13.襲撃

 それから数日間トーリは、〖仲介屋〗から送られてきた地図情報に従い、〖トグロ〗が用心棒ようじんぼうをしている組織に、蜻蛉トンボを〈特攻〉させて、大きな被害を与えていく。

 蜻蛉の〈特攻〉より、〖トグロ〗の依頼先の建物を半壊させては、逃げ帰ることで、トーリは〖トグロ〗の各組織からの信頼を失墜しっついさせることに、成功していた。



―――――――――


 ある日の昼に、いつも通り蜻蛉で襲撃しゅうげきを仕掛けた後、トーリはカフェの、オープンテラスに脚を組んで座り、ホットドッグを食べながら、コーヒーをすすっている。

 大きくかじられたホットドッグは、くすみが強い白い皿に置かれ、渋が染み込んだカップの飲み口に、湿り気のある細やかなしわの浮く、薄い下唇を当てる。体を、街並みに向けながら、黒いコーヒーから熱を吸い取るかのような水気のある音を立て、すすり飲む。


 するとトーリは「あちち」と小さく呟くと、コップを置き、背もたれにのしかかると、腹の前で手を組み、しばらく街に向き合う。


 街の活気は少なく、立ち並ぶ住宅街もどことなく薄汚れており、壊れていても修繕しゅうぜんが間に合っていない様子であった。


「まぁ、ここは、この国での、〔ブレイン〕との戦いの、最前線だからなぁ。景観には期待してなかったけど、それでもなんとも、湿っぽいというか。活気がないというか。やっぱ、汚ならしい景観だよねぇ」


 膝の上に組んだ手を離し、片方の肘を横にある机について、その手で頭を支えながら、そう呟く。

 しばらくトーリが、すたれた街並みを見つめながらコーヒーをすする。


 すると急に座ってるトーリに、急に鳥の形をした炎が、突っ込んでくる。カフェテラスは爆炎に包まれ、辺りは粉塵ふんじんが立ち込める。

 粉っぽい煙に覆われたカフェテラスを、十数人のスーツを着込んだ男たちが取り囲む。


 煙が晴れていくと、その奥から巨大な団子虫の黒い虚像が露わとなる。


「ふふ、ダンゴムシちゃんの〈みがわり〉と〈まもる〉のコンボ、便利だよねぇ」


 団子虫の黒い虚像に包まれ、芋虫を首に巻き付けたトーリが、片手で団子虫を放り投げ、受け止めてを繰り返し、弄ぶ。

 粉塵にまぎれ、溢れていた黒い粒子が収束して、蜻蛉トンボを形作る。そして蜻蛉は、トーリに正面から突っ込んでいき、その脚でトーリを抱えるように掴むと、飛び立つ。


「トンボちゃんの持つ〈スキル〉は、〈特攻〉と〈範囲技〉、そして〈運搬〉。いやぁ、飛行できるトンボちゃんに〈運搬〉覚えさせといてよかったよぉ」


 トーリを連れた蜻蛉は、市街地の合間をうように飛んでいく。


 そんなトーリに、男たちの中の一人が、光の粒子を放ち、人を覆う程の大きさのワシを呼び出す。

 呼び出された鷲はその体に光を纏う。するとその光は鷲から分離すると、いくつかに分かれ、分かれた光は一回り小さい鷲の姿となる。小さい鷲は、十数人の男たちと同じ数だけ生み出される。


 小さい鷲は十数人の男たちの肩を、その脚で掴み、飛び立ち、大きい鷲を先頭にして、トーリを運ぶ蜻蛉を追う。


「む、飛行型の《獣》かぁ」


 トーリは、鷲を見ながら、そう呟く。

 やがてトーリは蜻蛉に運ばせ、住宅街に逃げ込んでいく。


 数人の男たちは、トーリを追い、住宅街に入り込むと、住民が居るにも関わらず、鳥の形をした炎を生み出し、放つ。


 炎の鳥が、トーリと蜻蛉に届く前に、トーリの片腕に抱かれた団子虫が閉じ、炎をさえぎる。団子虫によって、防がれた炎の余波よはが、歩いていた住民を焼く。そんな炎に、住民たちは慌てて家の中に入っていく。


