解蠱の翅〈カイコ ノ ハネ〉―陰キャ荷物運びトーリは、世界で一番嫌な奴―

裏律

島国【セキコ】編

一章《致命の熱》

1.荷物運びトーリ

 ところどころに半壊した建物が立ち並び、瓦礫がれきが散らばり、そこら中の地面が陥没かんぼつし、砂ぼこりが立ちこめる荒野に、いっさい大きな不自然なクレータができていた。

 クレータの中は、荒野に立ち込めているのよりも、更に濃い砂ぼこりが覆い、中の様子はうかがい知れない。


 そのクレータの周りには、多くの人々の斬殺死体が転がっている。

 その中で、生き残った数人が、一様に、いつくばりながらも、真剣に、砂ぼこりがおおうクレータの中心を見つめている。


 やがて濃い砂ぼこりが晴れていくと、その奥から人に似た形をしたシルエットが浮きあがる。

 そのシルエットは、人と似てはいたが、しかし人とは思えないほど、異常な身長であった。少しして、更に歪な生命感を持った、赤黒い鱗が、あらわとなる。


 しばらくすると、完全に砂ぼこりが晴れると、そこには細い鎧を連想させる、赤黒い鱗をまとった、猫背の人型の異形が現れる。


 その赤黒い鎧の異形は、握っている、半ばから折れた歪な刃を、西洋兜のような顔を、少し傾け、見つめる。その刃は、鎧の異形の鱗と同じで、赤黒く、まるで肉塊にくかいを無理やり平たくしたような、歪なガタつきをしていた。

 鎧の異形の、西洋兜せいようかぶとのような頭の、後頭部からは、あでやかな、赤い長い毛の束が、尻尾のようになびく。


「お、おい。うっ、嘘だ、ろ。あれを受けてっ、む、無傷とかっ」


 クレータの外で、異形の様子をうかがっていた、重傷の男が、震える声で言う。


 鎧の異形は、刃の折れた箇所を、兜のスリットに似た眼窩がんかの、見通せないほどに暗く深い彫りの奥から、しばらく見つめると、急に飽きたかのように、その刃を放り投げる。


 そして異形は、その兜のような後頭部付近から伸びている毛を、一本摘まみ、勢いよく引っこ抜く。抜かれた一本の長い毛は、滑らかな鋭利さを持つ、赤い軌跡きせきえがく。


 するとその赤く細い線が、急に、歪に膨れあがる。

 やがて赤い一本の長い毛は、小柄な人間くらいの、肉の塊を無理やり細くしたかのような、ガタつく赤黒い一本の刃が、新たに生みだされる。


 その様子を見た、男は、なんとか起きあがると、異形とは真逆の方向に、深い傷を負った体を引きずり、逃げようとするが、すぐに倒れる。

 しかし男は、なんとか逃げようともがき、腕を伸ばす。


 その瞬間、重傷の男の目の前を、赤黒い線が、またたぎ、その腕を横切る。すると赤い軌跡通りに、男の腕が切断される。


 男は、手の先が、切断され、無くなった、血が溢れ出す腕を、瞬時に引き戻し、抑え、叫び声をあげる。そして体を震わせ、涙や鼻水で濡れた顔で、正面を見あげる。


 男が見あげた先には、さっきまでクレータの中心にいたはずの、鎧の異形が、細い塔のようにそびえ立っていた。人間の身長を、遥かに超えた長身を持つ、鎧の異形は、のぞきこむような猫背で、男に、兜のような顔を向けている。

 その西洋兜のような、深いスリットに見える眼窩の闇の奥の、やけに鮮やかな赤い瞳が、無機質に輝く。


 異形は、片方の手で、刃の持ち手を、軽く回し、握り直していた。


「こっ、んなっ! こっ、これっ、がっ! うっ、鱗っ、のっ、ブ、レインっ!」


 叫ぶ男を見下ろす〔〘鱗〙のブレイン〕は、一瞬、刃を手放すと、その刃の持ち手に手の甲を勢いよくぶつけ、弾き、刃を一回転させることで、男の首を切り落とす。



―――――――――


 【セキコ】という、とある島国の端の、治安の悪い街にある廃ビルの一階フロアに、成人男性くらいの、大量の鋏虫はさみむしの死骸が、焼け焦げ、黒い外骨格をボロボロにして転がっている。

