2.外国人奴隷と〖トグロ〗の内情

 薄汚れたビジネスホテルで、一夜を明かしたトーリは、身支度を済ませると、そのまま街に繰り出す。

 地図が映るスマホを片手に、トーリは、粘り気のある鈍く、遅い、地面に靴裏をりそうな、脚の上がりが低い歩き方で、活気のない街を進む。


 やがて汚れの目立つスーパーが見えて来る。トーリが、スーパーを眺めていると、大量の包みが詰め込まれた袋を運ぶ、ボロボロの服を着た白人の青年が現れる。青年の首には首輪のような紋様もんようが浮かび、微かに脚を引きずるような、疲労感がただよう動きで歩く。

 やがて青年の持つ大きな袋から、包みが一つ、落ちてしまう。


 トーリは困っている青年に近づき、包みを拾い「大丈夫?」と声をかける。


 そう言うと、青年の持つ袋に、包みを入れ直す。そんなトーリを、青年は不思議そうに眺める。


「あ、ありがとうございます」


 青年は不信そうにしつつも、お礼を言う。


「重そうだね。少し持とうか?」


 そして青年の返事を聞くことなく、荷物の半分を取り、リュックを置き、手早く荷物を落ちないよう括りつけると、すぐに背負い直す。


「いいんですか?」

「ん? まぁ、そこまで忙しくないしねぇ」


 不審そうにトーリを見つめ、聞く、青年に、トーリは軽く答える。

 青年は、迷うようにトーリを伺うと、小さくうなずき、歩きだす。青年の後をトーリはついていく。


「その首の紋様。もしかして、君、奴隷どれいかい?」


 軽い口調で言うと、トーリは青年に粘度のある、鈍い揺らめきのある歩き方で近づいていくと、絡み付くような首の動きで、青年の首の紋様を見上げるように顔向ける。

 次にトーリは青年の顔を覗き込むかのように、更に微かに首を上げる。


 青年は、首に手を、触れると、少しうつむく。

 俯く青年の、その顔たちは堀りが深く、深い眼窩がんかの堀りが合流する、眉間と鼻筋の付け根の流れは、強く、しかし滑らかに凹む。鼻筋の流れが行き着く、高い鼻先は、確かなしんを持って突き出ており、しかしそのとがりは、微かな柔和さを醸し出す丸みを帯びている。

 青年は止まり、トーリを横目で見下ろして、少しの間、見つめると、すぐに視線を逸らす。そしてまた前を向き、少し速足で歩き出す。


「似たようなものです」


 苦々しい声の答えが返ってくる。


 その答えに、トーリは、小さいが、まとわりつくような、確かな粘度のある動きで、滑らかな引き締まりを持った薄い唇を釣り上げる。


「やっぱりぃ。そうだと思った。こんな閉鎖的な島国で、外国の人間なんて、変な奴らから、さらわれた以外、ないからねぇ」


 そう言いながら、少し脚を速め、青年に追いつく。


「よりにもよって、最も平和な国ってうたわれた、この【セキコ】で奴隷、かぁ。世も末だよねぇ」


 トーリは気怠さのにじむ、解けたような間延びした声で呟く。その純粋な甲高い声は、空気に塗り込まれるように、微かな粘り気を残して、馴染み、消えていく。

 青年は少し脚を遅くすると、後ろから付いてくるトーリを一瞬だけ見る。


「そうなんですね。この国のことは、よく知らないもので」

 

 そして青年は、そう小さく言う。


「でも、奴隷も、そう悪いことばかりでもないんですよ」


 明るさのある声色で、続けて言う。

 その言葉に、トーリは引かれたような鈍い、細やかな粘度をかもし出す動きで、青年に顔を向ける。


「へぇ、そうなんだぁ」


 そんなトーリの軽い声に、青年は、刺し傷の速やかな血の広がりのような、微笑みを浮かべる。


「実は妹がいまして。言うこと聞いていれば、その内、解放してくれるそうです」


 力ない声で、青年が呟く。


 トーリの口角が、微かに引きつり、その細い指を、幼さが均したような強い丸みを帯びた鼻の尖りに、当てる。そして巻き付くような粘着質なうねりをかもし出す動きで、青年に近寄る。


