2.外国人奴隷と〖トグロ〗の内情
薄汚れたビジネスホテルで、一夜を明かしたトーリは、身支度を済ませると、そのまま街に繰り出す。
地図が映るスマホを片手に、トーリは、粘り気のある鈍く、遅い、地面に靴裏を
やがて汚れの目立つスーパーが見えて来る。トーリが、スーパーを眺めていると、大量の包みが詰め込まれた袋を運ぶ、ボロボロの服を着た白人の青年が現れる。青年の首には首輪のような
やがて青年の持つ大きな袋から、包みが一つ、落ちてしまう。
トーリは困っている青年に近づき、包みを拾い「大丈夫?」と声をかける。
そう言うと、青年の持つ袋に、包みを入れ直す。そんなトーリを、青年は不思議そうに眺める。
「あ、ありがとうございます」
青年は不信そうにしつつも、お礼を言う。
「重そうだね。少し持とうか?」
そして青年の返事を聞くことなく、荷物の半分を取り、リュックを置き、手早く荷物を落ちないよう括りつけると、すぐに背負い直す。
「いいんですか?」
「ん? まぁ、そこまで忙しくないしねぇ」
不審そうにトーリを見つめ、聞く、青年に、トーリは軽く答える。
青年は、迷うようにトーリを伺うと、小さくうなずき、歩きだす。青年の後をトーリはついていく。
「その首の紋様。もしかして、君、
軽い口調で言うと、トーリは青年に粘度のある、鈍い揺らめきのある歩き方で近づいていくと、絡み付くような首の動きで、青年の首の紋様を見上げるように顔向ける。
次にトーリは青年の顔を覗き込むかのように、更に微かに首を上げる。
青年は、首に手を、触れると、少し
俯く青年の、その顔たちは堀りが深く、深い
青年は止まり、トーリを横目で見下ろして、少しの間、見つめると、すぐに視線を逸らす。そしてまた前を向き、少し速足で歩き出す。
「似たようなものです」
苦々しい声の答えが返ってくる。
その答えに、トーリは、小さいが、
「やっぱりぃ。そうだと思った。こんな閉鎖的な島国で、外国の人間なんて、変な奴らから、さらわれた以外、ないからねぇ」
そう言いながら、少し脚を速め、青年に追いつく。
「よりにもよって、最も平和な国ってうたわれた、この【セキコ】で奴隷、かぁ。世も末だよねぇ」
トーリは気怠さのにじむ、解けたような間延びした声で呟く。その純粋な甲高い声は、空気に塗り込まれるように、微かな粘り気を残して、馴染み、消えていく。
青年は少し脚を遅くすると、後ろから付いてくるトーリを一瞬だけ見る。
「そうなんですね。この国のことは、よく知らないもので」
そして青年は、そう小さく言う。
「でも、奴隷も、そう悪いことばかりでもないんですよ」
明るさのある声色で、続けて言う。
その言葉に、トーリは引かれたような鈍い、細やかな粘度をかもし出す動きで、青年に顔を向ける。
「へぇ、そうなんだぁ」
そんなトーリの軽い声に、青年は、刺し傷の速やかな血の広がりのような、微笑みを浮かべる。
「実は妹がいまして。言うこと聞いていれば、その内、解放してくれるそうです」
力ない声で、青年が呟く。
トーリの口角が、微かに引きつり、その細い指を、幼さが均したような強い丸みを帯びた鼻の尖りに、当てる。そして巻き付くような粘着質なうねりを
「あぁ、なかなか面倒な状況だねぇ。人質、みたいな感じ?」
近寄り、そう尋ねてくるトーリから、青年は、今度は離れることはない。
「えぇ。でも、中には協力をしてくれる方もいまして。妹が無事か、まだわからないんですが、調べてくれる人たちは、居るんです」
青年は、少し口角を引き上げ、言う。
トーリは微かに身動ぎして、リュックを背負い直す。
「ふぅん」
トーリは希薄さのにじむ声で、呟くように言う。そして青年の方を向き、足裏を擦るほど、足の上がりが低い歩みで、近づいてくる。
その様子に、気が付いた青年は、透明度の高い茶色の瞳でトーリを見下ろす。
「君は、強い子なんだねぇ」
トーリは、
青年の引き締まりのある流れを持った細い、しかし柔和さのある頬の肉に、トーリの指が沈みこむ。
青年の頬をもみほぐしながら、トーリは滑らかな、しかしどこか脆さを思わせる青みを帯びた、薄い唇に、純粋さのある微笑を浮かべる。
比較的大きい目を、青年は、一瞬、見開く。そしてすぐに元に戻し、細く上がった細い眉を寄せて、眉間に皺を作る。
「ホコリ臭いです」
そして低く、冷たさのある小さな声で呟くと、すぐさまトーリから顔を背ける。
するとトーリの笑みが、純粋さから、解れたような粘着質さを纏ったような、笑みに変わる。
「なぁに? 照れてるのぉ?」
「そんなことありません」
トーリの、粘り気のあるからかうような声に、青年は冷たく言い切る。
そんな青年に粘着質な視線を向けながら、トーリは、わざとらしく口をすぼめる。
そのまま二人は塗装のひび割れが目立つ、足場の悪い道を歩いていく。やがて二人の間に、なんの変哲もない、少し薄汚れた事務所が見えて来る。
青年は、その事務所に視線を向けて、歩く。
