16.〖聖位要塞〗の動向

 次の日、トーリは、新しい替えのローブをまとい、街の出口の、放棄ほうきされた区域に繋がる街道を練り歩く。

 街の出口には、土でできた巨大な壁がそびえ立っており、その壁がこの街を取り囲んでいた。


「外国に行くにしても、どうやってこの国から出るか、だよねぇ。この島国は〔ブレイン〕からの侵攻を防ぐために、外国からの侵入者を排除することを徹底てっていしてる。

ちっさい領土だ。人が増えれば、それだけで人口が飽和して、国がほろぶ。

入ってくる奴に目を光らせてる、ってことは、出て行くのも絶対バレる」


 そしてトーリは、歩きながら、腕を組む。


「一番、嫌なのが〖致命の熱〗ギルドマスターの、ナギリトにバレることだ。もし、あの男にバレたとしたら、もう逃げるどころの話しじゃない、し。街の外、行ったら、なんか思いつくかな?」


 そう言うと、トーリは道の先にそびえ立つ巨大な壁に顔を向ける。


 すると、トーリの近くを白い軍服を着た男たちが、慌てた様子で通り過ぎていく。

 そんな白い軍服の男たちを見送り「〖聖位要塞〗?」と呟くと、スマートフォンを取り出し、電話をかける。


「なんか、〖聖位要塞〗が忙しそうだけど。受付嬢、なんか知らない?」

『ちょっと待ちなさい』


 受付嬢が沈黙し、スマートフォンが静かになる。


『どうやら、ちょっと奇妙な能力を使う民族が、外国から流れてきたみたいね。なんでも、放棄されたこの国の区域を、不法に占拠せんきょしてるだとか。かなり手練れみたいで〖聖位要塞〗も攻めあぐねているようよ』


 そして少しすると、受付嬢が、そう返答する。


 トーリは、その話しを聞きながら、幼い柔和さ特有の、浅い滑らかさがかもし出す、奇妙な鋭さを持った顎のエラの流れを、先が深く反った親指でなぞる。


「なるほど、ねぇ。〖聖位要塞〗は、流れ着く外国人の排除も含めた、国家守護を担う大規模ギルドだ。そんな〖聖位要塞〗相手に、そこまでできるかぁ」


 そういうと、トーリは手を前に掲げ、そのガタガタの伸びた爪を見つめる。


「それで、どこら辺で、やり合ってる、とか分かる?」


 そのトーリの問いかけに、受付嬢は、少し黙り込む。


『アナタ、今度はいったい、なにをやらかす気かしら?』

「いやいや、まさかそんな。〖聖位要塞〗は、我々、一般市民を守る要の組織で、日ごろからお世話にもなってる。その心配をするのは、当然のことじゃないか。できる限りの協力をしたい、と考えたまでのことさ」


 薄い影のような、浅い、笑みを浮かべトーリは、飄々と言う。

 そんなトーリの言葉に、受付嬢は『どの口が』と吐き捨てると『分かったわ』と短く告げ、電話を切る


 トーリは切れた受話器越じゅわきごしに「ありがとねぇ」と告げる。

 すると間髪入れず、受付嬢から、メールが送られてくる。

 そのメールを見ると、トーリは、口の端を少し釣り上げ、ニヤついく笑みを浮かべると、巨大な土壁がそびえ立つ街の出口まで歩いていく。



―――――――――


 街を囲う壁に開けられた出口にトーリがたどり着くと、そこではいくつかのゴツい大型車がいくつか止まっていた。


 その中で、トーリは、先頭ら辺に立ち、指示だしをしている赤いケープコートを着た青年を見る。

 青年は、華奢きゃしゃな体つきをし、その顔立ちもあどけなく若々しい女性っぽさを持ち、一見、女のようにさえ見える。


「あれは、ギンガ、か? 〖致命の熱〗の若い幹部。彼が居る、ってことは、ここら辺を根城にしてる、〔尻尾付きのブレイン〕の討伐にでも、出るのかな?」


 そう言い、トーリはギンガの顔を、フードの湿った陰りの奥から、一瞬見る。

 ギンガの目は、ケープコートの赤さとあどけない顔立ちとは、対照的な、氷のような硬質な滑らかさを有する、鋭利な上品さで釣り上がる。


 少して、トーリはギンガから目を逸らすと、胸元からい上がってきた芋虫を首に巻き付け、歩き出す。


「これなら、《従魔》を主力とするギルド〖展開する手〗に入り込めるでしょ」


 そしてトーリは、首に巻き付いている芋虫と見つめ合う。やがて芋虫から目を逸らし、少し虚空こくうを歩きながら見つめる。


「それにしても〔尻尾付き〕、〘尻尾〙かぁ。現在、人類に、最大の被害を与えているとされる厄介な〔ブレイン〕、〘尻尾〙。他にも、〘あぎと〙だったり、〘血〙に〘から〙だったり、と」


 そう呟いたトーリの口の端は、険しさをにじませ、釣り下がる。


「そして”剣聖”と、称される、いつから生きてるかすら、分かってない、この世で最も人類を切り殺した、史上最悪の〔ブレイン〕、〘うろこ〙」


 そしてトーリは、ため息をつき、立ち止まる。


「かの厄介な〔ブレイン〕たちは、この閉鎖的へいさてきな島国にすら名声がとどろくほどの、世界最強の戦闘集団でも、ただの一匹さえ、討伐とうばつかなっていない、という地獄」


 弛緩したかのような、苦笑を浮かべ「はは、どんなクソゲーだよ」と言うと、近くの大型車を目指して、また歩いていく。

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