14.お昼ごはん

 トーリを運び飛ぶ蜻蛉は戦闘の後で、ところどころ被害を受けた住宅街まで降下し、トーリはそのまま降り立つ。

 そしてトーリは軽く地面に飛び降り、そんなトーリの近くを蜻蛉は旋回せんかいしている。


 蜻蛉に、トーリは少し見上げるように顔を向けると、腕に抱いた団子虫を、芋虫の背中に収納する。

 団子虫が芋虫の背中の割れ目に入っていくと、入れ替わるように馬陸ヤスデが、十数匹、割れ目から這い出て来る。

 馬陸たちは粘液が糸引くような、奇妙な速度の動きで地面まで降りていく。

 そして馬陸たちは、トーリの足元で、影が落ちたかのような粘着質な速やかさのある動きで、広がり、絡まり合うようなとぐろを巻く。


 すると油ぎったかのような、湿り気を持った低い羽音を立て、揺らめくような鈍さのある飛び方で、二匹のセミが降りてくる。

 一匹はトーリの上腕から肩に、まるで防具のように張り付く。

 そしてもう一匹の蝉は、その頭に乗る。


 トーリはその油が混ざるケチャップやマスタードを、自分のローブになすりつけると、その手で頭の蝉を撫でる。


「セミちゃんたちに持たせてる〈スキル〉は、〈カウンター〉と〈残機〉に、そして、もう一つが〈みがわり〉。

我ながら、なかなか面白い〈みがわり〉の使い方、思いついたよねぇ。

片方のセミちゃんが受けた攻撃を〈みがわり〉で、もう片方のセミちゃんに移すことで、どっちも〈カウンター〉を打てる、ってね。

しかも、押し付け合ってるだけだからダメージは消えることなく〈カウンター〉は発動し続けるし、その〈カウンター〉に、もう片方のセミちゃんを巻き込めば、威力まで上がり続けるんだなぁ、これが」


 トーリはそう言い、蝉の頭を撫でる手を止めると、二匹の蝉は、芋虫の背中の割れ目に入っていく。


 するとトーリは体から黒い粒子を溢れ出す。

 黒い粒子が収束すると、そこには巨大な蚰蜒ゲジゲジが現れる。そして蚰蜒と蜻蛉は、比較的高い位置から落下して、地面で倒れている〖トグロ〗の構成員たちに近づいていく。


 トーリは、その様子に顔を向けると、馬陸を従えて、黒い粒子を体から溢れさせながら、歩き出し、裏路地に入っていく。


 そして蜻蛉が、蚰蜒の背に、倒れ伏し、ほとんどが意識を失っているか、動けない十数人の〖トグロ〗の構成員たちを、乗せる。

 〖トグロ〗の構成員たちを運ぶ、蜻蛉と蚰蜒は、トーリの入っていった裏路地に、連れたって入っていく。




 薄暗い路地の壁際に、馬陸が巻き付き、動けない状態の〖トグロ〗の構成員たちが、並んでいる。


 細やかな影のように張り付く馬陸によって、構成員たちの服はきつく締め上げられている。


 構成員たちが並ぶ壁の、その上では、垂れさがる途中で状態を固定した液体のような、粘性のある黒茶の鎌が、構成員たちを、指すかのように静止している。

 構成員たちを指す、鎌の元をたどっていくと、裏路地を形作る壁同士の合間を、蟷螂カマキリが、またがり繋ぐように脚をかけて、構成員たちを、粘着質な弾みが踊るような、湿り気のある奇妙な静止で、その無機質な複眼で見つめている。


 そんな蟷螂の下で、トーリは並んだ構成員たちの内の一人の、若い男を見下ろす。

 するとその若い男の構成員が、うなり、目を覚ます。


「あぁ、起きたんだね」


 そう言うと、その背負っている大きなリュックを、並んでいる構成員たちの前に、降ろし、その隣に揺らめきのある粘度を持った動きでしゃがみ込むと、意識を取り戻した若い男と顔を合わせるように向き合う。