そんな青年を見たトーリは、ポケットをまさぐり出す。そして取り出したスマホの画面を、しばらく操作する。
やがてトーリは、スマホから目を離して、青年の後ろ姿に向き直る。
「もしかして君、あそこで働いてるの?」
遠目にある事務所を指さしながら、青年に聞く。
「え? えぇ、はい」
トーリの言葉に、振り返った青年は、困惑交じりに答える。
そんな青年の答えに、改めてスマホを覗き込みながら、トーリはその薄い唇を、粘着質な動きで釣り上げる。
スマホの画面に映る地図は、目の前にある事務所を示していた。
二人が事務所に近くまで来ると、その途中の小道から、くたびれたコートを着た中年男性が、歩いてきて、二人の方を見る。すると青年とトーリに向けて手をあげる。
そんな中年男性に、青年も手を挙げ駆け寄っていく。
トーリは、リュックを降ろして、荷物を解くと、またリュックを背負い直し、荷物を手に持ち直すと、青年と中年男性の元に近づいていく。
中年男性は、近寄ってくる青年を見ると、次にトーリに一瞬視線を向けると、すぐさま青年に向き直る。
「おう、お帰り。悪かったな、買い出し手伝ってやれなくて」
「いえ、大丈夫です」
申し訳なさそうな中年男性の声に、青年は何ともなさそうに短く答える。
次に中年男性は、青年から少し距離を置いたところに、大きな荷物を降ろす、トーリを見る。
トーリは小首を傾げると、小さく手をあげて、中年男性に絡みつくような手つきで、微かに振る。
そして中年男性は、また青年に向き直る。
「あの人は?」
中年男性の言葉に、青年はトーリの方に、横顔を向けるくらいで、微かに振り向く。
「あぁ、あの人は、途中で手伝ってくれまして」
起伏の少ない声で、中年男性にトーリを紹介する。
中年男性は細い目を、一瞬、見開き、トーリを見ると近づいていく。そしてゆっくりと歩きながら、青年に視線だけ向ける。
「へぇ、気難しいお前が人に
「別に、そういうわけじゃないですよ」
からかうような中年男性の言葉に、面倒くさそうに返す。
そして中年男性は、トーリの前まで来ると、少しかがみ、そこにある荷物を両腕で持ち上げる。立ち上がった中年男性は、トーリを見下ろす。
「ありがとな。あいつの相手してくれて」
中年男性は薄く浮いたほうれい線の彫りを深くし、笑って、トーリに礼を言う。そして青年の方に歩いていく。
そんな中年男性に、トーリはついていく。
「ぜんぜんいいよ。ところで、君が彼に協力してるって人?」
中年男性は、ぼさぼさの前髪から微かに覗く眉を動かす。
「そんなことまで言ったのか。相当気が合ったんかね」
そういうと少しそっぽを向いている青年を見る。
「そう褒められたもんでもねぇよ」
「それは、知らないけどさぁ。でも、分かってるんでしょ? 彼の妹が無事なわけないって」
トーリは中年男性を覗き込むように見上げ、粘着質な尖りも持った声で、絡み付くように言う。
するとトーリの言葉を聞くと、青年は、少し顔を地面に向ける。
中年男性は、身じろぎするように、一瞬、止まりかけて、青年を気にかけるように視線を向けると、すぐに元通りに歩き続ける。
「俺らだって、こいつらのこと、どうにかしてやりてぇが。正直な話、家族を人質に取られるよりは、よっぽどましなんだ」
そう、申し訳なさそうな声で言う。
「だが、あまり変なことすると、俺らの家族まで巻き込まれることになる。情けねぇ話だがよ」
「でも、本気でなんとかしようとしてくれてるじゃないですか」
中年男性の嘆きに、青年は静かにそう言う。
そして青年は中年男性を横目で見る。
「だから、そんなことでアナタたちがしてくれたことは、なくなるわけじゃないです。少なくとも僕は、アナタたちに感謝しています。妹が死んでたとしても」
「そうか」
青年の純粋さのある言葉に、中年男性は一言だけ答える。
「でも、分かってるでしょ? システム的に逆らえないようになってる奴隷から、わざわざ人質を取るなんてさ」
そう言うと、トーリは中年男性を見る。
「彼らは、君みたいな組織に反抗的な人間を、縛りつけるためにしてるって」
そのトーリの言葉に、中年男性は黙り込む。
「たぶんだけど、君たちの家族が狙われないのは、予想外の反抗をされるのを防ぐため。で、直接的な関わりのないけど、君たちが情を抱いてる外国人奴隷の家族を、人質に取ることで、間接的に、逆らえないように、逃げられないようにしてるってわけだ」
トーリは淡々と、そう言う。
「それでも続けるの?」
トーリは、フードの上から、自らの後頭部を撫でながら言う。
青年は、中年男性の様子を伺う。
中年男性は、一言「あぁ」と返すと、皺の多い乾いた唇を引き結び、細い目を、更に細め鋭くする。
そんな中年男性に、青年は、小さく微笑む。
そんな二人を、トーリは一歩後ろから見つめ、「そう」と希薄さのにじむ声で、トーリは興味なさそうに一言呟く。
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