3.特攻

 三人は事務所の扉の前まで来ると、中年男性が横開きの扉を開く。

 そしてトーリの方を振り向く。


「今日は、ありがとな」


 そんな中年男性と青年に対して、片手をあげて振る。


「この組織は、たぶんだけど奴隷から離れられない君たちを、時間をかけて疲れさせて、取り入れようとしてるわけだ。もしも君が、今後も、その子のために動き続けられるなら、吞まれないように気を付けなよ」


 トーリの言葉に、中年男性は「おう」と短く答えて、背を向ける。

 青年は小さく頭を下げる。そして二人は事務所に入っていく。


 そんな二人を、トーリは、微かに小首を傾げて見る。


「そういえば、君たちって、〖トグロ〗の関係者だったんだよねぇ」


 陰湿いんしつな、こもりのある小さな、しかし纏わりつくような粘度にて、よく響く声で言う。

 それと同時に、トーリの体から、黒い粒子があふれ出る。黒い粒子はトーリの斜め上に集まり出す。


「あぁ、そうだが」


 中年男性は答えながら、トーリを振り向く。 


 そこには黒い外骨格を持った、人間より微かに大きい蜻蛉トンボを呼び出し、侍らせた、トーリが居た。


 蜻蛉の、中年男性と青年を見つめる、湿ったテカリのある黒い複眼は、纏わりつくような微かな青色を帯びている。


「おっ、おい! ちょっと待て! 確かに、そうすれば手っ取り早く、ここにいる奴は助けられるけどよっ! でも、ここは末端でしかねぇんだ!」


 中年男性は、トーリに慌てて、そう叫ぶ。


「だから嬉しいけどよっ、今そんなことしたって、なんの解決にもなんねぇんだっ!」


 続けて、そう叫ぶ。

 するとその声を聞きつけ、中に居た構成員たちが入り口に集まり出す。

 その様子に、中年男性は苦々しい表情を浮かべる。


 そんな状況を意に介することなく、蜻蛉は薄い青がかった黒いオーラを放ち、やがて収束させ自らをかたどった巨大な黒い虚像きょぞうを、前方に生み出す。


 蜻蛉とトーリの様子に、集まってきた構成員たちは、殺気立つ。

 するとそんな構成員たちの前に、青年が立ちはだかる。


「ちょっ、ちょっと待ってください! この人は、さっき僕に良くしてくれた人で! 少し、行き違いがあっただけなんです!」


 そう構成員たちに向けて言う。そしてトーリを振り向く。


「そうですよね。何とか―――」

「―――トンボちゃん、〈特攻〉」


 その瞬間、蜻蛉は、自らの巨大な黒い虚像を纏い、凄まじい勢いで、青年に突っ込んでいく。





 蜻蛉トンボの突進を食らった事務所の玄関は、木っ端微塵こっぱみじんとなり、完全な崩壊はしてはいないが半壊して、大穴が空き、かなり見通しが良くなってしまっていた。

 事務所の奥の、貫通していった蜻蛉と衝突した壁は、凄まじくひび割れていたが、何とか原型を保っている。


 その壁の前で、ひっくり返り、痙攣けいれんしたように脚を動かすボロボロの蜻蛉は、少しずつ黒い粒子となり崩れ、空気に溶けていく。


 半壊し、見通しの良くなった室内には瓦礫がれきや泥が溢れ、そこらへんで瓦礫に押しつぶされた人間が、何とか抜け出そうともがいている。


 そんな半壊した事務所の中に、黒い粒子をたなびかせトーリは入っていく。

 やがて粒子が収束し、トーリを覆いつくすほどの、一匹のこげ茶が混じった黒い外骨格をした蟷螂カマキリが現れる。

 同時に胸元から、芋虫もい出て来る。

 そしてトーリは、瓦礫からにじみできた血だまりを、踏みつけながら、蜻蛉を目指し歩いていく。生命力が名残惜なごりおしさゆえに絡み付いたかのような、粘着質なテカリのある血液が、トーリの靴裏を逃さまいとするかのような、力強い糸を引く。


「私の使ってる《従魔》は、《蟲》ちゃんで、けっこうお気に入りなんだよねぇ。で、そんな《従魔》が持つ特殊能力は〈スキル〉。

そしてトンボちゃんに使ってもらった〈スキル〉は〈特攻〉と〈範囲技〉。

〈特攻〉って、使うと、せっかくの《蟲》ちゃんが死んじゃうんだよなぁ。でも、まぁ〈範囲技〉で規模を大きくしたから、トンボちゃんが一匹で、これだけの被害を与えられるわけだけど。

あぁ、愛情込めて育てたのに」


 すると芋虫の背中が開き、そこから両手で抱えるくらいの大きさの死出虫シデムシが這い出て来る。死出虫を抱える。


「やっぱ、イモムシちゃんの〈収納〉は便利だねぇ。〈収納〉しておいた従魔を、すぐに取り出せる〈スキル〉で。直接、呼び出すと、どうしてもタイムラグが出ちゃうから《テイマー》にとって、なくてはならない〈スキル〉だ。

まぁ、小型の《従魔》くらいしか入らないんだけど」


 そう言いながらトーリは死出虫を抱え、半壊した事務所内を歩いていく。

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