8.隠し事のすすめ

 三人の男たちは、セミが放った荒れ狂う炎を受けて、リーダーの男より先に蝉の近くに居た、男二人は全身に大火傷を負い、倒れ伏し、動かなくなる。


 そんな中で、リーダーの男だけは、二人の男たちの、少し後ろにおり、二人が盾となったことで比較的軽傷で済んでいた。

 しかしそれでも、リーダーの男は、自らを庇った両腕に、重度の火傷を負う。リーダーの男は、地面に、火傷を負った腕を浮かせ、震えるような身じろぎをして、地面にうずくまる。


「ダンゴムシちゃんには、ダンゴムシちゃん自身と、その他の選んだ仲間の位置を入れ替える、

〈いれかえ〉って〈スキル〉を持たせてる。だから、簡単にセミちゃんを送りこめた。

セミちゃんには、〈カウンター〉っていう、受けたダメージを、全て、そのまま返せるを〈スキル〉を持たしてるわけ。

しかも、なんとこのセミちゃん、〈残機ざんき〉を持っててね。一回だけなら、どんな攻撃も耐える〈スキル〉なんだよねぇ」


 それを顔を向けながら言うと、トーリは、その手に持った、バスケットボール大の団子虫を、地面に優しく落とすように放る。団子虫は、しばらく転がっていき、壁にぶつかり止まると、少ししてから開き、遅い歩みで、トーリを追いかける。

 そんな団子虫を少し見ると、すぐに蝉を見て、ふら付くような鈍い重さのある飛行をしている蝉に近づいていく。飛んでいる蝉の下まで、トーリが来ると、蝉は、まるで全てをなげうつかのような重みを持った動きで、落ちて来る。急に落下してくる蝉を、受け止めて、抱きかかえる。

 トーリは、蝉の赤みの強い、黒い小枝のようにトゲトゲしい細い脚を触りながら、リーダーの男を目指し、ゆっくりとした鈍さのある動きで、歩いていく。

 蝉は、弾くような動きで、トーリの手から、自らの脚を離す。


 するとそんなトーリに侍るように、他の《蟲》たちが付いてくる。


 トーリはは歩きながら、斜め後ろの蟷螂の、垂れさがる鎌に触れる。


「そしてカマキリちゃんは〈パリィ〉と同時に〈先制技〉も持たせてるからねぇ。だからカマキリちゃんの〈パリィ〉は、〈先制技〉によって、必ず先に使用できるから、相手の攻撃に合わせて、必ず弾き落とすことができるんだよ。

つまり君たちの狼が〈特攻〉で、どれだけ速く攻撃してきたとしても、その攻撃を〈パリィ〉で弾き落とせた、ってこと」


 そして抱かれた蝉に、トーリに巻き付いている芋虫が近づいてくる。

 芋虫は、蝉の目の前まで来て、鈍い、湿り気のある静かさで蝉に複眼を向けると、お辞儀をするように身を屈め、その湿りのある柔和な肉の連なりで出来た、背中を向ける。すると芋虫の背中に切れ目が入り、開く。

 そんな芋虫の背中にできた裂け目の中に、蝉は、入っていく。


 芋虫に入っていく蝉に、トーリは、一瞬、視線を向けると、蟷螂の鎌から手を離し、焼けげて硬くなった地面を踏みしめ、動かなくなった二人の男の近くを通る。

 芋虫はトーリの胸元に潜り込んでいく。


 二人の男の服は、ほとんど消し炭となり、その上半身に無事な箇所はない。皮膚は紫がかり縮み、縮むことで裂け、大きく露出した肉には、もやのような白いにごりが混じり、更に黄色味が微かにかかったうみが、露出した肉の奥から染み出ている。

 二人の内、片方の男は気を失い、もう片方の男は、熱によって白濁した目を見開き、生命が漏れでたような、鈍い湿り気を持った、荒い呼吸をひり出し続ける。


 トーリが、この男のとなりを通り過ぎると、生命の尖りに裂かれ、傷ついたようなかすれたせきを吐き出し、唾液の混じる血を吹き出す。


 焼け、白くただれた皮膚から浮き出る、黄色みがかった膿に、力なく開く口から垂れた、泡立ち、血の赤みを持った唾液が混ざる。


 そんな男の姿を見下ろすと、口元を隠すように細やかな筋の浮いた、華奢きゃしゃな手で、当てるようにおおう。

 細やかな関節のふしを持ち、滑らかな絡みつくような長さを持った指を、力みのない軽さのある動きで、微かに曲げ、口元を隠す。その曲げた指先の第一関節は、特徴的な反りを持つ。