「それにしても、お兄さんさぁ、お昼ごはん食べた? お腹すかない? 知っての通り、私、食べ損ねちゃってさぁ」


 トーリは、そのままリュックの中を漁ると、一本のスコップを取り出す。

 そんなトーリに若い男は、睨みつけるような警戒した視線を向ける。


「あれ、どうかしたの? 私の顔になんかついてる?」


 若い男の、射貫いぬくような視線に、トーリはスコップを持つ手とは、逆の手で口元に触れる。すると口元についていた固まったケチャップが微かに剥がれる。

 トーリは「ん?」と呟くと、袖で口元のケチャップを、しっかり拭う。


「あら、ついてたかぁ」


 ケチャップを綺麗に拭い終えると、トーリは若い男に滑らかな微笑みを向ける。そして若い男の隣に並べられている男を、スコップで指す。


「ありがとねぇ。教えてくれて。お礼に、お昼ごはん、作ってあげる」


 すると巻き付いている馬陸が、更にきつく締まっていき、やがてバスケットボールより、少し大きいくらいの影が丸まったような球体となる。

 その球体に、蟷螂の鎌が、したたり落ちるかのように、伸びていくと、そのまま触れる。


「カマキリちゃんにはねぇ〈パリィ〉と〈先制技〉と、同時に〈解体〉の〈スキル〉を待たせてるんだ。〈解体〉は、本来、食材とかにしか使えないんだけど」


 蟷螂の鎌の先端が馬陸の球体に、触れたまま、一瞬の沈黙ちんもくが落ちる。やがて蟷螂の鎌が、馬陸の球体から離れ、丸まった馬陸が解けていく。


「でもね、例外があってねぇ。

ヤスデちゃんが持つ、この〈バインド〉の〈スキル〉で、拘束すると、

その対象を、物とか、食材とでも判定するのかな? 生きたままでも解体が使えるんだぁ。面白いでしょ?

完全に〈バインド〉が適用しきった対象は、たぶん、その瞬間で、状態が固定されるんだ。状態が一切変化しないから〈解体〉が生物だと判定しない、と考えてるんだけど、どうだろうねぇ?」


 馬陸が解けると、中から大量の血が溢れ出し、内臓が露出した男が出て来る。


 男は、ひどく吐血し、鼻血を流しており、飛び出しそうな程見開かれた目に、溜まった血が、流れ落ちる。皮や肉がこそぎ落されたかのように、やけに綺麗に露出した骨や内臓が、地面にまった大量の血にかっている。

 骨や内臓が露出した男は、少しすると湿った微かな唸りの混じる小さい呼気を吐き出すと、音を呑み込むかのような静けさで沈黙する。


 そんな男にトーリは小首を傾げると「あれ?」と呟き、スコップで指している男を見る。


「え? 死んだの? これくらいで?」


 そう言うと、男に巻き付いていた馬陸が、しゃがみ込むトーリの体を登り、芋虫に収納されていく。

曖昧あいまいな湿り気を持った首の動きで、怯えた視線を向ける男に向き直る。


「しまったなぁ、臓器さえ無事なら、少しくらいは生きてられる、って考えてたんだけど。生きたまま自分が食べられるところ、見ててもらおうと思ったのに。いやぁ、大切な人に、自分が食べられるの、見てる方が、絶対おいしいお肉になると思うんだよねぇ。なんていうか?

大切な人に食べてもらえる喜びみたいな?

