第8話 抗争

 蜂を引き連れ、蜂に巻き付き、球体となっていた馬陸ヤスデを、今度は自らの体に巻き付けて、隠し通路の狭い階段を懐中電灯で照らしながら、降りていく。しばらく進むと、やがてトーリは開けた通路に出る。


 そこでは最低限の弱い光が、行く手を微かに照らしている。


 トーリはリュックの肩にかかる帯に、懐中電灯を取れないように引っ掛ける。同時に、そのブカブカのローブからは、黒い粒子が溢れ、トーリの傍らに収束して、やがてそこには馬よりも一回りほど大きい、細長い胴体を持った蚰蜒ゲジゲジが現れる。蚰蜒の脚は、糸を引く、細やかな広がりのような伸びやかさを持つ。そしてその脚で、しばらく騒がしさのある動きで身じろぎすると、やがて自らの細長い体を包むように、引き寄せ、その細長い体を低くする。

 そんな蚰蜒の、細やかな脆い硬質さを醸し出す脚を、トーリはかがみ込み、手先で、一本の脚を引っかけるように、触る。


「ゲジちゃん。サーチ」


 蚰蜒の、小さい頭に、黒い光が収束して、やがて黒い波紋となり通路に広がっていく。波紋となった黒い光は、何かものに触れるまで、延々と広がり通路を進んでいく。


「じゃ、もしもこの先で、人間がサーチで引っかかるようなら、マーキングしといて」


 黒い波紋を見送りながら、トーリはそう言う。


 すると蚰蜒は、その脚を、トーリの手をはたきおとすような動きで引き戻して、姿勢を変えるような、細い脚の、複雑な動きで身じろぎする。


 後ろから侍るようについてきていた蜂が、トーリに近づいてくると、そのフード頭に降り立つ。


「おっ、やっぱり、ビンゴ、だねぇ。運がいいよ。サーチは便利だけど、どうしても壁とか、障害物の先が分からないのが難点だからなぁ。塞がってなくてよかった、よかった」


 そう言うと、トーリは粘着質な引きつりのある動きで、口角を釣り上げ、綺麗に並んだ、口の広さの割に比較的小粒の歯をむき出しにする。細やかに、きつく連なる圧迫感からにじむ湿り気を持った歯を、噛みしめ、笑う。


