15.“拡張性質”

 その後、トーリは肉片が散らばる路地裏の壁際の一角に、蚰蜒ゲジゲジ蜻蛉トンボで、バラバラになった死体をまとめる。死体をまとめた山の中に入っていく≪蟲≫を見つめる。


「しまった、ちょっと遊び過ぎちゃったなぁ。さっさと逃げないと。トンボちゃん」


 トーリは、蟷螂カマキリと蚰蜒を黒い粒子に変換して、吸収すると、蜻蛉に運ばれその場を去っていく。





 そして蜻蛉に運ばれるトーリは、死体が積み重なる裏路地から少し離れ、やがて住宅街を見下ろせる、少し高い建物の屋根に降り立つ。トーリは、屋根に座り込み、荷物を置くと、その中から双眼鏡を取り出し、裏路地の入口を見張る。


 裏路地の入口近くでは、住民が集まり出しており、恐る恐る中の様子を伺っている者もいる。


 しばらくすると、スーツを着た男たちの集団がかけてくる。その先頭では、ひときわ仕立ての良い黒いスーツを着た男が、他の男たちを率いている。

 その男たちは、集まり出している住民をかき分け、路地裏に強引に入り込んでいく。


 男たちが入っていき、そして少しすると路地裏から大爆発が起こる。爆発は、住民たちを巻き込みながら、辺り一帯を破壊する。


 トーリは双眼鏡をのぞくのを止めると、陰険いんけんな微笑みを浮かべる。


「こんな使い古された手に引っかかるなんて。思ってもなかったよぉ。いやぁ、これで彼らも立派な爆弾魔だ。これならレイスたちも〖トグロ〗を処理しやすくなるでしょ」


 そしてまたトーリは双眼鏡を覗き込む。


 すると半壊した路地裏から、一人の仕立ての良い服を着た、他の〖トグロ〗の構成員たちを率いていた男が無傷の姿で、歩きながら出て来る。

 そのガタいの良い体には、目に見えるほど分厚い風の体を持った、長い蛇が、巻き付いている。同時に、男の体から光の粒子が溢れ出る。


 そんな男の様子に、トーリは双眼鏡を覗き込みながら、小首を傾げる。


「あれは《霊獣スピリット》の、風を司るタイプの《シルフ》か。風を使って爆発から逃れたか。何かするつもりだ?」


 トーリがそう呟いた瞬間、男の近くに大盾程の兜虫カブトムシが現れる。すると兜虫の頭の外骨格に光が収束していく。


「まずい、〈サーチ〉だ。この位置もバレるな。トンボちゃん、すぐ逃げるよ」


 トーリはすぐさまリュックを掴むと、蜻蛉に指示を出す。

 その瞬間、不自然な突風がトーリの脇をすり抜けていく。その瞬間、トーリの動きが硬直する。トーリの動きが止まっている間に、兜虫のサーチの波紋はもんも、またすり抜けていく。


「しまっ! この風っ! “拡張性質かくちょうせいしつ”っ! まずっ―――」


 ―――その瞬間、急に兜虫がトーリの目の前に現れ、すぐさまトーリに向かって凄まじい勢いで突進してくる。兜虫は、トーリの右半身を貫き、肺のある位置ごと、失う。

 トーリは大量の血を吐き出しながら、倒れ込む。


 しかしトーリの失った右半身が、すぐさま何事もなかったかのように元に戻る。


 トーリは荒い息を吐き、唇の端から、血が混ざり、糸を引きながら垂れるよだれを拭いながら、もう片方のふるえる手をリュックに伸ばす。

 トーリの胸元からは、黒い粒子が溢れ、その体に吸収される。


 するとトーリが手を伸ばしたリュックの近くの空間に切れめが生まれ、まくが裂けるような粘度のある動きで開く。裂けめが開くと、その奥には見通せない程の、湿り気のある闇が広がっている。

 トーリがその闇に触れると、トーリの姿は闇の中に吸収されて、右半分の上半身が無くなった衣服だけが残る。


 トーリを吸収し、その闇はリュックを通過すると、閉じ、消えてしまう。



―――――――――


 その日の夜、トーリは、右側の袖を失ったローブをまとい、夜道を歩いていく。


 トーリは露出ろしゅつする右上半身を左腕で覆う。街の微かな光が照らす、トーリの左腕の皮膚は、病的なにごりを有したかのような白さを持ち、青くこまやかな血管は、揺らめきのにおい立つ絡み方を持って浮き上がる。

 トーリの右胸部を隠す左腕の袖が、ひるがえり、幼く浅い柔和さがならしたような薄さを持つ胸部のふくらみが、わきの隙間から微かにあらわとなる。

 浅い柔和さが強くなじむ、不思議な鋭さを有した胸部の流れは、そのひどく浮き上がったあばら骨に流れ付き、馴染なじむ。傷のような湿りを持った掘り込みにより浮き出た、もろい鋭利さを持った細やかな骨のつらなりが、あばら骨を、形作る。


「あぁ、もう、酷い目にあった。まったく、ブラまで破けたし、あんなの女の子にすることじゃないでしょ。あぁあ、せっかく今夜は遊ぼうと思ったのに、きょうがそがれたぜ」


 トーリはため息交じりの、気だるげな湿り気を持った声で、愚痴ぐちるように言う。


「それにしても、まさか〖トグロ〗が《サモナー》を飼ってるとはねぇ。《召喚サモン》使えるだけで、珍しいのに。

しかも更に高度な《召喚》体がつかさどる現象の、その性質の影響範囲えいきょうはんいを広げる“拡張性質”までできるとか。どっから見つけ出してきたんだか」


 トーリはフードの上から頭をかきながら、歩く。その体から黒い粒子が溢れ出す。


「あの〈シルフ〉の風。見るに、風のまとわりつき、押しとどめる性質の、影響範囲を、状態にまで拡張した、ってところかな?

状態にまで、まとわりつき、その状態を押しとどめ、維持する風。状態を押しとどめることで、一時的に動きを止めた、と。それで爆発が効かなかったんだろうね。自分の周りを、風によって、爆発が起こる前の状態に維持した。

ほんと《召喚サモン》って、インチキな能力だよ」


 黒い粒子がトーリの首元に収束し、そして芋虫が、首に巻き付いた状態で、現れる。


「いつも、ありがとねぇ、イモムシちゃん。イモムシちゃんたちが居たから、なんとかなったよぉ。あぁ、また《蟲》ちゃんたちを〈収納〉し直さないとね」


 トーリは、夜の街を歩き、そのままビジネスホテルに入っていく。

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