「善良な市民を手にかけるなんて、さぁ。やっぱり、〖トグロ〗って、最低な奴らだぜ。許せない。

にしても、相変わらず炎の扱い方が下手だなぁ。これじゃ、ただの炎と変わらない。

ギルド〖致命の熱〗のギルドシステムで、構成員に配られる炎の召喚体は、ホントに特別だ。確かに並みのギルドで配布される能力は、これくらいしかできないけど。でも、これは〖致命の熱〗の炎だ。ホントならもっと凄まじことができる、んだが」


 トーリは、そうわざとらしい水気を持った、湿り気のある声で、粘着質に長々と嘆きながら、いつの間にか、団子虫を抱く腕とは逆の手に持っていた、強く握られ潰れたホットドッグを食べようとする。しかし手を滑らせ、ホットドッグを落としてしまう。


 落ちていくホットドッグを見送ろうとするかのようなタイミングで、芋虫がトーリの胸元から顔を出す。


「あぁ、お昼ごはんが。もったいない」


 ホットドッグが飛んで行った方向に、ケチャップとマスタード、ウィンナーの油でぬれれた手を向けながら、しずくが落ち、弾けたかのような、はかない湿りを持った、広がりのある甲高い声で呟く。


 すると這い出てきた芋虫の背中が割れ、そこから二匹のセミが出て来る。二匹の蝉は蜻蛉に並走する。


 男たちの先頭を飛ぶ、大きい鷲が、その体に光を纏う。

 するとその光は鷲から分離すると、いくつかに分かれ、分かれた光は一回り小さい鷲の姿となる。小さい鷲たちは、トーリたちに、凄まじい勢いで突進してい。

 それと同時に男たちが、鳥をかたどった炎を放つ。


 すると二匹の蝉が、その前に立ちはだかる。小さい鷲の特攻や鳥をかたどった炎は、不自然に片方の蝉に当たる。

 攻撃を一身に受ける蝉の体は、一気に傷つきボロボロとなる。

 そして蝉の体が赤黒く輝き、体の中心に収束すると、蝉の受けた攻撃と、同じだけの衝撃波や炎が、もう一匹の蝉を巻き込みながら、鷲や男たちに放たれる。


 男たちは蝉から放たれた〈カウンター〉を必死で避ける。


 衝撃波しょうげきはや炎の〈カウンター〉が止むと、攻撃を受けたはずの蝉の傷が無くなる。

 すると今度はもう一匹の蝉の体が、一気に傷つきボロボロとなり、今度はこの蝉の〈カウンター〉が威力を増して、また、もう一匹の蝉を巻き込みながら、鷲や男たちに放たれる。互いに肩代わりするダメージと〈カウンター〉で敵に与えるダメージを、二匹の蝉は際限なく増やし続ける。


 そんな高威力の〈カウンター〉と呼ぶのも怪しい攻撃の嵐に、次々に鷲の従魔は撃ち落とされ、男たちも脱落していく。


 そして二匹の蝉が放ち続ける〈カウンター〉は、〖トグロ〗の構成員たちどころか、住宅街にまで被害を与え出す。


 〖トグロ〗の構成員たちが、全員撃ち落とされたのを確認したトーリは、炎や衝撃に巻き込まれ、悲鳴が上がる住宅街に、顔を向ける。

 そしてケチャップやマスタードや肉の油でベタついた方の腕を斜めに掲げ、その指先を、フードに隠れる額に向け、敬礼する。


「善良な皆様の、尊い犠牲ぎせいのおかげで、また悪党をこらしめることができましたぁ。ご協力、感謝しますぅ。なぁんて」


 清々しく透明感のある水気を持ったかのような、滑らかな微笑みを向ける、トーリのその口元には、少し乾き始めたケチャップが付いていた。

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