16 市の日
村の
結局、市には、ふたりで行くことになっていた。
あれから、オユンは「互いの話を、しませんか」と、シャルに願い出た。わかり合うためにだ。シャルは、うなずいて約束してくれた。
「
「
「そう。以前、大ヤム・チャールが村ごと凍らせてやると約束して」
「約束」(恐喝?)
「村に
(まさかの人助け!)
「他の地の領にも
(まさかの優良団体!)
「ごく限られた商人しか知らない村だ。村は適正価格で氷を売っているけど、そこから、だいぶ上乗せして商人は売っているようだ。まぁ、その気持ちはわからないでもない。山道を何日もかかって登ってきて、帰りは氷を
「行商人は村にない品を持ってきてくれるんですよね。それは高値を要求されたりしないんですか」
「そんな足元を見られるような取引きはしない。粗悪品を売られたら、すぐに村への出入りを禁止する」
オユンは靴底に、ふんわりと緑の芽吹きを感じながら歩いた。
この前、村に来たときは岩と土だけだったところに、紫の小さな花が咲きはじめていた。
「この花は?」オユンが見たことのない花だ。
「
シャルが黒い
オユンの灰色の
(こんなに大人でも手が繋ぎたいの?)
オユンより大きな手のシャルの5本の指に、ごていねいに1本ずつの指を絡め取られると、オユンの指と指の間が広がった。
(この男は、わたしの今まで使っていない筋肉を使わせる)
じわじわと
「
だいぶ昔だ。
子供のころの話が聞きたいと言ったら、こんなふうだ。シャルたち魔族にくらべたら人の生なんて、朝生まれて夕べに死ぬカゲロウと同じだろうか。
「オユンの幼かったときの話をしてくれ」
シャルに促されて、どこから話そうかと考える。
「わたしは、赤ん坊の時にツァガントルー父さまの養子になったんです。きょうだいは、いちばんいたときで、15人いました。ほぼ、子犬のように、みんなで野山を駆け巡ってました」
「きょうだいが多い」
「えぇ。ボールあてっこをするには、よい人数でした。大縄跳びも余裕でできます。わたしたち、領地の祭りで百回、跳んで、この記録はまだやぶられてないんです。シャルは? きょうだいは」
「兄がいたけど。父といっしょに死んだ。魔物と人間、魔物と魔物、混在して戦っていた時代だったから」
「……」
のんびりした話にならなかった。
「幼かったせいか実感がない。それで、祖父である大ヤム・チャールが育ての親となり、死期を悟った彼は孫のわたしに花嫁を用意した。そして、君に大迷惑をかけるに至るわけだ」
ここにいたってシャルは、オユンの身に起こったことを大迷惑と言ってみせた。
「昨晩も気絶していたし」
「それは」
迷惑とは思っていない。
まず、ふたりは差配人の館に向かった。
「奥方さまの御用向きは
ゼスが満面の笑顔で出迎えてくれた。
村の広場では行商人たちが各々の天幕を張って、店開きの準備をしている頃だろう。シャルは、一足早く市を冷やかしに行くのかと思ったが、オユンについてくる。「無駄使いをせぬようにだ」と、義務であるという顔をした。
今日は、
「奥方さま」
ハシが、すでに待機していた。えくぼは健在だ。隣にいる、こざっぱりした身なりの男が行商人だろう。
「こちらが、サンジャーさんです」
紹介された男は過不足ない礼をした。日に焼けた山男だ。
「何でも屋とお呼びください。わが商品が御眼鏡に
低座の椅子に腰かけたオユンの目の前のテーブルに、商品をひろげていく。
「この
オユンはミルク茶のような色の
その
「サンジャーさんの商品は質がよいの。きっとお気に召すわ」
ハシは他人の買い物ながら、わくわくしているようだ。
木彫りの枠の手鏡をオユンが手に取ったときは、「それ、わたしも持ってます」と思わず言っていた。
サンジャーの目利きはたしかなようで、「ブラシは
オユンは豚毛を選んだ。
「それから布地です」
サンジャーは、たたんでいた布地をテーブルにひろげた。
オユンは生成りの布地を手に取り、感触をたしかめた。わしわしとした感じだが、リネンは洗たくを繰り返せば、やわらかくなる。
「これは、しっかりとしたシャツに仕立てられそうですね。糸も、ありますか」
オユンの問いかけに、サンジャーという男は、ごそごそ、脇の鞄の中を探す。
「はい。細いが丈夫な糸ですよ」
黙ってやりとりを聞いていたシャルが、口をはさんできた。
「何か作る気なのか」
「えぇと。
「わたしのは」
シャルの
「シャ、
「入る」
「
「入る」
まだ何か言いかけたオユンを止めたのは、サンジャーだ。
「奥方さま。
青みがかった灰色の生地を差し出してきた。
「そう、そうね! 魔導士さまの銀の髪によく映えますわ!」
ハシも、こくこく、うなずいた。
「じゃあ、その布と、この布をもらう。さっきの櫛とブラシ、それとそれも——。あと、そのガラスの瓶に入っているのはなんだ?」
シャルはテーブルに並べた物の中から、小瓶を指さした。
「薔薇水にございます。肌をととのえたり、香りを楽しんだりいたします」
「それももらおう」
「無駄遣いじゃないですか?」
オユンは押しとどめた。
「こんな山奥までガラスの瓶を割れぬように持ってきてくれたのだぞ。また持ち帰らせるなど、できぬだろう」
シャルに言い返された。
「そのようなことを言っていただけるとは」
サンジャーは破顔した。
「でしたら、
「置いて行け」
「毎度あり」
「無駄遣いじゃないですか!」
オユンはあきれた。
「布地は使える。村の女たちにやってもよろこぶだろう。ほら、
シャルの言葉に、「えっ。いただけるんですかっ」、ハシが目を輝かせた。
「ゼスの奥方。お前なら何が欲しい?」
シャルは、ハシの意見を参考にしたいらしい。
「そうですね……」
ハシは視線を落とした。
ハシの欲しいものは、テーブルの上にないようだ。
オユンは、「今日の
「そうだな」シャルは同意した。「ただし、金で買えるものだぞ。『あなたの真心を』、とかはなしだ」
オユンは、ハシとサンジャーの顔をたしかめた。
(うん。困ってる)
「それから分不相応なものもなしだ」
「たとえば?」
「
「みなに言って来ますねっ」
ハシは自分のお役目を忘れて、館の外へと走って行った。
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