5.殺戮

「カマキリちゃんの持つ〈スキル〉の一つは〈先制技〉。〈先制技〉ってのは、必ず相手より早く攻撃を放てる〈スキル〉でね。だから、君が攻撃に移る前に、カマキリちゃんは、攻撃できたんだ」


 トーリは、落ちた中年男性の首に、見下ろすように向き合い、そう言う。


 そこら辺で小規模の爆発が起こる中、中年男性の首から目を離し、トーリは、蟷螂カマキリの垂れ下がる、湿り気のある茶色がかった黒い鎌に顔を向ける。

 そして嫌そうに唇を引き下げ、その袖で中年男性の血が付いた鎌を拭うように撫で出す。


 すると爆発の粉塵にまぎれ、大きめなつぶてが飛んで来る。


 その礫を蟷螂が、撫でられている方とは逆の、もう片方の鎌で打ち落とす。


「この状況なら、責任者はとっくに逃げてるだろうね」


 トーリは鎌を撫でる手を離して、歩き始める。

 そんなトーリに、蟷螂は重い粘度を持った揺れのある動きで、トーリの後についていく。


「彼は〖トグロ〗のこと、あんまり好きそうじゃなかったから、心当たりくらいは話してくれると思ってたんだけどなぁ。まぁどっちにしろ、あの状況じゃ、無理か」


 深く、しかし滑らかな凹みを持つ、自らの削れた頬を撫でると、蟷螂の方を振り向き、見上げるように顔を向ける。


「しかし、蟷螂ちゃんに〈パリィ〉を覚えさせたのは正解だったねぇ。実体があれば、大体、撃ち落とせるし。シデムシちゃんが生み出した〈眷属〉に持たせた〈じばく〉で、瓦礫が飛んできても、全然怖くないや」


 そう言うと、トーリは足もとを見て、後から付いてくる死出虫に向き合う。そしてしゃがみ込むと、〈眷属〉の小さい死出虫を生み出すのを止めた、両腕でかかえるくらいの大きさの死出虫を抱き上げる。