「あらぁ、気管やっちゃったか。運が悪いね」


 手が被り、微かに隠れる、その色素と厚みの薄い唇を、トーリは釣り上げ、希薄さが馴染むことで、浮き上がったかのような湿り気を持つ、楽しそうな声で言う。

 そしてトーリは、その男の傍らをサッサと通り抜けて、分厚い靴の鈍い足音を立てながら、リーダーの男に近づいていく。


 そんなトーリの鈍い足音に、リーダーの男は顔を上げる。たるみ強く浮き出た涙袋が覆う、見開いた目で近づいて来るトーリを見る。その目は、ひどく血走り、大粒の、際限なく溢れる涙が、たるむことで出来た、老化による肉の掘りに沿って流れ落ちていく。

 その広い角度のある尖りを持った鼻は、顔全体をしかめることで、微かに持ち上がり、鼻の穴が広くなる。その鼻からは、白く濁った大量の鼻水が垂れ流しとなり、大きく開いた口が形作る、深いほうれい線の流れに沿って流れて、泡立ち濁った唾液と混ざり、粘度の高い太い糸となり、たるみが連なりできた二重顎から垂れる。

 リーダーの男は《蟲》を侍らせ、近づいてきているトーリを見ると、慌てて立ち上ろうとするが、しかし立ち上がることができず、尻もちをつく。そして脚を滑らせながら、改めて立ち上がろうとするが、上手くいかず、それでも逃げようと後ずさりして、やがてその背中が壁につく。

 それでもリーダーの男は身を壁に押し付け、顎から伝う太い粘液の糸を振り乱して、何とか立ち上がり、逃げようとする。


 しかしすぐにトーリの後ろを付いてくるサソリの、尻尾も針が伸びて来て、進行方向を塞ぐように、リーダーの男の目の前を通り、壁に突き刺さる。


 すると更にリーダーの男に影がかかり、光が少なく、ただでさえ暗い通路が、リーダーの男が居る場所のみ、更に暗くなる。

 その影に、リーダーの男は上を向く。そこにはいつの間にか接近していた蟷螂カマキリが、天井に張り付き、リーダーの男を、その湿り気のある無機質な複眼で見つめる。蟷螂は、リーダーの男を見つめ、無機質な角張りを持った動きで、首をかしげる。


 そんな蟷螂を見ると、リーダーの男は、諦めがにじむ鈍い動きで、ゆっくりと尻もちをつく。


 トーリは、へたり込むリーダーの男の前まで来る。


「君が、ここの責任者ってことで、いいんだよね?」


 そしてトーリは自らに巻き付く馬陸ヤスデの、頭の外骨格を、指で小突き、軽く押さえつけながら、リーダーの男を見下ろし、そう声をかける。馬陸は押さえつけてくる指に抵抗し、押し返す。

 そんなトーリの後ろからは、鈍い歩みで、鋏虫ハサミムシと蠍が追いついてくる。


 そう言うトーリを、まばたきが少なくなり乾き始めた目で、荒い呼吸を吐きながら、リーダーの男は凝視する。


「それにしても、君たちさぁ。通路隠すんなら、あんな分かりやすくしたらダメだよぉ」


 そう言うと、リュックを降ろし、目線を合わせるようにして、トーリは、しゃがみ込む。


「ずっと普通の死体が続いて、その途中で、いきなり状態が悪い死体が出てきたら、ここ見ないでください、って言っちゃってるようなもんでしょ」


 そう言うと、笑いながら、リーダーの男に顔を寄せていく。

 釣り上がり、開く、厚みの薄い唇の、口内には、うごめくような静けさのある、湿った闇が覗く。闇にまぎれ、微かに浮き上がる、やけに小粒で、細やかに数の多い歯は、しかし闇にかすむことのない密度を持って、口内の奥まで、連なり、綺麗に並ぶ。


「確かにものを隠すなら、人が見たくない所と、人がそこにあって欲しくない所にする、って原則はあるけどねぇ。でも君たちの隠し方は、その場所に無理やり、見たくない所を作り出すわけだから。やり口が、なんとも強引過ぎるよ」


 トーリは、しゃがみ込み、そろえた膝の上に、肘を置き、自らの滑らかな微かにやつれた頬を、両手で包み込む。


「あんなんでだまされるのは、余程純粋な奴らだけだよ。まぁ、そんな純粋な奴らが、この国、支えてるわけだから、私たちは楽できるわけだけどねぇ」


 そう言い、手で頬を包みながら、無機質な鈍い粘着質さを持った動きで小首を傾げる。


「でも、分かってたことでしょ? それでもこの国では、そんな純粋な奴らの顔、伺わないと、この仕事では生きていけないってことはさ? ちょっと空気読み違えたねぇ」


 そしてトーリは、そう言うと、リーダーの男の汚い顔を見つめ、黙り込む。その場には、しばらく蠢くような静けさが立ち込める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る