜒に乗り込む。
すると蚰蜒に乗せられた一人の、少女の、細かい睫毛が縁取る、幼い薄さを持った瞼が、微かに開き、トーリを、一瞬、見ると、すぐさま閉じられる。
そんな少女の視線に、トーリは気が付くことなく、蚰蜒を走らせる。
―――――――――
日も暮れ始めた頃に、蚰蜒に乗ったトーリは、民族の一団と出会った場所まで戻って来る。
そこには、まだ数人の民族の者たちが残っており、トーリは、蚰蜒から降り、民族の生き残りを背に乗せ運ぶ蚰蜒を引き連れ、その者たちの案内に従い、民族が占拠している区域にたどり着く。
民族の占拠する、かつては住宅街であっただろう区域には、ボロボロの廃屋が立ち並び、崩れかけた部分は、即席の瓦礫や植物で補われ、みすぼらしくはあるが雨風がしのげる建物となっていた。
トーリが、民族の者に付いて、その区域まで入っていくと、何人かの民族が出迎え、その中に民族のリーダー格の、痩せた男もいた。出迎える瘦せた男に、トーリは手を振る。
痩せた男は、そんなトーリを確認すると、「どうだったっ」とトーリに聞きながら、速足で近づいてくる。
少し瘦せた男を見ると、トーリは後ろの蚰蜒に、横目を向ける。すると蚰蜒は、その身を低く伏せる。
「運よく、何人かは、見つかったよ。まぁ、少ないのは、申し訳ないけど」
トーリは、運んできた、数人のボロボロな、その姿に一瞬、視線を向け、気まずそうな声色で言う。
そんなトーリの言葉に、悲壮で、複雑な表情を浮かべる。
「いや、そんなことはない。恩に着る」
瘦せた男は、そう無理やりな笑みを浮かべると、隣にやって来た仲間に、視線を向ける。
その一人の仲間は、暗い表情で頷くと、他の仲間に視線を向け、頷き合う。そして彼らは、皆、一様に暗い表情で、蚰蜒の背に乗る、無惨な姿の仲間を降ろし、運んでいく。
そんな仲間たちを横に、痩せた男は、トーリに、深く、頭を下げる。
「仲間を運んできていただき、感謝の言葉もない。我ら、〖操の一族〗の代表として、お礼申し上げる」
そんな痩せた男に続け、周りの仲間たち〖操の一族〗と自らを称する、民族たちは、深く、頭を下げる
硬く、感謝の念を伝えて来る部族に、トーリは少し面倒そうに口の端を引き下げる。
「あぁ、そんな堅苦しくしなくていいよ。そういうの、ガラでもないんでねぇ」
そう鬱陶しそうに、トーリは、手を振ると「それはそうと、ちょっと君」と、痩せた男を手招く。
そんなトーリに、痩せた男は近づいていく。
トーリは、横目で、怪我人を降ろし終えたのを確認すると、蚰蜒を黒い粒子にして、吸収する。
「ちょっと、話したいことがあるから、どっか人のいない所に行きたいんだけど」
トーリは、そう他の一族の仲間の様子を気にしながら、言う。
彼らは、なにも聞いていないように、怪我人の対処に当たっている。
瘦せた男は「分かった」と一言答えると、トーリに背を向け、歩いていく。それにトーリも付いていく。痩せた男を追いながら「私はトーリ。よろしく」と名乗る。痩せた男は「ロクだ」と名乗り返す。そしてロクは、トーリを連れたって、その場を去っていく。
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