 するとトーリの肩に頭を乗せている芋虫が、頭を上げると、その背中が湿った張りのある剥けるような動きで割れる。


「まぁそれに、逃げたって言うんなら、私の得意分野だ」


 そしてトーリは死出虫を、芋虫の背中の割れ目に入れる。

 そして蟷螂を引き連れて、歩いていくと、やがて爆発で露出した、地下に繋がる階段を見つける。





 トーリは、そこまで長くはない階段を降りていく。すると、くすんだような薄暗い光が照らす、少し汚い大きいおりが連なる部屋に出る。


 するとトーリのローブに、巻き付いている芋虫の、背中が割れ、そこから黒い蜂が、無機質な揺らめきを持った動きで、浮き上がる。


 トーリは蜂を侍らせ、近くの檻を覗きに行く。そこには少し年の離れた、小汚い茶髪の姉妹が身を寄せ合っている。

 覗き込むトーリに、怯えた表情を浮かべやせ細った姉は、同じくやせ細った幼い妹を庇うように隠す。


「こっ、このっ、子っ、だけはっ!」


 やせ細り浮き出た目を見開き、涙を溜めながら、切れ目が目立つ、けば立った乾燥した唇を震わせ、言う。


 しばらく姉妹を見下ろすと、トーリは陰りのある潤いを持った、滑らかに薄い唇を、親指でなぞる。

 そして侍るように浮く蜂を、見上げるような首の動きで、顔を向ける。


「ハチちゃん、〈分身〉」


 トーリは、蜂にそう指示を出す。


 するとその蜂と、まったく同じ形をした〈分身〉の蜂が、一匹、生み出される。

 次に芋虫の背中から、今度は馬陸が、影のような揺らめきのある動きで這い出て来て、中心の本体の蜂に巻き付き、バスケットボールより微かに大きい球体となり、落ちる。


 影が丸まったかのような馬陸の球体を両腕で拾い上げると、胸の前で抱えながらトーリは、その口元を、無機質な軋みのある引きつりを持って、釣り上げる。

 そして曖昧さから結露となり浮き出たかのような、湿り気のある微笑みを作り、檻の中でへたり込む姉妹を指さす。


「ハチちゃん」


 陰湿な冷ややかさを持って、小さく言う。


 一匹の、分身の蜂が、ゆっくりと檻に近づいていく。


 姉は震えながら、小さく首を振る。

 姉の胸に抱かれた妹は、不安定な過呼吸気味の、こもったうなり声を上げながら、必死に姉にしがみつく。


 すると<分身>の蜂が、尻尾の巨大な針を、姉妹に向けると、凄まじい勢いで突進して、檻を破壊する。

 その瞬間、姉は妹を庇い、分身の蜂の巨大な針が、姉の背中を貫通して、壁に突き刺さる。姉を貫いた蜂の針に巻き込まれた、妹の肩は、肩から先を失っていた。


 妹は、欠損けっそんした肩から、血を溢れっぱなしにし、せき込むかのように激しく息切れしながら、姉の死体から、のたうつように這い出る。

 返り血を浴びた幼い滑らかな頬骨の浮く顔の、その幼く、柔和に突き出た唇を、泡立ったよだれを垂らしながら、必死に開閉する。

 微かに浮き上がってきたかのような鼻からは、鼻水が垂れ流しとなり、その子供特有のはれっぼったさを持った、細い目からは止めどなく大粒の涙が溢れる。

 やがて妹はうずくまり、微かにふるえるだけで、身動きを取らなくなる。


 そんな妹に<分身>の蜂が近づいていき、巨大な尻尾の針を凄まじい勢いで、妹の上から地面に突き立てる。


 妹の体はバラバラに弾け、針が地面に作りだしたクレーターに、原型を保っていない臓物と血が溜まっていく。

 あまりの威力に肉片をまき散らした妹を、少し眺めると、すぐさまトーリは興味を失ったように目を逸らし、手に持った馬陸の球体に視線を向ける。


「ハチちゃんに〈分身〉を使わせて、ヤスデちゃんの〈バインド〉で、〈分身〉を生み出した本体のハチちゃんを、この状態にすれば、本来〈スキル〉を使えないはずの〈分身〉が、なぜか〈スキル〉を使えるようになるんだなぁ。

で、〈分身〉は、たぶん実体がないからかな? 〈分身〉なら、一発きりの〈特攻〉を、何度も使えるんだよぉ。いいよねぇ。

まぁ、トンボちゃんよりは威力いりょくが落ちるけど」


 そうニヤつきながら言うと、よどんだ愛着から煮出にだしたような粘度のある指の動きで、こまやかな外骨格の連なりを逆撫さかなでると、馬陸の球体を芋虫に近づける。


 すると芋虫の背中が裂けて、芋虫は馬陸の球体を〈収納〉する。


 そしてトーリは、ローブの襟を広げる。襟の隙間の陰りからを、浅く、柔和に膨らんだ胸部が、微かに露出する。

 その浅いが、滑らかな盛り上がりは、幼さ特有の、奇妙な鋭さを有した曲線を描く。


 芋虫は、粘液感のある動きでトーリの胸元に潜り込んでいく。


 芋虫が胸元に潜り込んでいくと、トーリは粘着質な疲労が絡み付いているかのような、首の動きで、姉妹の惨殺死体のある檻に視線を向ける。


「それにしても、人のこと見て、あんなに怯えるなんて、失礼しちゃうよぉ。私の、このキュートさがわかんないのかねぇ」


 淀みのある、かげりをかもし出す気怠けだるそうな声で言いながら、トーリは戻ってきた蜂を見上げる。

 するとトーリは目元を隠すフードの端を摘まむ。


「あぁ、これじゃ、顔、わかんないかぁ」


 フードの影がかかり、口元以外を覗けない顔を〈分身〉の蜂に向けながら言う。

 〈分身〉の蜂は、無機質な静止をしながら、トーリに一切の感情が伺わせない複眼を向け、見つめ続ける。


 そしてトーリは〈分身〉の蜂を用いて、檻の中の外国人たちを殺していく。

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