見られてる方も、そんな気持ちを強く感じ取れるはずだから、もっとおいしく感じれるはずなんだ」


 するとそのまま、トーリは<解体>された男の内臓をかき回し始める。

 そんなトーリの行動に呼応して、意識を取り戻した男以外の、残りの構成員たちに絡みつく馬陸が球体となる。


 トーリのかき回す胃や大腸、小腸が破け、肉片に糞尿ふんにょうや消化液が混ざり、異様な鉄みの強い悪臭が充満する。


「でも、まぁ、そこまで丹精込める時間もないし。即席で申し訳ないんだけど」


 そしてスコップで肉片をすくうと、スコップの中の肉片を見せつけながら、意識のある男に向き直り、微笑む。


 男は、荒い息を吐きながら、大粒の涙を流しながら、トーリを見つめる。


 トーリはそんな男を見ると、獣じみた湿り気に濡れた動きで口角を釣り上げる。その白い頬に、湿り気のある赤みが、濡らすかのように浮く。


「どうしたのぉ、お兄さん? そんな顔して? せっかくのイケメンが台無しだよぉ」


 言葉とは裏腹に、油ぎった甘さに濡れたような、湿り気のある呼気交じりの声を出して、トーリは若い男の上に馬乗りになる。

 そしてスコップを持つ手とは逆の、もう片方の手で、男の顔を掴むと、恐怖で力の抜けた口をこじ開け、少し顔を近づける。


「そんな顔されると、困っちゃうよぉ。最近忙しくて、ちょっとご無沙汰ごぶさたでさぁ。あぁ、そろそろ風俗でも行って、いい男と遊びたいなぁ」


 油ぎった熱の浮くような、甘い、陰湿さのある吐息交じりに言う。


「まぁ、正直、万年、風俗通いってのも、悲しいんだけど。お兄さんみたいな相手、欲しいなぁ。ちょっと口臭いのが嫌だけど。ところで」


 そう言うと、トーリの頬の赤みが引き、いつもの冷徹れいてつな微かな青さの浮く白い肌に戻る。

 そしてその幼さのある薄い唇が微かに開き、湿り気のある闇にれた、やけに細やかな歯の連なりが浮く、口内の奥を見通すことができないような暗さを呑んだ、笑みを浮かべる。


 すると急にトーリは若い男の口の中にスコップを突っ込む。


「お兄さんの、ちょっといいとこ、見てみたい♪ 呑んで♪ 呑んで♪ 吞ーんで、吞んで、吞んで♪」


 若い男の口内が傷つくのにも構わず、トーリは肉片や土が混ざったスコップを、雑に押し込むと、即座にスコップを抜き取り、その口を強く押さえつけ、無理やり閉じる。


 若い男は、押し込まれる肉片に、激しくえずき、胃液とともに鼻から戻した肉片が、勢いよく噴き出る。

 トーリの頬に、裂くような鋭さで、ペーストの肉片や胃液が吹きかかる。


「ほらほらぁ、遠慮しなくていいんだよぉ。まだまだ、いっぱいあるからねぇ。お腹いっぱい食べさせてあげる」


 トーリは次々に手早く、若い男に肉片を詰め込んでいく。

 そんなトーリをよそに、蟷螂が、馬陸の球体に、鎌を当ていき、次々に解体で人間のペーストを作っていく。

 そして肉片を次々に詰め込まれている若い男は、胃の中の肉片を戻そうとする。


 その若い男の様子に、トーリは、若い男が嘔吐する前に体重をかけ、首を絞め上げる。若い男の口の端と鼻から、危うい鈍さのある、力のないゆっくりとした流れで嘔吐物が溢れ、垂れる。


「あぁ、ちょっと入れづらいなぁ。カマキリちゃん」


 トーリの言葉に蟷螂が、その鎌で、若い男の頬を深く切り裂く。すると若い男の、口の開閉のための筋が断たれ、開きっぱなしになる。


 そしてトーリは、楽しそうな笑みを浮かべ、蟷螂が作った構成員たちのペーストも、若い男の胃の中に押し込んでいく。

 すると若い男が失禁しっきんし、股から溢れた尿が、馬乗りになっているトーリのズボンを濡らす。


 トーリが、ズボンの湿りに気づくと、その楽しそうな笑みが、獣じみた卑しい甘さに濡れ始める。

 そしてズボンに、更に若い男の尿を擦りつけるような腰の動きで姿勢を整えると、疲れ切って、危うい脱力をしている若い男に、更に肉片を詰め込み続ける。

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