第6話 殺戮

「カマキリちゃんは、先制技のスキル持ってるからねぇ。必ず、君より早く攻撃できるんだ」


 トーリは、落ちた中年男性の首に、見下ろすように向き合い、そう言う。


 そこら辺で小規模の爆発が起こる中、中年男性の首から目を離し、トーリは、蟷螂カマキリの垂れ下がる、湿り気のある茶色がかった黒い鎌に顔を向ける。そして嫌そうに唇を引き下げ、その袖で中年男性の血が付いた鎌を拭うように撫で出す。もう片方の手は、肌との境が、幼さによる馴染みを持ったかのように、堀り込みも色素も薄い唇の、下唇を親指でなぞる。


 すると爆発の粉塵にまぎれ、大きめな礫が飛んで来る。


 その礫を蟷螂が、撫でられている方とは逆の、もう片方の鎌で打ち落とす。


「この状況なら、責任者はとっくに逃げてるだろうね」


 トーリは鎌を撫でる手を離して、歩き始める。

 そんなトーリに、蟷螂は重い粘度を持った揺れのある動きで、トーリの後についていく。


「彼は《トグロ》のこと、あんまり好きそうじゃなかったから、心当たりくらいは話してくれると思ってたんだけどなぁ。まぁどっちにしろ、あの状況じゃ、無理か」


 深く、しかし滑らかな凹みを持つ、自らの削れた頬を撫でると、ト蟷螂の方を振り向き、見上げるように顔を向ける。


「しかし、蟷螂ちゃんにパリィ覚えさせたのは正解だったねぇ。実体があれば、大体、撃ち落とせるし。眷属バージョン、シデムシちゃんのじばくで、飛んできた瓦礫も、全然怖くないや」


 そう言うと、トーリは足もとを見て、後から付いてくる死出虫に向き合う。そしてしゃがみ込むと、小さい死出虫を生み出すのを止めた、両腕でかかえるくらいの大きさの死出虫を抱き上げる。

 すると肩に頭を乗せている芋虫が、頭を上げると、その背中が湿った張りのある剥けるような動きで割れる。


「まぁ、逃げたって言うんなら、私の得意分野だ」


 そしてトーリは死出虫を、芋虫の背中の割れ目に入れる。そして蟷螂を引き連れて、歩いていくと、やがて爆発で露出した、地下に繋がる階段を見つける。




 蟷螂の鎌に手を当て、黒い粒子に変え、吸収すると、トーリは階段を降りていく。そこまで長くはない階段を降りていくと、くすんだような薄暗い光が照らす、少し汚い大きい檻が連なる部屋に出る。


 芋虫の背中が割れ、そこから黒い蜂が、無機質な揺らめきを持った動きで、浮き上がる。


 トーリは蜂を侍らせ、近くの檻を覗きに行く。そこには少し年の離れた、小汚い茶髪の姉妹が身を寄せ合っている。

 覗き込むトーリに、怯えた表情を浮かべやせ細った姉は、同じくやせ細った幼い妹を庇うように隠す。


「こっ、このっ、子っ、だけはっ!」


 やせ細り浮き出た目を見開き、涙を溜めながら、切れ目が目立つ、けば立った乾燥した唇を震わせ、言う。


 しばらく姉妹を見下ろすと、トーリは陰りのある潤いを持った、滑らかに薄い唇を、親指でなぞる。そして侍るように浮く蜂を、見上げるような首の動きで、顔を向ける。

 するとその蜂を中心にして、まったく同じ形をした分身の蜂が十匹現れる。次に芋虫の背中から、今度はもう一匹の馬陸が這い出て来て、中心の本体の蜂に巻き付き、球体となる。


 馬陸の球体を手に取ると、トーリは、その口元を、無機質な軋みのある引きつりを持って、釣り上げる。そして曖昧さから結露となり浮き出たかのような、湿り気のある微笑みを作り、檻の中でへたり込む姉妹を指さす。


「ハチちゃん」


 陰湿な冷ややかさを持って、小さく言う。


 一匹の、分身の蜂が、ゆっくりと檻に近づいていく。

 姉は震えながら、小さく首を振る。姉の胸に抱かれた妹が、過呼吸気味の不安定な、こもった唸り声を上げながら、必死に姉にしがみつく。


 すると分身の蜂が、尻尾の巨大な針を、姉妹に向けると、凄まじい勢いで突進して、檻を破壊する。その瞬間、姉は妹を庇い、分身の蜂の巨大な針が、姉の背中を貫通して、壁に突き刺さる。姉を貫いた蜂の針に巻き込まれた、妹の肩は、肩から先を失っていた。


 妹は、欠損した肩を抑え、せき込むかのように激しく息切れしながら、姉の死体から、のたうつように這い出る。返り血を浴びた幼い滑らかな頬骨の浮く顔の、その幼く、柔和に突き出た唇を、泡立った涎を垂らしながら、必死に開閉する。微かに浮き上がってきたかのような鼻からは、鼻水が垂れ流しとなり、その子供特有のはれっぼったさを持った、細い目からは止めどなく大粒の涙が溢れる。やがて妹は蹲り、微かに震えるだけで、身動きを取らなくなる。

 そんな妹に、分身の蜂が近づいていき、巨大な尻尾の針を凄まじい勢いで、妹の上から地面に突き立てる。妹の体はバラバラに弾け、針が地面に作りだしたクレーターに、原型を保っていない臓物と血が溜まっていく。


 あまりの威力に肉片をまき散らした妹を、少し眺めると、すぐさまトーリは興味を失ったように目を逸らし、手に持った馬陸の球体に視線を向ける。


「トンボちゃんよりは威力は落ちるけど。でもハチちゃんは分身して、ヤスデちゃんの封印、使って、この状態にすれば、一発きりのスキルを何度も使えるんだよねぇ」


 そうニヤつきながら言うと、淀んだ愛着から煮出したような粘度のある指の動きで、こまやかな外骨格の連なりを逆撫でる。

 すると芋虫が、粘液感のある動きでトーリの胸元に潜り込んでいく。

 しばらく馬陸の球体を弄ぶと、粘着質な疲労が絡み付いているかのような、首の動きで、姉妹の惨殺死体のある檻に視線を向ける。


「それにしても、人のこと見て、あんなに怯えるなんて、失礼しちゃうよぉ。私の、このキュートさがわかんないのかねぇ」


 淀みのある、湿り気を醸し出す気怠そうな声で言いながら、トーリは戻ってきた蜂を見上げる。するとトーリは目元を隠すフードの端を摘まむ。


「あぁ、これじゃ、顔、わかんないかぁ」


 フードの影がかかり、口元以外を覗けない顔を、分身の蜂に向けながら言う。

 分身の蜂は、無機質な静止をしながら、トーリに一切の感情が伺わせない複眼を向け、見つめ続ける。


 そしてトーリは、分身の蜂を用いて、牢屋の中の外国人たちを殺していく。

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