 トーリの言葉に、反応するように蚰蜒が、蜂を頭に乗せたトーリに近づいてくる。そしてさらうような動きで、その細い背中に乗せると、いっきに走り出す。


「やっぱり、運搬のスキル持った子、居ると、移動が楽でいいよぉ」


 そしてトーリは蚰蜒の背の、外骨格を撫でながら言う。

 蚰蜒は、機械的に、地を細やかに啄むような、どことなく執念のにじむ騒がしさで、脚の動きで駆けていく。




 しばらくするとトーリが乗り、駆ける蚰蜒の前方に、馬ほどある狼にを引き連れた、三人の男たちの姿が見えて来る。

 男たちの姿を見ると、トーリは口角を釣り上げ、きつい執念から漂う、険のある湿り気を持った笑みを浮かべる。


「相手は、か。は従魔の中で、一個体が持てるスキルの量が、一番多いからなぁ。あんまり手数が多くないといいけど」


 そう呟く、トーリの体からは黒い粒子が溢れ始め、蚰蜒の少し前に収束する。するとそこには、蚰蜒の脚を入れた大きさを、更に超えるサイズのサソリが現れる。

 同時にトーリは、その胸元から芋虫が這い出てくる。芋虫は這い出て来るなり、その背中が割れていく。


 男たちはトーリたちの姿を確認すると、すぐさまトーリたちに向き直る。


「クソっ」


 リーダーの男が、そう吐き捨てると、三人の男たちと一匹の狼が、迫る蚰蜒に乗るトーリと蠍を振り向く。

 そして大きい狼は、その体から光を放つ。するとその光は狼から分離すると、五つに分かれる。分かれた光は一回り小さい狼の姿となる。


「なるほど、王道従魔の眷属スキル持ちか」


 トーリが言い終わると同時に、大きい狼は、その小さい狼たちを置いて、一匹で、蠍に向かって、駆けていく。そんな狼に、トーリは疑問そうに口元をヒクつかせる。

 大きい狼は、その鋭い爪を、蠍に向けて振りかぶる。


 そんな大きい狼の爪が放たれるより、数舜前に、蠍の持つ尻尾の針が、狼の目前に迫る。


 狼は、攻撃を止めて、すぐさま下がり、蠍の針を爪で弾き、打ち落とす。そして改めて、蠍に襲い掛かる。


「あぁ、パリィかぁ。サソリちゃんの針が当たってれば、スタンが入って、もう少し楽になるんだけど」


 そう面倒そうに呟くと、トーリは、芋虫から団子虫を取り出すと、蠍に向けて転がす。

 蠍の元に、転がって来た団子虫は、粘液感のある速やかさで開く。そしてまた閉じると団子虫は、自らを模した巨大な黒い虚像を作り、その虚像で蠍を包み込み、盾とする。

 団子虫の、黒い虚像は、狼の爪を通さない。しかしそんな狼の爪に、微かな光が収束して、その光が波紋となり、団子虫の残像に浸透していく。すると黒い虚像ではない方の団子虫が、大きく吹っ飛ぶ。黒い虚像も、団子虫と連動して吹き飛んでいき、蠍から剥がれてしまう。


 狼が団子虫を吹っ飛ばす間に、蚰蜒から降り、蠍の少し後ろに移動していたトーリからは、更に黒い粒子が溢れている。黒い粒子は、蠍の近くで収束して、蠍より一回り小さい蟷螂カマキリの姿を形作る。


 蟷螂は、狼が攻撃に移る、その数舜前に、粘度のある湿った揺らめきのある鎌の軌道で、切りつける。


 狼は避けようとするが、避け切れず、鎌が、狼を切り裂く。鎌によって深い傷を負った狼は、しかしすぐさま傷がなくなり、姿勢を低くして、蠍と蟷螂を睨みつける。

 後ろで、三人の男たちを守るように集まっている、小さい狼の一匹に、大きな深い切り傷が出来て、その小さい狼は粒子となり、消えていく。


 その光景を見て、更に黒い粒子が体から溢れているトーリは、その幼さのにじむ、低い顎を撫でる。


「なるほど。みがわりが使えるか。珍しいね。本体のスキルを一つだけ持たせることができる眷属に、みがわりを渡して、ダメージを肩代わりさせてるわけだ。眷属がいる限り、本体の狼がやられることはない」


 やがて黒い粒子が、人間よりも一回り大きい鋏虫を形作る。


「面白い戦い方するねぇ。でも、これならどうかなぁ?」


 鋏虫は、微かな黒い光を放つ。そして黒い光が鋏虫から分離して、その光から、新たに人間くらいの大きさの、小さい鋏虫が現れる。本体の、人間より大きい鋏虫は、更に発光して、次々に小さい鋏虫を生み出し続ける。

 そして小さい鋏虫は、尻尾の鋏に、不穏な紫がかった黒い光を纏い、狼に襲いかかっていく。


「でもその、みがわりの使い方だと、みがわりを持ってる従魔が攻撃を受けてるわけじゃないからねぇ。それだと攻撃判定の肩代わりが出来ない。でも、攻撃判定が入った対象を、即死させる、即死技を持ったハサミムシちゃんの攻撃なら、対処できないでしょ」


