第3話 《トグロ》の内情
事務所に二人が近づいていくと、その途中の小道から歩いてくる、くたびれたコートを着た中年男性が、二人の方を見る。すると青年とトーリに向けて手をあげる。
そんな中年男性に、青年も手を挙げ駆け寄っていく。
トーリは、リュックを降ろして、荷物を解くと、またリュックを背負い直し、荷物を手に持ち直すと、青年と中年男性の元に近づいていく。
中年男性は、近寄ってくる青年を見ると、次にトーリに一瞬視線を向けると、すぐさま青年に向き直る。
「おう、お帰り。悪かったな、買い出し手伝ってやれなくて」
「いえ、大丈夫です」
申し訳なさそうな中年男性の声に、青年は何ともなさそうに短く答える。
次に中年男性は、青年から少し距離を置いたところに、大きな荷物を降ろす、トーリを見る。トーリは小首を傾げると、小さく手をあげて、中年男性に絡みつくような手つきで、微かに振る。
そして中年男性は、また青年に向き直る。
「あの人は?」
中年男性の言葉に、青年はトーリの方に、横顔を向けるくらいで、微かに振り向く。
「あぁ、あの人は、途中で手伝ってくれまして」
起伏の少ない声で、中年男性にトーリを紹介する。
中年男性は細い目を、一瞬、見開き、トーリを見ると近づいていく。そしてゆっくりと歩きながら、青年に視線だけ向ける。
「へぇ、気難しいお前が人に懐くなんて、珍しいこともあるんだな」
「別に、そういうわけじゃないですよ」
からかうような中年男性の言葉に、面倒くさそうに返す。
そして中年男性は、トーリの前まで来ると、少しかがみ、そこにある荷物を両腕で持ち上げる。立ち上がった中年男性は、トーリを見下ろす。
「ありがとな。あいつの相手してくれて」
中年男性は薄く浮いたほうれい線の掘りを深くし、笑って、トーリに礼を言う。そして青年の方に歩いていく。そんな中年男性に、トーリはついていく。
「ぜんぜんいいよ。ところで、君が彼に協力してるって人?」
中年男性は、ぼさぼさの前髪から微かに覗く眉を動かす。
「そんなことまで言ったのか。相当気が合ったんかね」
そういうと少しそっぽを向いている青年を見る。
「そう褒められたもんでもねぇよ」
「それは、知らないけどさぁ。でも、分かってるんでしょ? 彼の妹が無事なわけないって」
トーリは中年男性を覗き込むように見上げ、粘着質な尖りも持った声で、絡み付くように言う。
するとトーリの言葉を聞くと、少し顔を地面に向ける。
中年男性は、身じろぎするように、一瞬、止まりかけて、青年を気にかけるように視線を向けると、すぐに元通りに歩き続ける。
「俺らだって、こいつらのこと、どうにかしてやりてぇが。正直な話、家族を人質に取られるよりは、よっぽどましなんだ」
そう、申し訳なさそうな声で言う。
「だが、あまり変なことすると、俺らの家族まで巻き込まれることになる。情けねぇ話だがよ」
「でも、本気でなんとかしようとしてくれてるじゃないですか」
中年男性の嘆きに、青年は静かにそう言う。
そして青年は中年男性を横目で見る。
「だから、そんなことでアナタたちがしてくれたことは、なくなるわけじゃないです。少なくとも僕は、アナタたちに感謝しています。妹が死んでたとしても」
「そうか」
青年の純粋さのある言葉に、中年男性は一言だけ答える。
「でも、分かってるでしょ? システム的に逆らえないようになってる奴隷から、わざわざ人質を取るなんてさ」
そう言うと、トーリは中年男性を見る。
「彼らは、君らみたいな組織に反抗的な人間を、縛りつけるためにしてるって」
そのトーリの言葉に、中年男性は黙り込む。
「たぶんだけど、君たちの家族が狙われないのは、予想外の反抗をされるのを防ぐため。で、直接的な関わりのないけど、君たちが情を抱いてる外国人奴隷の家族を、人質に取ることで、逆らえないように、逃げられないようにしてるってわけだ」
トーリは淡々と、そう言う。
「それでも続けるの?」
トーリは、フードの上から、自らの後頭部を撫でながら言う。
青年は、中年男性の様子を伺う。
「あぁ」
そう言うと、中年男性は皺の多い乾いた唇を引き結び、細い目を、更に細め鋭くする。
青年は、小さく微笑む。
そんな二人を、トーリは一歩後ろから眺める。
「そう」
希薄さのにじむ声で、トーリは興味なさそうに一言呟く。
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