 鋏虫の死骸の、ほぼすべてが頭を向けている先には、十何体ほどの人間の死体が、集まって倒れていた。

 その死体たちは、全員、全身に大穴をあけ臓物をこぼし、多くは上半身と下半身が分かれている。


 同じフロアの、少し離れた位置には、鋏虫の死骸よりも、更に一回り大きい鋏虫が、尻尾の巨大な鋏を揺らしながら、しかし巨体に見合わない静かさで佇む。


 その鋏虫の脚もとで、フードを被り、大きなリュックを背負った小柄な人影が、人間たちの死体を見つめるながら、鋏虫の太い脚をなでる。

 フードを被り、口元しか見えない人影の主は、粘度のある動きで、鋏虫の湿ったつやのある脚の凹凸を、華奢きゃしゃな指を絡ませるように触れる。


 人影の主の、目深く被ったフードからのぞく、その唇は、ほのかに青みがかっているように色素が薄く、かつその厚みは幼さのある、薄さを持つ。口の端は、笑ってはいないが、少し湿度のある釣りあがり方をしている。

 幼さのある唇は、湿り気のある釣りあがりと合わさり、奇妙なあでやかさを放っている。


 そんなフードを被った頭には、頭を覆うくらいの蜂が止まり、古く薄汚れたブカブカのローブを着た、華奢な体には、長い馬陸ヤスデが巻きつく。

 鋏虫の脚をなでているのとは、反対の、もう片方の腕には、赤子のように丸まったバスケットボール大の団子虫を抱いている。


 しばらくすると、小柄な人影は、鋏虫の脚から手を離すと、ローブの袖を振ってまくり、腕を出し、ポケットからスマートフォンを取り出す。

 ローブのブカブカな袖からは、病的な白さの腕があらわとなる。

 そして団子虫をあやすように、その身を揺らしながら、スマートフォンをいじる。

 丸まっていた団子虫が開き、細やかな糸を引くような動きで、その大量の脚がうごめく。


 その瞬間、小柄な人影の、正面にある暗がりから、革靴かわぐつの、高まりのある足音が響く。


 馬陸が鎌首かまくびをもたげ、蜂が少し浮きあがり、鋏虫の揺らいでいた鋏の動きが止まる。団子虫だけは、相も変わらず、無邪気に湿った蠢きを続けている。


 それと同時に、小柄な人影は、スマートフォンを持つ手で、そのローブの襟を摘まみ、広げる。ローブの奥から、小ぶりな胸が寄りできた谷間がのぞき、その更に奥の陰りからは、芋虫が一匹、粘液感の強い肉の、波打つようなうねりのある動きで、這いあがってくる。

 やがて芋虫は、小柄なローブの女の首に巻きつく。


 すると闇の奥から、赤い紳士帽を被った、背の高い壮年の男が、端正に整えた口髭をねじりながら、現れる。

 もう片方の手には、作りの良いステッキを握っている。


 男を見ると、ローブの女は、そのフードからのぞく、釣りあがり気味の口角を、更に引きあげ、わざとらしい笑みを浮かべながら、唇を開く。


「いやぁ、誰かと思ったら。レイスじゃないか。奇遇だねぇ」


 ローブの女は、明るい子どものような高さのある声で、レイスと呼んだ男に話しかける。その甲高い純粋さのある声の奥の、蠢くような粘着質さにより、その声色は、薄気味悪い奇妙な柔和さを有していた。