「あぁ、なかなか面倒な状況だねぇ。人質、みたいな感じ?」


 近寄り、そう尋ねてくるトーリから、青年は、今度は離れることはない。


「えぇ。でも、中には協力をしてくれる方もいまして。妹が無事か、まだわからないんですが、調べてくれる人たちは、居るんです」


 青年は、少し口角を引き上げ、言う。

 トーリは微かに身動ぎして、リュックを背負い直す。


「ふぅん」


 トーリは希薄さのにじむ声で、呟くように言う。そして青年の方を向き、足裏を擦るほど、足の上がりが低い歩みで、近づいてくる。

 その様子に、気が付いた青年は、透明度の高い茶色の瞳でトーリを見下ろす。

 

「君は、強い子なんだねぇ」


 トーリは、陰湿いんしつさの混ざる、甘ったるい声で呟くと、無骨なゴツイ靴で、つま先立ちし、青年の頬を、その筋の浮く、もろい細さを醸し出す手で、包み込む。

 青年の引き締まりのある流れを持った細い、しかし柔和さのある頬の肉に、トーリの指が沈みこむ。


 青年の頬をもみほぐしながら、トーリは滑らかな、しかしどこか脆さを思わせる青みを帯びた、薄い唇に、純粋さのある微笑を浮かべる。


 比較的大きい目を、青年は、一瞬、見開く。そしてすぐに元に戻し、細く上がった細い眉を寄せて、眉間に皺を作る。


「ホコリ臭いです」


 そして低く、冷たさのある小さな声で呟くと、すぐさまトーリから顔を背ける。

 するとトーリの笑みが、純粋さから、解れたような粘着質さを纏ったような、笑みに変わる。


「なぁに? 照れてるのぉ?」

「そんなことありません」


 トーリの、粘り気のあるからかうような声に、青年は冷たく言い切る。

 そんな青年に粘着質な視線を向けながら、トーリは、わざとらしく口をすぼめる。


 そのまま二人は塗装のひび割れが目立つ、足場の悪い道を歩いていく。やがて二人の間に、なんの変哲もない、少し薄汚れた事務所が見えて来る。


 青年は、その事務所に視線を向けて、歩く。


 そんな青年を見たトーリは、ポケットをまさぐり出す。そして取り出したスマホの画面を、しばらく操作する。

 やがてトーリは、スマホから目を離して、青年の後ろ姿に向き直る。


「もしかして君、あそこで働いてるの?」


 遠目にある事務所を指さしながら、青年に聞く。


「え? えぇ、はい」


 トーリの言葉に、振り返った青年は、困惑交じりに答える。

 そんな青年の答えに、改めてスマホを覗き込みながら、トーリはその薄い唇を、粘着質な動きで釣り上げる。


 スマホの画面に映る地図は、目の前にある事務所を示していた。





 二人が事務所に近くまで来ると、その途中の小道から、くたびれたコートを着た中年男性が、歩いてきて、二人の方を見る。すると青年とトーリに向けて手をあげる。

 そんな中年男性に、青年も手を挙げ駆け寄っていく。


 トーリは、リュックを降ろして、荷物を解くと、またリュックを背負い直し、荷物を手に持ち直すと、青年と中年男性の元に近づいていく。


 中年男性は、近寄ってくる青年を見ると、次にトーリに一瞬視線を向けると、すぐさま青年に向き直る。


「おう、お帰り。悪かったな、買い出し手伝ってやれなくて」

「いえ、大丈夫です」


 申し訳なさそうな中年男性の声に、青年は何ともなさそうに短く答える。

 次に中年男性は、青年から少し距離を置いたところに、大きな荷物を降ろす、トーリを見る。


 トーリは小首を傾げると、小さく手をあげて、中年男性に絡みつくような手つきで、微かに振る。


 そして中年男性は、また青年に向き直る。


「あの人は?」