 トーリはその様子を楽しそうに眺める。

 そんな鋏虫の鋏に纏う黒い光を見て、リーダーの男は顔色を変えて、焦る。


「お前らっ! あのどもを焼けっ!」


 リーダーの男は、すぐさま他の男たち二人に、そう指示を飛ばす。

 男たちが、手の甲を鋏虫たちに向ける。すると手の甲に浮いた炎を模した紋様が輝き、その紋様から、炎の塊をいくつか生み出す。炎の紋様から発生した炎は、やがて鳥の形を模していく。そして男たちが生み出した、その炎の鳥たちは、一斉に飛び立ち、一気に鋏虫たちに襲いかかり、次々と焼き尽くしていく。炎の鳥たちの、あまりの火力に小さい鋏虫たちは、なすすべなく、全て、黒い粒子となって消えていく。そして最後に残った、本体の鋏虫に、炎の鳥たちは取り囲み、突進し、そして爆発を起こす。

 しかし炎の鳥たちの、高火力の炎による爆発が及ぶ、その直前に、本体の鋏虫の姿は跡形もなく消えてしまう。炎の鳥の爆発の後には、鋏虫の代わりに、先ほど吹き飛んでいった団子虫が、黒い自らを模した虚像を纏い、丸まり転がっている。やがて黒い虚像が掻き消え、団子虫は、先ほどの爆発が、なかったかのように開いて、起き上がる。


 本体の鋏虫は、団子虫が吹き飛んでいった場所に移動しており、そこで淡い、黒い光を放ちながら、小さい鋏虫を、改め生み出し始めている。


 戦況を眺めていたトーリの体から、黒い粒子が溢れ出す。

 更にトーリの首に巻き付いている芋虫の背中が割れ、抱いていた蜂を離し、飛び立たせる。


「これで仕切り直しだね」


 そしてそう一言呟く。

 するとトーリの放った言葉を否定するかのように、トーリに狼が、今までにない凄まじい勢いで突進してくる。狼が腕を振りかぶり、その爪が振り下ろされる、数舜前に、明らかに不自然な軌道で割り込んできた蟷螂の鎌が、狼の爪にピンポイントで当たり、その爪を弾く。


 爪を弾かれ、狼が態勢を崩した瞬間、狼を、蠍の針が刺し貫く。


 蠍の針に刺された狼は、その体を痙攣したかのように震わせ、少しの間、完全に動きを止めてしまう。止まっている間、男たちの近くの小さい狼たちが、少しずつ傷ついていき、傷口から光の粒子が溢れていく。


「サソリちゃんには、継続ダメージのスキルを持たせてるからねぇ。サソリちゃんに刺されると、スタンで動けなくなって、ダメージが入り続けるよぉ」


 トーリは動けない状態になった狼に、湿り気のある笑みを浮かべ、楽しそうに呟く。

 そんな動けない状態の狼に、鋏虫が群がっていき、やがて狼は光の粒子となって消えていき、男たちの周りの、小さい狼たちも光の粒子となる。


 そんな状況で、トーリから溢れる黒い粒子が収束し、蜻蛉トンボを形作る。


 三人の男たちは、その蜻蛉の姿に表情を険しくする。そして手の甲の紋章を光らせて、鳥の形をした炎を生み出す。

 蜻蛉は、そんな男たちに、凄まじい勢いで突進していく。

 男たちは、すぐさま蜻蛉に炎の鳥を放つ。

 すると突進してくる蜻蛉の姿がなくなり、そして団子虫と入れ替わる。宙に浮き、微かに開いた体を、すぐさま団子虫は、改めて閉じ直す。炎に囚われる寸前にかき消えた団子虫は、次の瞬間にはトーリの腕の中に現れる。


 荒れ狂う炎の鳥が収まった、その中心には、一匹の赤みの混じる黒いセミが、無傷で居た。


 鈍い揺らめきを持った動きで飛びながら、蝉は赤黒いオーラを放ち、やがてそのオーラが蝉の中心に濃く収束していく。すると蝉は、先ほどの炎の鳥と同様の、荒れ狂う炎を、一気に解き放つ。


 三人の男たちに、返ってきた炎が襲い掛かる。

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