24.雨

 トーリは顔の横に降りてきた土の兎に、一瞬、目を向けると、その薄く、細い、陰りのある鋭さで下がる、奇妙な儚さのある眉を、困ったように、更に下げ、まず自らを押さえつけている白い軍服の男を見上げると、次に同じく白い軍服を着た、歩いてくる男たちを見上げる。


「いやはや、こんなに早く見つかるとは。となると〖仲介屋〗かな?」


 トーリの問いかけに応えることなく、白い軍服の男たちは、光に囚われ、這いつくばるトーリの前まで来ると、止まり、見下ろす。


「にしても、女の子を、こんな風に恥ずかしめるのが、国の守護の要である、高潔と名高い紳士たちの仕事とは。聞いてあきれるねぇ、〖聖位要塞〗?」


 陰りのある、楽しさをにじませる、純度のあるあでやかな笑みを浮かべ、〖聖位要塞〗の男たちに、問いかける。


 〖聖位要塞〗の男たちは、トーリを見下ろすめを、鋭くする。そして一番先頭に立つ、髪が短い壮年の男が細やかなヒリつきのある、神経質な動きで、微かに首をかしげると、後ろに控える部下の男たちを見る。


「お前たち、コイツが、そこのしげみに何を隠したか、確認してくれ」


 先頭の男の指示に、部下の男たちは「はい」と答えると、その中の一人が、トーリがサナギを隠した茂みを確認しに行く。


 するとトーリは「ちょっとぉ、無視?」と、唇を尖らしながら文句を言う。


 壮年の男は、その文句に聞く耳を持たず、茂みを確認しにいった、部下の男を見つめる。やがて部下の男は「何もありません!」と答え、小走りで戻って来る。

 そんな部下の言葉に、リーダー格の壮年の男は、少し、首を傾げ、次にトーリを見下ろし、睨みつける。


「それで、荷物運び。貴様、いったい何の用だ? 応援に来たとでも言うつもりか?」

「そうそう、そうなんだよぉ。我が物顔で居座ってる変な民族? かなんかの対応にかかりきりになってるんでしょ?

やっぱり、〖聖位要塞〗の皆様に、日頃からお世話になってる、一市民としましては、心配ですし?

何か手伝えることがあればなぁ、って」


 先頭に立つ、リーダー格の男に、トーリは、その鋭い目を、更に細め、柔和な微笑みを作り、答えると「で、どうよ? 上手くいってる?」と聞く。


 そんなトーリに、隊長は、表情を険しくする。


「貴様のような、胡散臭うさんくさい応援を、呼んだつもりはない」


 隊長の返答に、トーリは「そっか、そっかぁ」と悲しそうに呟き、俯く。その浅く滑らかな、幼いやつれをした頬に、湿った陰りが、かかる。そしてトーリを背中から、押さえつける白い軍服の男を、見る。


「まぁ、悲しいけど、人の善意を、素直に受け取れない奴らは、ただで帰すわけには、いかないよねぇ」


 トーリがそう言うと、〖聖位要塞〗の隊員が確認した茂みから、大きな蟷螂カマキリが粘度のある、重力の質感を強く感じさせる動きで這い出て来る。


 リーダー格の男は、焦った表情で、先ほど茂みの確認に行った、部下を見る。

 部下は、首を、強く横に振る。


 その間にも、トーリを押さえつける男は、すぐさま反応するが、男が動く、その数舜前に、蟷螂の鎌が、男の首を落とし、トーリの背中に貼られた紙も切り落とす。

 同時にトーリを拘束していた光も、霧散していく。


 すぐさま、トーリは立ち上がると、胸元から、い出て来ていた芋虫の、その背中から両腕で抱える程の、ハエが現れる。そして蠅は、その体に黒い光を纏ながら、飛翔ひしょうしていく。

 するとその光は蠅から分離すると、いくつかに分かれ、分かれた光は一回り小さい蠅の姿となる。そしてその小さい蠅も、またその体から黒い光を放ち、更にいくつかに分かれ、同じく小さい蠅となる。

 そんな風にして、蠅は、一気に数を増やしていき、すぐさま空をおおいつくすほどとなる。


 トーリは、大量の蠅によって、真っ黒になった空を見上げる。


「どうだい? ここら辺で、引いてくれないかな?」


 そんなトーリに、〖聖位要塞〗の男たちは、警戒した、険しい表情で、トーリを睨みつけ、隙をうかがっている。

 するとトーリは、そんな〖聖位要塞〗の男たちを見ながら、ため息をつく。


 その瞬間、大量の蠅によって、暗くなった空から、次々と蠅と同じくらいの大きさの、何かが降って来る。


 〖聖位要塞〗の男たちが、トーリを警戒しながらも、地面に降ってきた何かを見る。

 するとそこには、両腕で抱えるほどの巨大なヒルが、うねりながら、〖聖位要塞〗の男たちの足元に絡みつく。

 トーリは地面でうごめき、民族たちの戦場までも、覆いつくす、蛭を見下ろす。


「このヒルちゃんたちは、〈継続ダメージ〉と〈じばく〉の〈スキル〉を持っててね。これが、どういうことかは、分かるよね?」


 トーリは陰険な微笑みを浮かべながら、リーダー格の男を見つめ、言う。


 リーダー格の男は、舌打ちし、そんなトーリに背を向け「引くぞ」と部下に声をかけると、その場を去っていく。それに続いて、民族たちと争っていた〖聖位要塞〗も含め、去っていく。

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