 中年男性の言葉に、青年はトーリの方に、横顔を向けるくらいで、微かに振り向く。


「あぁ、あの人は、途中で手伝ってくれまして」


 起伏の少ない声で、中年男性にトーリを紹介する。


 中年男性は細い目を、一瞬、見開き、トーリを見ると近づいていく。そしてゆっくりと歩きながら、青年に視線だけ向ける。


「へぇ、気難しいお前が人になつくなんて、珍しいこともあるんだな」

「別に、そういうわけじゃないですよ」


 からかうような中年男性の言葉に、面倒くさそうに返す。

 そして中年男性は、トーリの前まで来ると、少しかがみ、そこにある荷物を両腕で持ち上げる。立ち上がった中年男性は、トーリを見下ろす。


「ありがとな。あいつの相手してくれて」


 中年男性は薄く浮いたほうれい線の彫りを深くし、笑って、トーリに礼を言う。そして青年の方に歩いていく。

 そんな中年男性に、トーリはついていく。


「ぜんぜんいいよ。ところで、君が彼に協力してるって人?」


 中年男性は、ぼさぼさの前髪から微かに覗く眉を動かす。


「そんなことまで言ったのか。相当気が合ったんかね」


 そういうと少しそっぽを向いている青年を見る。


「そう褒められたもんでもねぇよ」

「それは、知らないけどさぁ。でも、分かってるんでしょ? 彼の妹が無事なわけないって」


 トーリは中年男性を覗き込むように見上げ、粘着質な尖りも持った声で、絡み付くように言う。


 するとトーリの言葉を聞くと、青年は、少し顔を地面に向ける。


 中年男性は、身じろぎするように、一瞬、止まりかけて、青年を気にかけるように視線を向けると、すぐに元通りに歩き続ける。


「俺らだって、こいつらのこと、どうにかしてやりてぇが。正直な話、家族を人質に取られるよりは、よっぽどましなんだ」


 そう、申し訳なさそうな声で言う。


「だが、あまり変なことすると、俺らの家族まで巻き込まれることになる。情けねぇ話だがよ」

「でも、本気でなんとかしようとしてくれてるじゃないですか」


 中年男性の嘆きに、青年は静かにそう言う。

 そして青年は中年男性を横目で見る。


「だから、そんなことでアナタたちがしてくれたことは、なくなるわけじゃないです。少なくとも僕は、アナタたちに感謝しています。妹が死んでたとしても」

「そうか」


 青年の純粋さのある言葉に、中年男性は一言だけ答える。


「でも、分かってるでしょ? システム的に逆らえないようになってる奴隷から、わざわざ人質を取るなんてさ」


 そう言うと、トーリは中年男性を見る。


「彼らは、君みたいな組織に反抗的な人間を、縛りつけるためにしてるって」


 そのトーリの言葉に、中年男性は黙り込む。


「たぶんだけど、君たちの家族が狙われないのは、予想外の反抗をされるのを防ぐため。で、直接的な関わりのないけど、君たちが情を抱いてる外国人奴隷の家族を、人質に取ることで、間接的に、逆らえないように、逃げられないようにしてるってわけだ」


 トーリは淡々と、そう言う。


「それでも続けるの?」


 トーリは、フードの上から、自らの後頭部を撫でながら言う。

 青年は、中年男性の様子を伺う。


 中年男性は、一言「あぁ」と返すと、皺の多い乾いた唇を引き結び、細い目を、更に細め鋭くする。

 そんな中年男性に、青年は、小さく微笑む。


 そんな二人を、トーリは一歩後ろから見つめ、「そう」と希薄さのにじむ声で、トーリは興味なさそうに一言呟く。

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