「それとも、もしかしてこれって、君たちの差し金だったりする?」


 そしてローブの女は、摘まんだスマートフォンを、レイスに向けて、ゆすり、楽し気な、しかし執着心が絡みつく声で言う。


「こういうトリッキーなことは、君たちの本分じゃないって、思ってたんだけどなぁ」


 肩に乗っている芋虫の頭に、少し顔を向けながら、続けて言う。


 レイスは目じりに小皺が浮く、眠そうな目で、しばらくローブの女を見つめると、急に興味を失ったような動きで目を逸らす。

 そして、その赤いトレンチコートの身だしなみを正しだす。


 そんなレイスをうかがい、次にローブの女は、穴だらけの死体たちに顔を向ける。


「そういえば、変な炎、使う奴らが居たんだよねぇ。まぁ、ずいぶんとおざなりな使い方だったけど」


 そう言いながら、ローブの女は、レイスの方を向き、ゆっくりとした動きで小首を傾げる。その動きは、小さいにも関わらず、しつこい追及の意思を、明確に有していた。


「これ、君らの炎だよねぇ?」


 その言葉に、レイスは一瞬動きを止めて、やがてローブの女に向き直ると、手に持つステッキの先を、地面につける。

 軽く、甲高い乾いた音が高鳴る。


「鋏虫が〈眷属けんぞく〉による数要員、攻撃は蜂で、サポートや守りに、団子虫。だが、その馬陸はなにかね?」


 八の字に整った髭の下の、唇が開き、重みのある声が響く。

 しかし、そのしゃがれ気味の細い硬質さのある声には、掴みどころのない曖昧あいまいさが混じる。

 そしてレイスは被っている、赤い紳士帽を、ステッキを持つ方の手で取り、胸元まで持って来ると、もう片方の手でオールバックの髪をなでつける。


「一般的な《従魔》で、しかも《むし》。いったいどうやったら、この状況をかいくぐれるのか、はなはだ疑問だよ」


 そう言い、髪を撫でながらレイスは、下がり気味の眉の片方を、更に困ったように下げる。


「荷物運びのトーリ。ホント、君は、まったくもって異常な《テイマー》だよ。分かっていたことではあるが、ね」


 髪をなでる手をおろすと、また赤い紳士帽を被り直す。


 そんなレイスに、トーリと呼ばれたローブの女は、スマートフォンをしまうと、重心のバランスを少し崩して、団子虫をもてあそぶ。

 丸まって、されるがままの団子虫は、やがてトーリの手元から滑り落ち、転がっていく。


「って、ことは、君たち、ギルド〖致命の熱〗は、私を殺すために、こいつらをけしかけてきたって、認識でいいのかな?」


 トーリは転がる団子虫を目で追いながら言い、屈みこむ。その声は、飽きがきたように覇気はきがない。

 屈みこんだトーリは、団子虫に向けて、ブカブカの袖に隠れた両腕を広げ、揺らす。

 無邪気に揺れる袖は、湿り気のある鈍さでなびき、ローブの袖についていたホコリが、舞いあがる。


 転がり終わった団子虫は開き、必死さに見合っていない、無駄の多い遅い歩みで、トーリに駆け寄ってくる。


 レイスは、少し身じろぎし、姿勢を変え「いや、そういうことではなくてだね」と言い、髭を気にするように摘まみながら、続けて口を開く。


「知ってると思うけど、僕たちが組織運営に利用してるギルドシステムには、加入者にギルドマスターの能力を一部、与えるという機能がある、わけなんだがね。これを利用された」


 レイスは、面倒そうな仏頂面で言い放つ。眉間に浮いていたしわが、更に深くなる。


「まさかこんな形で、技術が盗まれるとはね。嘆かわしいことだ。我々の力は、犯罪ではなく、この国を守るため、〔ブレイン〕の駆逐のために、あるはずなのだが」


 困り顔で言い、細く、しかし確かな主張を持って、突き出た顎に触れ、レイスは、虚空を見つめる。


 レイスの言葉に、団子虫に構っていたトーリは、急に不穏さが絡み付く、陰湿いんしつな揺らぎのある動きで立ちあがり、レイスに向き直る。

 その口角は、釣りあがり、滑らかな、しかし粘り気のある弧を描く。


「あはは。まさか君たち相手に、そんな空気の読めないことするとか、バカな奴らもいたもんだねぇ」


 そんな言葉を聞き、レイスは改めてトーリに向き直る。


「つまりは、このまま彼らを見逃すのは、僕たちのメンツにかかわる、というわけなのだよ。だから彼らにイタズラしたのだが。彼らは、なぜか君が犯人だと勘違いしてだね」

「なるほどねぇ」


 レイスの言葉に、トーリは馬陸の、長く細やかに連なる外骨格を、引っかくようになでながら、気の抜けた返事をする。

 馬陸の、その影のように、湿った黒さを持った外骨格には、腐敗感ふはいかんのある粘着質なテカリが浮く。


「あいにくと僕たちも、忙しいのでね。君を相手取るどころか、彼らを潰すにも、時間が足りないわけだ」


 レイスは、困り顔で力なく言う。


「そちらも勘違いとは言え、喧嘩けんかを売られたのは、気に食わないだろう? こちらも一緒なのだよ。こんな言い方で、赤の他人のそちらに頼むのも申し訳ないのだがね。そちらの方で、何とか対応してくれないかね? できる限りのお礼はさせてもらうよ」


 そしてトーリに背を向け、ゆとりのある間隔で、甲高い革靴の足音を立て、歩きだす。


「どうか考えておいてくれたまえ」


 そのままレイスは、トーリの答えを聞くことはなく、その場を去っていく。





 トーリは、レイスの去っていった暗がりを見つめながら、その滑らかさを損なわないくらいに、浅くやつれた頬の凹みを、親指でなぞる。


 そしてトーリは「ふぅん」と呟くと、大きなリュックを降ろし、胡坐あぐらをかいて座りこむ。


 すると、そんなトーリに、鋏虫が近づいてきて、頭を寄せてくる。

 そんな鋏虫を、太股に突き立てた腕に、その幼さのある低い顎を乗せながら、見あげる。


「まぁ、困ってるなら、見逃せないよねぇ」


 そう言うと、口角を釣りあげ、顎を乗せている手とは反対の、もう片方の手で、鋏虫の黒く硬質な外骨格でできた顔をなでる。しばらく撫でている内に、鋏虫は、細かな黒い粒子りゅうしとなり、トーリの手のひらに吸収されていく。


 そして鋏虫が消えると、次にトーリは、首に巻きつく、芋虫を抱くように持ちあげ、掲げると、胡坐の中に収めるように乗せる。


 やがて胡坐の中で蠢く芋虫の、背中に、湿り気のある割れ目が入り、開いていく。

 すると芋虫の背中の割れ目に、馬陸や蜂、団子虫が入っていく。残っていた《蟲》たちが、芋虫の背中の割れ目に入りきると、やがてその割れ目が、鈍い動きで閉じる。


 トーリは胡座をかいたまま、芋虫の、張りのない柔らかさを持って膨らんだ肉の、節の溝をなぞりながらスマートフォンを取り出す。

 芋虫をなでる片手間に、しばらくスマートフォンを操作し、耳に当てる。


「あ、受付嬢? さっきさぁ、変な奴らに絡まれてね? 返り討ちにしたら、レイスの奴が出てきたんだけど。そいつらに困らされてるとか。なんか知ってる?」


 そう言いながら、トーリは姿勢を前に傾けると、芋虫をなでていた手で、ローブの襟を摘まみ、広げる。

 ローブの陰りに、れ、浮きあがるようにのぞく、その薄い胸部は、前傾姿勢なったことで、寄り、水滴が落ちる寸前のような伸びやかさを持ち、弛むことで、粘液感のある湿った滑らかな溝を形作る。


 芋虫は、そんなトーリの、胸元に潜り込んでいく。


『武闘派組織の〖トグロ〗の構成員が、ギルド〖致命の熱〗に秘密裏に所属して、そこで得られた炎の能力を仕事に流用しているそうよ。アナタに襲撃を仕掛けてきたのも、その末端組織みたいね。今から、その拠点の場所を送るわ』


 受付嬢は、まるでトーリの状況を全て把握しているかのように、ピンポイントに必要な情報だけを、淡々と告げると、すぐさま通話を切る。


 通話が切れたスマホの画面を、トーリは見つめる。すると、すぐにスマホに地図情報が届く。


「おぅ、やっぱり〖仲介屋〗は怖いねぇ」


 地図の、印の付いたところを見ながら、溶けるような呆然とした声で呟く。そしてトーリは大きなリュックを背負い直すと、廃ビルの出口に向かって、歩いていく。


 そして街に入ると、薄汚れたビジネスホテルを見つけ、入っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る